健気な彼女は今日も小説を書く。
短編ラブコメ第二作品目です!!
努力家な主人公と健気なヒロインが繰り広げるスクールラブコメです。
よろしくお願いいたします
「~い、お~い我妻。もう放課後だぞ~」
「......んがぁ?」
俺は肩を揺さぶられながら、徐々に目を開けていく。
放課後............放課後だとっ!?
俺は驚きのあまり、音速の如き速さで顔を上げる。
周りを見渡すと、部活に向かう者が続々と教室を後にしており、すぐ近くでクラスメイトの女子たちがこの後の予定を話し合っている。
「............マジかよ。」
「あぁ、大マジだ。」
現実を受け入れられない俺に受け入れさせようとしてくるこの男は、落合 勇人。
高一の時に同じクラスになってから、席が近かったこともあって仲良くなった。
こいつは休日も忙しい運動部に入っているが、たまにオフの日があれば一緒に遊びに行ったりもしている。
俺の高校生活の唯一にして無二の親友である。
......で、だ。
そんな親友に起こされた俺は絶賛現実逃避中である。
なにせ、昼休みまでの記憶はあるのにそれ以降の記憶が一切なく、気づいたら放課後になっていたのだ。
それが示すところはつまり、俺が昼休みから今まで大爆睡をしていたということであろう!!
「うっわ......やっちまった......」
俺は徐々に現実を受け入れながら、頭を抱える。
だって、昼休みから放課後までぶっ通しで寝てた奴なんて本当にいるのか!?
ーーまぁここにいるわけだが。
じゃなくて!
そんなのアニメとか漫画とかラノベの世界でしか聞いたことがないぞ。
自分がやった偉業の大きさに恐れおののいていると、隣の親友が話しかけてきた。
「凄かったぞ、今日のお前は。5、6限の教師のアクションにも全く反応を示さず、ただ気持ちよさそうに寝続けていたからな!」
俺のことを褒めるように言いながら、隣の男は大きく笑う。
他の奴らも「やっとおきたのか......」とでも言っていそうな目でこちらを見ていて、なんだか恥ずかしい気分になる。
「あ、あぁ、そうか。一応起こされてたんだな、俺......」
申し訳ない。
本当に申し訳ない、日本史と数学の先生よ。
すぐに起きられたらよかったんだけど......
あいにく俺はとある夜通しイベントのせいで、今日の反応能力は著しく低下していたようだ。
......次の時間、絶対になんか言われそう。
俺は若干の恐怖を感じながら、席を立つ。
「起こしてくれてサンキューな、落合。お前も今から部活だろ? 頑張って来いよ。」
まだ若干視界がくすんでいる中、俺は親友の肩に手を置き、もう片方の手で親指を立てる。
今起こしてもらえてなかったら、俺はおそらく最終下校時間まで寝ていたことだろう。
この親友は自分の部活があるというのに、それを顧みずに俺を起こすことに時間を割いてくださったのだ。
大変ありがたいことだ。
「おう! ありがとな。でも......お前もアレが近いからってあんまり根を詰めすぎんなよ? まぁ、お前にとっては無理な話かもしれねーが......」
「大丈夫だよ、心配ない。昨日はちょっと軌道にのって、調子乗ってやり過ぎただけだから。」
「それならいいけどよ......じゃあ、俺は行くわ! また明日な。」
「はいよ~。また明日。」
俺は笑顔で手を振って、親友を見送る。
「......さて、俺も行くかな。」
俺は教室を出て、部室に向かう。
俺が属しているのは落合のような運動部ではなく、文化部のほうだ。
そして俺の所属しているのは、週一の定期ミーティングがあるけど、基本的に各々が来たいときに来て、やりたいように行動する。
そんな部活。
その名はーー
「ドーン!! こんにちは、翠君!! 今から小説部に行くんでしょ? 一緒にいこっ!」
「......痛っ~。お、おい、天羽。いい加減、その毎度毎度の体当たりをやめてくれ......腰と腸に悪い。」
天真爛漫に突進してきたこの少女は、天羽 澪。
同じ高二で、俺と同じ小説部に所属している。
毎回の体当たりで腰が痛くなるのに加え、体が接触したことによる緊張と焦りでお腹が緩くなってしまうのだ。
だって、その容姿たるや。
制服を着こなし、薄い茶色気味の長くて綺麗な髪を後ろでまとめて、ポニーテールにしている小さな少女。
顔は正直これ以上ないほど整っていながら成績良好という、最強美少女としか言い表せない存在。
加えて、この明るい性格。
この明るさに何人の男が、魅了されてきたことか。
一説では、この学校の男子は半数以上が心を狩りつくされているらしい。
そして付いた異名が『太陽王女』。
それが彼女、天羽 澪だ。
彼女とは勇人と同じく、高一の時に同じクラスになったのだ。
加えて同じ部活だったこともあり、仲良くなった。
そんな俺に嫉妬の目を向ける男子も少なからずいるわけで......
