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7 王子の気遣い

 張り切るのは最初だけだと思ったけど、王子はその後もよく働いた。


 お昼になると、パンに具材を挟んだ簡単な食事まで用意してくれて、さすがに働かせすぎたと思って、お昼を過ぎると家でゆっくりする事を勧めた。


 私だって不眠不休の労働をさせたいわけではない。


 ゆっくりさせると言っても家に暇潰しになるような娯楽があるわけではないので、庭先にあるお風呂に入るように促した。


 天然の小さな温泉で、私が水質も管理している場所だ。


 王子はそこが気に入ったのか、しばらく戻ってこなかった。


 溺れてないか心配するくらいには、ゆっくりできていたようだ。


「エカチェリーナさん。お風呂、ありがとうございました」


 戻ってきた王子を見た。


 ホカホカと頭から湯気が立っていた。


「王子、ちょっとこっち来て」


「はい」


 王子の首にかけてあったタオルを取ると、


「わっ」


 拭きがたりない頭を、ゴシゴシとこすった。


 髪質の維持としてはこの拭き方はダメだろうけど、まだまだ寒さが残るこの時期に体調をこれ以上悪くされては困る。


 そう言えば、王都に比べて今朝は随分と寒かったと思うけど王子は泣き言を言わなかった。


 痩せ我慢かな。


 面倒だとしても、王子がここにいる目的は健康を取り戻すため。


「労働の後の温泉は気持ち良かった?」


「はい!あれはオンセンって呼ぶのですね。地面からお湯が湧き出て、不思議で、面白くて、心地良くて」


 ここでの生活が自然と王子の療養となるのなら、一石二鳥だけど。


「じゃあ、私も入ってくるので、王子はここから動かないこと」


「はい……?…………あ!」


 返事をしながら少しだけ何かを考えていた王子は、答えに行き着いて顔を真っ赤にしていた。


 屋外の温泉は、この部屋の窓から見える。


 今までは私一人しかいなかったから、別に造りはどうでもよかった。


「動きません!見ません!目をつぶっています!」


 その言葉の通り、私が部屋に戻ってくるまで、王子はクッションを頭から被ってソファーに突っ伏していた。


 そして、どうやらそのまま寝てしまったようだった。


 ソッとクッションをどかすと、すーすーと静かな寝息を立てていた。


 随分と穏やかな顔で寝ている。


 二日目にして、早くも順応したみたいだ。


 久しぶりの安眠なのだろうけど、もう少し警戒心を保って欲しいものだ。


 まぁ、子供なのだから仕方がないか。


 万が一ソファーから落ちてもいいように、余っているクッションをいくつか床に並べて、王子には毛布をかける。


 私も作業をする為に自分の部屋に入った。


 これからの事は、まぁ、なるようになるでしょう。


 それから私は窓にカーテンを付ける為に慣れない縫い物をして、王子が昼寝から目覚める頃には完成していた。


 多少の不恰好は目を瞑る。


「あの、えっと、エカチェリーナさん、寝てて、ごめんなさい。何か僕が手伝える事はありますか?」


 王子は惰眠を貪っていたと罪悪感を抱いているようだけど、私は特に気にしていなかった。


「別にいいよ。あなたが元気になって早く城に帰ってくれるのが私にとっては一番のことだから」


 カーテンを取り付け終えて王子の方を向くと、何故かとても落ち込んでいるようだった。


 私が城から去る事を聞いた時と同じ顔をしている。


 私の言葉が嫌味に聞こえたのかもしれない。


「でも、君がいる間は美味しい食事が食べられるから、夕食も楽しみにしてるね」


 それを付け加えると、パッと顔を上げて満面の笑みを浮かべていた。


「エカチェリーナさんに喜んでもらえるように頑張ります!本棚にある料理の本を読ませてもらってもいいですか?」


 王子はとても単純でわかりやすかった。


 つまり、扱いやすいということだ。


「本は好きに読んでいいよ。学院に入るための勉強も必要だろうから、必要なものがあったら言って。今度町に調達に行こう」


「ありがとうございます!」


 ご機嫌な様子で料理本を手に取る王子を眺めて、有能な子犬がうちに来たと思えばいいかと自分の中での妥協点を見つけていた。


