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9 役割

「君が私に聞きたいことがたくさんあるのは理解しているよ」


 ばぁやと話している時も、子供達に囲まれている時も、王子は私の少し後ろに立って大人しくしていたけど、その顔を見れば聞きたいことがたくさんあるのだと知ることはできた。


「エカチェリーナさんのことを、聞いてはダメなのでしょうか?」


「そうだね。君に話せることなど無いよ。今はね」


「そうですか……」


 何も教えるつもりはないのにここに連れて来て、随分と意地の悪いことをしているのは自覚していた。


 王子は無理には聞き出そうとはしてこない。


 遠慮がちにこちらを見て、言いたい言葉を飲み込んでいる。


 そういうところは聡い子だと思う。


 ただ単に意気地が無いだけかもしれないけど。


 それはこれから分かることかな。


「じゃあ、原因探しに行こうか。王子の初めての人助けだよ」


「はい。僕に何ができるかはわかりませんが、頑張ります。ところで、どうして村の外に?」


「村の中にいたら、王子が注目されるでしょ?君の正体が知られるのはよくない」


「えっと……僕は、本来ならあの場に足を踏み入れるべきではない人間だからでしょうか」


「そうだね。君はよく気付くし、理解も早い。良い弟子だ」


「弟子、ですか」


「そう。王子、君の出番だよ」


「何をすればいいでしょうか?」


「君の耳が必要だ。今から封じていた魔力を解放するよ。それで、王子の耳で辺りの音をよく聴いて」


「わかりました」


 また()を聴かなければならないことに不安があるのは当然だ。


 でも王子は多少は身構えていたけど、私が耳に触れるのを大人しく受け入れていた。


 その勇気は評価してあげよう。


「はい、いいよ。音に集中して」


 それを伝えると、王子は耳に手を添えながらキョロキョロと辺りを見渡している。


「何か聞こえた?」


「えっと……人々の話し声はまったく聞こえなくて……何かの動物の気配もないのですが……息遣いが……」


 人避けの影響で、村の話し声は聞こえないはず。


 それから、目と鼻の先にある無の森には虫や動物などもいない。


 無の森の方向から聴こえてくる息遣い。


「私の予想通りだと、私とは相性の悪い存在が近くにいるはず。君が頼りだから、それが聞こえる場所に私を案内して」


 王子がここに来たのとほぼ同時期に聴こえてきた、何者かの()


 ただの偶然か、運命的な巡り合わせか。


 この現象に対処しなければならないのは、間違いなく私ではなく王子の方だ。


 耳の良い王子を城から遠ざけたかっただけなのに、この事態はヴェロニカさんも予想していなかったんだろうな。


 どんな結果を望むのか。


 私はただ、村の人のために目の前の問題を解決するつもりだ。


 私に促されて、王子はおそるおそる足を進めていた。


 耳に届く、得体の知れない生き物の息遣いはさぞかし怖いことでしょう。


「今日は危険から王子のことを守るよ。だからそんなに怖がらなくても大丈夫だよ」


「あ、いえ、僕こそエカチェリーナさんのことを守らなければならないのに、怯えた姿を見せてごめんなさい」


 “今日は”と言ったことに、王子は言及しない。


 おそらく、緊張のあまり気付いてないのだと思う。


「エカチェリーナさんは、声の持ち主に目星はついているのですか?」


「うん。この森のある場所に眠っていた子だと思うよ。封印、に近いかな」


「封印されなければならないような恐ろしい存在なのですか?」


 思わずといった様子の王子が、後ろを歩く私の方を振り返った。


 想像通りに、その表情には怯えが見える。


「力を持つものだけど、悪いものではないよ。引きこもりだった王子も、一度くらいは見たことがあるんじゃない?神殿に祀られた聖竜と戯れる聖女の像を。大半の国の国教だよね」


「竜!?」


 とうとう王子の足は止まって、私の方を完全に向いた。


「聖竜が世界を守り、聖女が聖竜を守る」


「あ、はい。聞いたことはありますが、でも、どうして、僕が竜に?」


「王子が生まれた時には決まっていたことのはず」


 首を傾げている王子に、さらに言葉を投げかけていく。


「ルニース王国の王家に伝わる話があるはずだけど、今はもう消え去っているのかな。聖女の存在だけが一人歩きして」


 手を振って前に進むように促すと、王子は再び歩きだす。


「竜の命が込められた玉を抱いて生まれてくる女の子がいる。だいたい百年ちょっと前に起きた事件が発端だけど、その前までは竜の命は込められていなかったようだよ。それで、その竜玉に聖女が魔力をこめ、竜と疎通できる男の子が竜に返して悪しきものと眠りについてもらうことで世界が安定する。役目を持った三人は元々は一つの家系に生まれていたのだけど、長い時を経て、二つの王家と一つの一族に血が受け継がれることとなった」


「そんな話があるって、僕は知らなかったです」


「綺麗さっぱり忘れられているようだから、王子が悪いわけじゃないよ」


「でも、忘れられているのなら、玉は竜に返せないのでは?」


「だから今、竜は世界に現れて、魔物が溢れているんじゃないかな」


「えっと……」


 前を向いていても、王子からは戸惑いが伝わってきた。


「王子には難しい話だったね」


「玉を返す役目は、どうして男の子でなければならないのでしょうか?玉を持って生まれてきた女の子ではダメなのですか?」


「女の子は、そのまま連れて行かれてしまうからだよ。竜が眠るゆりかごにされてしまう。逆に男の子は竜と心を通わせることができるから……」


「女の子が連れていかれるって、御伽噺のような話ですね。怖い人にはついて行ってはダメみたいな。それから、女の子と聖女の役割が別々なのも不思議です」


「聖女はね、女の子が抱いていた竜玉に触れて、初めて覚醒するんだよ」


「えっ!?じゃあ、ヴェロニカさんもですか?エカチェリーナさんは、どうしてそんなに詳しいのですか?」


「寝物語として母親に聞かされていたから。だからね、王子、私は……さて、到着したのかな?」


「はい。ここから聞こえてきます」


 王子が立ち止まった場所の足元には、ぽっかりと穴が空いている。


「じゃあ、行こっか」


「えっ?」


 その穴に向けて、王子の背中をトンっと押していた。



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