ホントに勘弁してくれ......
「まぁ、じゃあ、行くか。」
「うんっ!!」
毎度のゲリラミッションを達成した俺は、元気な天羽と一緒に部室に向かったーー
**
部室に到着し、お決まりの席に座った俺はさっそくノートパソコンを立ち上げる。
パソコンが起動した瞬間、俺は昨日の成果を確認するべくすぐに『小説家になってやろうぜ!!』というウェブサイトを開いた。
小説家になってやろうぜ!!というサイトは、小説家の卵からプロの小説家さんまでが利用する業界では有名な小説投稿サイトのことである。
このサイトから何人ものプロ作家が生まれ、数々の名作が生まれてきたのだ。
多種多様な作品から多くの刺激と感動を学ぶことが出来る。
いつか必ずプロ作家になりたい俺にとって、このサイトは神サイトであった。
学業もあるので毎日とまではいかないけど、俺だって週に何度かは自分の書いた小説を投稿している。
今は昨日投稿した小説のpv数の確認中だ。
急いで画面をスクロールをしていく。
するとーー
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「はぁ~。」
その結果に俺はため息を吐きながら、背もたれに寄りかかる。
(今日も部室の天井は白いな......)
上を見上げながら、俺はそんなどうでもいいことを思い浮かべる。
駄目か......
俺が小説を書き始めてからかれこれ三年が経った。
一応成長はしているが、その成長は本当に微々たるもの。
三年という月日が流れたにも関わらず、俺は作家になるどころか、作家に近づいてすらいなかった。
正直何度も諦めようかと思った。
全く成長していない自分を嘆いて、少し荒れたこともあったと思う。
しかし、そんな俺でも作家を目指し続けられる理由があった。
ーー俺は過去に一度だけ感想をもらったことがあるのだ。
おそらく『小説家になってやろうぜ!!』で活動している作家さんなら分かるであろうあの嬉しさ。
しかも、それを初執筆の連載小説でもらうことが出来たのだ。
あの歓喜の感情は忘れられない。
そして、そのコメントが今まで俺を支え続けてくれたのだ。
そう。あのーー
「ーーねぇ、ねぇってば!! 翠君っ!」
誰だ、俺の思い出を邪魔する輩は。
って、天羽しかいねーわな。
「なんだよ......せっかくいい夢見てたのに、邪魔すんなよな......」
俺は天羽の方へと顔を向けながら、天羽に不満を呈する。
俺の運命の相手ともいうべきコメントさんとの再会を邪魔するとは許すまじ。
しかし、今度は俺のその反応に天羽の方が不満を示した。
「な、なによぉ。ちょっと相談しようと思っただけなのに......」
俺と同じようにノートパソコンを開いていた天羽は自分の画面を見ながら、明らかにしょんぼりとし出した。
そこまで悲しそうな表情をされてしまうと何も言えなくなるじゃないか。
「あ~俺が悪かった。謝るから、この通り。で? 相談って?」
俺は両手で手を合わせて謝った。
こういう時にはとにかく謝った方がいい。
天羽とは一年の付き合いだ。分かってくるものもある。
......微妙に面倒くさいところあるからな、意外と。
俺はさっさと謝って、話をずらした。
「む~~。なんだか変な思惑を感じるけど......まぁいいや。ここなんだけど......」