 王子が言葉の通りに美味しい夕食を提供してくれると、外は暗闇に染まり、今日という一日もほぼ終わろうとしている。


 あとは寝るだけという時間になって、コンコンとドアがノックされた。


 入ってきたのは言うまでもなく。


「エカチェリーナさん。これをどうぞ」


 コトっと、テーブルにマグカップが置かれた。


 なにやら白い液体で満たされており、湯気が立つ中、甘い匂いまでする。


「これは?」


 銀盆をもって得意げに立つ王子を見上げた。


 その顔は、褒めてもらいたくてたまらない子犬のようだった。


「僕が病んでいる時に、城の人が持ってきてくれた事があって、疲れた時に飲むものだそうです」


 ホットミルクに蜂蜜を垂らしたものか。


 気を利かせたつもりだろうから、ちょっとだけからかいたくなった。


「魔女に毒を盛るとは、君もなかなか肝が据わっているね」


 それを言った途端に、予想通りに王子は狼狽えていた。


「毒なんてとんでもないです!あ、まさか、魔女にとって蜂蜜は毒になるのですか?赤ちゃんに与えてはならないように」


「冗談で言った」


「あの、エカチェリーナさんが冗談を言う方なのはすでにわかりましたが、どうして真顔なのですか?」


「笑い方を忘れただけ」


「忘れるものなのですか?」


 最後に笑ったのはいつだったかも忘れたかもしれない。


 それはそれとして王子の反応が面白かったから、もう少しだけからかうことにした。


「王子」


「はい」


「魔女は死なないよ」


「え?」


「魔女は死ねない」


「死ねない?」


 私の言葉に、王子はまた瞬きを忘れて見つめてきた。


「命を保管する場所が別の所にあるから、魔女は殺されても死なないんだよ。もちろん、毒を盛られても。だから、魔女を殺す方法を知りたい?」


 最後は声のトーンを落として尋ねると、王子は顔を青くして首をぶんぶん振っている。


「でもそれは、言い換えたら、その方法を知らなければエカチェリーナさんはどんな危険が迫っても安全って事ですよね?それなら安心します」


「本当にそうかな?」


「違うのですか?」


「死にたくても死ねないのは苦しくないのかな」


「えっと……酷い怪我を負った時に、長い苦痛を味わうからとかでしょうか?」


 自分で言いながらも、王子はそれを想像して、また顔を青くしていた。


「それもあるかもだし、例えば、親しい人がみんないなくなってしまったのに、自分だけはいつまでも生きていなければならない。そんな時、王子ならどうする?」


「また自分の孤独を分かち合える人を探し、縁を紡いでいきます」


「そう。王子ならそうするんだね」


「エカチェリーナさんは違うのですか?」


「大切な誰かの代わりはいないよ」


「それは、そうですが……」


 そこで少しの間、沈黙が訪れた。


 先に口を開いたのは王子で、


「エカチェリーナさんの御両親は……?」


 それでどんな考えに至ったのか、遠慮がちにそれを聞いてきた。


「今はもういない事は確か」


「寂しい……ですよね……」


「そんな風に見えるのなら、そうなのかもしれないね」


 からかい半分で話し始めたことだったけど、どうやら少々重たい空気にし過ぎたようだ。


 会ったばかりの子供の王子とこんな話をして何がしたかったのか。


 自分でもよくわからないから、きっと意味なんかない。


「エカチェリーナさんは、僕よりも遥かに年上なのですか?」


「君よりも数ヶ月分、年上なだけだけど」


「そうですか」


 何故か王子はあからさまに安心していた。


「それならこの先、僕の努力で追いつけそうです」


「魔法の特訓をしないとだからね」


「はい!それもです!」


「蜂蜜ミルクをいただいて、もう寝るね。ありがとう」


「あ、はい。長居してごめんなさい。おやすみなさい」


「うん。おやすみ」


 王子はささっと部屋から出て行ったから、机に置かれた蜂蜜ミルクを飲み干して、そして、ベットで横になるとさっさと寝ていた。


 余計なことを考えないうちに。


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