そう言って、天羽は自分の次回作の原稿を見せてきた。
そう。
この美少女、天羽 澪は既にプロ作家としてデビューしているのだ。
時期は丁度一年前のこの時期。つまり一年前の秋。
俺と彼女は一緒にユニバース文庫の新人賞に応募した。
俺は本気で。彼女は始めたてだったので、お試し程度で。
いやはや、才能とは恐ろしいものである。
なんと天羽が大賞を受賞したのだ。
俺はというと二次選考まではいったのだが、そこで落選してしまった。
あの時の俺ほど醜いものはないだろう。
今でこそ吹っ切ってはいるが、当時の俺は嫉妬という感情で心の中はグチャグチャだったのだから。
「この部分、どう描写したらいいか迷ってて......」
プロ作家の天羽が、プロじゃない俺なんかに意見を聞いて意味があるのか?と思いながら俺は天羽の質問にできる限りの答えを出していく。
「そっか......そうだね! 参考にさせてもらうよ! 流石は翠だね。頼りになるよ!」
少し考えた後、満遍の笑みで天羽は俺の意見に賛同し始めた。
その笑顔はあまりにも反則的な女神のような笑みで............
ハッ! その笑顔に不覚にも見とれてしまった。
クソ。これだから美少女は。
少しの仕草でこちらの意識を持っていくのだから美少女とは大したものだ。
「まぁそれも天羽の美点の一つか......」
「ん? なんか言った?」
誰にも聞こえない声で言ったはずが、僅かばかり天羽が聞いていたようだ。
天羽は不思議そうな顔をしながら、こちらを覗てくる。
「なんでもねーよ。」
俺は適当に誤魔化し、顔を背ける。
この太陽王女様はは本当にいい顔で小説を書く。
パソコンに向き合っている顔が他の人とは根本的に違うのだ。
心から小説を愛して、己の全てでもって一つの作品を作り上げる......そんなことを俺は彼女の作風に感じ取っていた。
正直、嫉妬はある。
書き始めてたかだか一年目の子が三年目の俺を追い抜かして、プロの小説家になったのだ。
その才能を何度羨み、何度欲しいと思ったことか............
だが、彼女の小説に対する顔や態度を見ていたらいつの間にか嫉妬の念は尊敬の念に置き換えられ始めていた。
俺は彼女の小説が好きだ。
ありのままの自分を曝け出しているように感じられて、とても読んでいて気持ちがいい。
おそらく、審査員の方々もそんな風に感じたのだろう。
............それにしても。
「流石だね!!」なんて、天羽はどうして俺なんかをそんなに評価してるんだ?
過大評価にも程があるぞ......
いくら友達だと言っても、さすがに自分の仕事に口は出させないだろう。
ましてや高校生だ。
プロ作家であったならまだしも、プロである天羽が経歴は長くても素人同然な俺にアドバイスを求めるのは、なんだか異質な感じがするのだ。
「ふむ......訳が分からなんな。」
俺は疑問を抱えたまま執筆に意識を向けていったーー
*天羽 澪 視点*
木々には紅葉がつき始め、読書やら食事やら多くのことに熱中しやすいこの季節。
部室の中も冷暖房を使わずとも、丁度いい温度になっている。
そんな紅葉なり行くこの季節で私、天羽 澪はーー
ーー我妻 翠君に恋をしています。
「~~♪」
ただいまの気分は、最高潮。
毎日、彼を見ているだけで幸せ。
まして同じ部活だなんて気持ちが高ぶって、舞い上がってしまいそう!!
でも、二人っきりだと目を合わせられない。
今だって目の前にいる翠君と目を合わせられずにいるし。
だ、抱き着きとかしてアプローチはしているんだけど......
ん? 目は合わせられないのに抱き着きはできるのかって?
そ、それは、抱き着きなら顔を伏せていれば、顔を見られずに済むからだよ!
万が一にも翠君に、私の緩みきった顔なんて見られたら私もう生きていけない......
だって、恥ずかしいし。
なんだか照れくさい。
「~~~ッ!!」
あぁ~自分のやってること思い浮かべたら体が熱くなってきちゃった......
これ以上は良くない。
目の前に翠君がいるのに、変な顔をするわけにはいかないの!
呼吸を整えながら、私は別のことを考えることにした。
窓の方を向くと、向かいにある校舎が目に入る。
ここは部室棟の一室なので、校舎とは向かいの場所に位置しているのだ。
校舎の中では高校三年生たちの何人かが、放課後の講習を受けていた。
今の季節は、秋。
高校三年生は大学受験に向けて、アクセル全開の時期だ。
私も来年はあんな風に勉強に向き合わないといけないのかと思うと、少し憂鬱な気分になる。
そこで私はふと思い出した。
(そういえば、翠君とあったのは受験の日だったなぁ......)
そう。
彼は覚えていないかもしれないけど、私と翠君の初めての出会いはこの高校の受験日だった。
私はその日、受験会場であるこの高校まで電車で向かっていた。
私は運よく座れたけれど、丁度通勤ラッシュの時間帯で、電車の中はギュウギュウだった。
そんな時、私の隣で私と同じ年ぐらいの男子がスマホを片手に物凄い勢いでキーボードをフリックしていたの。
周りの人は周囲の騒々しさで気づいていないようだったけど、座っていて多少の余裕がある私にはその光景は異質なものだった。
あまりの勢いについ気になってしまって、私はゆっくりとその男子のスマホの中を盗み見ようとした。
悪いことをしている自覚はあった。
でもそれ以上に気になってしまったから......
ただの好奇心だった。
ただの偶然だった。
そのはずが......
「..................え?」
当時の私は天地がひっくり返るほどびっくりした。
だってそこに映っていたのは......
ーー私の大好きな小説の題名とその次話が書かれていたのだから!
小説投稿サイト『小説家になってやろうぜ!!』で連載中の私が唯一心の底から大好きだった作品。
コメントを書こうと思ったこともあったけど、私はどんなコメントを書いたらいいのか分からなくてずっと尻込みしていた作品。
その筆者が今、私の間隣に......?!?!?!?!?!?!?
私はパニックになった。
受験日にも関わらず、私はもはや心ここに非ずという状態だったの。
そこからはあまり覚えていない。
試験は頑張ろうと切り替えて頑張ったんだけど、そこまでの記憶が全くない。
それで試験も終わってしばらくボーっとしてて、気づいたら外が夕日に照らされて赤くなっていたんだよね。
急いで支度を整えて学校を出ようとしたら、体育館裏辺りから声がした。
「なんで、アンタがここにいるのよ!!」
「ねぇ、なんでまた私たちと同じ学校に通おうとしてるわけ? ねぇ?」
「カースト下位勢は地元の底辺高にでも行っていればいいんだよ?」
「え、えっと......私はっ!」
「は? なに。文句でもあるわけ?」
女子三人組が、一人の女の子を囲っていじめていた。
馬鹿馬鹿しかった。
今でも馬鹿らしいと思うもの。
今では『太陽王女』って呼ばれているけど、中学校の時はあんまり目立つ方じゃなくて、むしろ私は地味な方だった。
そういうこともあって私はスクールカーストの上位にいじめられていたから、正直スクールカーストにはうんざりしてたね。
スクールカーストのためだったら、自分の保身のためだったら平気で友達を裏切る。そんな世界。
それに、一々上位の子たちの機嫌を伺っていなきゃいけないんだよ?
面倒くさいにもほどがあるでしょ。
「ふぅ~」
怖かったけど無視していてもよくないので、私は一度深呼吸をしてからその中へ入っていた。
「な、なにしてるの?」
私は後ろから彼女たちに声をかけた。
一瞬驚いていた少女たちだったけど、すぐに持ち直して言った。
「なに? あんた? なんか用?」
「い、いや、帰ろうとしてただけで......でも、そういうのはやめた方がいいんじゃないかなって。」
私は若干嚙みながら、思っていることを必死に口にする。
「は? コイツを庇うってこと? なにそれ、ウケるんだけど。」
ウケると言っておきながら、彼女の目は笑っておらず、顔からは明らかな不快感がにじみ出ていた。
「邪魔しないでくれる? どっか行って。」
「いや......そういうわけにも......」
「あなたのことを標的にするわよ?」
本気の顔だった。
過去の光景がフラッシュバックして、流石にひるんでしまった。
「そ、それでも......やめようよ......こんなこと......」
私は最後の勇気を振り絞って、彼女たちに抵抗する。
震えた声での精一杯の抵抗。
あれが、当時の私に出来る最大限だった。
すると、彼女たちはさらに不快に感じたようで、恐ろしい顔でこちらを睨んできた。
「うるさいわね!! 何なのよアンタ! あ〜あ、もう決めた。この子の次はアンタ、アンタで遊んで遊んで遊び尽くしてあげるわ!」
「ッ!?」
言われた瞬間、最後の勇気を絞り尽くした私の心は完全に瓦解。
後のことを考えた恐怖で勝手に足が震えだす。
夢の高校生活、夢の新天地。
それを始まってもいないような段階で壊されるなんて............
「アハハッ。見てみて。この子足をガクガクさせちゃってるよ?」
女の取り巻きが私を指さしながら笑っていた。
私の中にさらに増していった未来への恐怖感。
(助けに入ったせい......なの? 私が悪かったの? 私は間違えたことをしたの? 嫌だ......嫌だよっ!!)
一度芽生えた恐怖は留まることを知らずに、私の心をどんどん蝕んでいく。
あの場からすぐにでも逃げ出したくなったね。
でも、足がすくんで思うように動かなくなっていた。
そんなどうにもできずに、目の前が真っ暗になっていた私の耳に一つの声が入ってきた。
「声がするから来てみれば......おい。お前たち、何やってるんだ?」
私は顔を上げて、その人の方をみる。
「~~~ッ!?」
間違えもしない。
そこにいたのは紛れもなく電車で隣に乗っていた男の子。
私の大好きな小説の筆者、その人だった。
(お、おんなじ高校受けてたんだ......)
こんな状況の中、私は先ほどまでの恐怖が嘘かのように吹き飛び、歓喜に震えていた。
「な、なによ。アンタまで邪魔をする気? どうなっても知らないわよ?」
リーダー格の女子が男の子に強気で迫る。
しかし......
「お前らこそ分かってんの? ひ弱な未成熟のお子ちゃまが、力のある俺に敵うとでも思ってるわけ? えぇ?」
彼は物凄い形相で、三人組に詰め寄ろうとする。
「............」
こっちがえぇだよ......
あんなにいい小説書いていた人が何でこんなに強キャラ感だしてるの......
「「「ひっ!?」」」
三人組がおびえている間に、男の子は指を鳴らしながら三人組に迫っていく。
彼女達は口をパクパクさせながら、抵抗するか逃げるか決めかねているようだった。
するといつの間にか、男の子の強キャラ感にあっけにとられていた私の横を女子三人組が通り過ぎていった。
「お、覚えてなさいよ! 邪魔したこと絶対に後悔させてやるんだから!!」
そう言い放ちながら走り去っていき、やがて姿が見えなくなった。
あの子たちは、暴力的な力で脅されるの苦手だったようだ......
まぁ、逃げて正解だったのでは? と個人的に思ってはいるけど。
とにもかくだ。
その後、いじめられていた女の子がお礼を言って去った後、体育館裏に二人っきりになるという奇跡のイベントが発生したの。
私はあまりに緊張しすぎて変な質問しちゃった。
「スクールカーストって馬鹿馬鹿しいですよね......」
気まずい空気の中、さらに空気が重くなるような話題を振った過去の私には是非とも説教してやりたいが......
あの場面あの時ではこの質問が最適だった。
なぜならーー
「............そうだね。そうかもしれない。でも、例えスクールカーストがあったとしてもそう悲観しなくてもいいと思うんだ。この世で皆が皆君のことを理解してくれるとも限らない。理解してくれない人も必ずいる。結局スクールカーストっていうのは、自分のことを理解してくれない人たちが生み出す階級に過ぎないんだ。だってそうだろう? 陽キャは決してオタクを寄せ付けないし、逆に陰キャは陽キャを寄せ付けない。そうやっていつの間にかコミュ力が高いってだけで、陽キャが頂点に君臨する。つまり、スクールカーストってのは理解し合えない人たちの集合体なんだよ。だから、まぁ......難しいかもしれないけど,,,,,,自分にも理解し合えない人たちがいるんだってことを許容しさえすれば、あとは理解し合える人たちと一緒にいるだけで、馬鹿馬鹿しいなんて気持ちは消え去るんじゃないかな? 俺の持論だけどね......」
彼は翠君は、私の質問に対して笑いながらそう返してきたの。
笑っていてもその目は本気で、当時の私はこの人が本心からこれを言っているとすぐに理解できた。
「変な理屈を並べちゃったね。ごめん」と彼は恥ずかしそうに誤魔化していたけれど、その言葉は私の心に強く響いた。
それに、これに似たニュアンスの言葉を私は知っていた。
彼の小説に出てきた言葉だ。
彼は......
自分の思ったこと感じたことをそのまま小説にしているんだ。
創作ではなく、ありのままの自分を描写して。
自分の思いを小説というものに嘘偽りなく、まっすぐぶつけていたのだ。
私はそんな彼の生き方がとても尊いものであり、羨ましいと思った。
その時まではカーストを考え、自分を殺しながらなるべく無難に生きようとしていたから......
その瞬間からだろう。
私が実際に小説を書いてみようと思ったのは。
自分もありのままの思い、体験をぶつけてみたい! そう思ったの。
そう思ってからは単純だった。
まずは、彼の小説に思い切ってコメントしてみたの! 私の覚悟の表れとして。
それから、入学して実際に小説部に入って、真摯に小説と向き合ってきた。
感情表現、描写、背景などなど。
本当に色々な表現の仕方があって、どんな風にすれば、ありのままの自分をぶつけられるんだろう?
そんな風に考えて執筆してきた。
だからこそ、執筆していく中で私は悟った。
ありのままの自分を表現する難しさを。
だって、偽りなく自分を表現するなんてほぼ不可能に近い。
人間誰しも本来の自分をぶつけて、それを否定されたら立ち直れないから。
そうならないために人間は嘘を混ぜることで、別の自分を生み出し、本来の自分を守る。
翠君は凄い。
改めてそう感じた。
そして翠君と部活動という名の同じ時間を共有していく中で自覚した。
ーー彼が好きだと。
いや............自覚していなかっただけで彼にとっくに恋していたのかもしれない。
高校に入る前にイメチェンをして、自分を綺麗に着飾った。
少しでも身なりを整えるために、いろんな美容グッズを使ってみた。
どれもこれも、少しでも彼に近づきたいと思ったから。
彼に好きになってもらえるような自分になりたかったから。
でも逆にそのせいで、おそらく彼はあの日の女の子が私だとは気づいていない。
当時の私とはもはや別人レベルで変わっちゃったしね。
でもそれで別にいい。
今の全力の私を見てもらいたい。
全力の私を意識してほしい。
全力の私を好きになってもらいたい。
昔の中途半端な私じゃなくて、彼を全力で好きになった今の私をありのままにぶつける。
だから私は今日も小説を書く。
ありがたくも大賞を頂けた私渾身の恋愛小説を。
私の思ったこと感じたことをありのままに言葉にする。
とても難しいことだけれど、これが私の全力だし、彼に憧れた私の作風だから。
こんな私で大賞を頂けたんだから、おそらく翠君もそろそろ受賞するだろうな。
なんていったって、私以上に凄い人なんだからね!
ねぇ、翠君。
今私はね、告白シーンを書いているんだよ!
だからね。
だからーー
**
ーー私は自身の姿が鮮明に浮かび上がってくる貴方の作風が大好きです!! 辛いこともあるかもしれませんが、これからも頑張ってください!! 貴方が大成することを心から願っています。
これが俺の精神的支柱。
俺がこれまで挫折しつつも何とか耐えてこれた理由である。
このコメントはこの高校の受験日の日に来た。
受験と執筆、この二つに板挟み状態だった俺にとって、このコメントがきた瞬間は何もかも忘れて一心不乱に舞い上がった。
あまりにも温かいコメントだったので、嬉しすぎて少しうれし涙が出てしまったものだ。
昨日も俺はこのコメントに助けられた。
昨日は今年のユニバース文庫の新人賞に応募するため、夜遅くまで執筆していた。
執筆は終わっていて、本当は夜遅くまでやる気はなかったんだが、物語の展開に納得できずについつい考え込んでしまったのである。
だから、さっき落合に心配されたときは思わず動揺してしまった。
日ごろから散々無理をするのは良くないとアイツに言われ続けているので、とっさに嘘も吐いてしまった。
(展開に納得できなくてイライラしてたら寝れなくなったなんて言えないしな......)
昨日は全然納得できずに、もしかしたら今日の学校すら行かなくなるのではというレベルまで考えこんでしまったのだ。
流石に学校に行かないのはマズイけど......展開にも納得がいかないからずっと考えていたい。
俺は謎に悩みのダブルパンチを受けていた。
だが、そんな俺を救ったのがこのコメント様だった。
このコメントを思い出すことで、俺は自分に自信を取り戻すことに成功し、今の自分はどんな展開が一番だと思うのか冷静に分析しなおして、結論を出すことが出来た。
まったくもって、コメントさまさまである。
「ん~~」
俺は背伸びをしながら、執筆していた手を止める。
そこで、ふと思い立ったことを口にする。
「なぁ~天羽。俺の自意識過剰だったら悪いんだけどさ。なんで俺のことそんなに評価してくれてんの? 俺なんてド三流の小説家なのにさ。」
さっき思い至ったことを素直に聞いてみる。
すると天羽は手を止め顔を伏せて、口元を噤んだ。
「......」
「......」
長い沈黙。
静寂が一帯を包み込む。
いくら待っても天羽が一向に答えようとしてくれないので、俺は若干気持ちが焦ってくる。
「......え? 無視は少しばかり悲しいのですが......」
そこまで、難しい質問したかな............
もしかして本当に俺の自意識過剰だったとか!?
そんな俺に気を使って言葉を選んでくれているとか!?
そんなことすら考え始め、気持ちがナーバスな方に傾き始めていると、天羽がやや赤みがかった顔をゆっくりと上げた。
「........だから。」
「え?」
良く聞こえないので、聞き直す。
ハーレム主人公のようなことをしてしまったが、こればっかりは本当に聞こえなかったのだから仕方がない。
次は聞き逃しまいと、天羽の言葉によく耳を傾ける。
「..................好きだから。」
「.....................................ふぇ?」
気の抜けた声が小説部の部室に響く。
あまりにも唐突な告白............告白っ!?
え、今俺............告られた?
い、いや~そんなわけ............マジで?
年齢=彼女いない歴の俺が、天下の”太陽王女”に告白されたっ!?
マズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイ!!!!
思わず顔がにやけてしまいそうだ。
気を向いたら完全に拍子抜けな顔を天羽にさらすことになってしまう。
それは良くない。
いや、ちょっと待って。
一旦、落ち着こう。
状況整理だ。
果たして天羽は本当に俺のことが好きだといったのか?
もしかしたら、俺じゃなくて俺の小説が好きだという意味なのでは!?
自意識過剰で間違えるパターンが一番恥ずかしい。
それは回避したい。
............でもなぁ、あの言い方、あのトーン、あの恥ずかしがり方。
ワンチャンあるのではないだろうか?
自意識過剰が一番恥ずかしい。
よくわかる......よくわかるがっ!
俺はそれよりもワンチャンの方に期待をしてみたいんだっ!!
俺の脳内が爆速で回転し、その結果ーー
「そ、それってどうゆーー」
「......翠君の小説がねっ!!」
....................................................はい。
分かっていました。
分かっていましたとも。
どうせそんなことだろうと思いましたよ。
全部分かってた上でね............そう、アレをこうしようと思ったんだよ!
本当だよ?
本当だから.............ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ
「~~~ッ」
必死に自己暗示をし続けた俺の頭はついにオーバーヒート。
恥ずかしさを許容しきれなくなり、数秒前の自分に悶々とする。
(あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~)
心の中で叫びに叫び続けた俺の顔はどうやら真っ赤だったらしく、天羽がパソコンの向こうに顔を隠しながらニヤニヤしてそうな口調で俺に問いかけてくる。
「あれ~どうしたの翠君~どうかした~?」
「クッ......な、なんでもねーよ」
顔はどうにもならないので、せめて動揺を悟られぬように平然を装う。
しかし、追い打ちをかけるように天羽が切り込んでくる。
「いや~いい参考になったよっ! 今、私告白シーンを書いてるからさ~」
「おまっ、この野郎っ。」
俺の中の羞恥心がさらに強さを増して、恥ずかしくなってくる。
どうやら実験台にされたらしい。
彼女の作風的に実感しておきたかったのだろう、告白シーンってやつを。
だから、わざと意味深な受け答えをしたのだ。
「ったく。そーゆーの、やめろよな。迷惑だ。」
俺はそう言いながら、シッシッと手を振る。
相変わらず天羽の顔はパソコンで見えないが、さぞ楽しそうな顔をしているのでしょうな。
でも............悪い気はしなかった。
何故かこれだけからかわれたのに怒りは沸いてこなくて、むしろ居心地の良さすら感じ始めていた。
だから......つい強気の口調にもなれず、優しい諭しのような口調になってしまった。
そんな俺の態度に合わせるように天羽がパソコンの横から半分だけ顔をだす。
その表情は実に穏やかで、気の抜けたものだった。
「へへ.....は~い。ごめんなさい」
「分かればいい。次からすんなよ?」
とりあえず忠告だけすると、天羽はパソコンの向こうから手を出し、親指を立てた。
「ふぅ~」
天羽からのオーケーサインを見た俺は、深呼吸をして再びパソコンに向かう。
夢を追いかけながら天羽と切磋琢磨していく、こんな日々がいつまでも続けばいい。
いつかは卒業しなければいけない。
そんなことは分かっている。
だが、俺にとってのこの小説部での時間はいつの間にかかけがえのないものになっていたのだ。
そうして、時間は過ぎ去っていく。
実はパソコンの裏で恥ずかしさのあまり顔が耳まで真っ赤になり、つい本気の告白を誤魔化してしまった少女がいたことなんてお構いなしにーー
(あたしの......ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)