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10 大いなる存在

 王子を穴に突き落とした直後に、私も彼の後を追って穴に飛び込んでいた。


 ものすごい速度で落ちていく王子と私。


 穴は、真っ直ぐに、真下に伸びていた。


 王子からは悲鳴は聞こえない。


 声も出せないのか、または気絶しているか。


 眼下に何かが見えたところで、私と王子に浮遊魔法をかけた。


 途端に、空中でピタリと体が静止した。


 隣に目をやると、涙目でガタガタと震えながら、肩で息をしている王子の姿を認めた。


 ちゃんと意識を保っていたか。


 偉い偉い。


 そんな王子と一緒に足が着く場所にゆっくりと降りると、目の前の物体を見つめていた。


 だいたい150cmくらいの私達と同じ背丈くらいかな。


 首の長さや尻尾を含めた体長はどれくらいかは知らない。


「これは、何ですか?」


 声をひそめた王子が聞いてきた。


「竜だね」


「竜……」


「まだ小さい方だと思うよ」


「これでですか?」


 焦茶色の鱗を持つ竜は、まだ幼体に近い。


 体を丸めて眠っているようだけど……


「くっ、うううっ」


 王子が両耳を押さえて悶えていた。


 寝息の合間に、お腹に響くほどの呻き声が聞こえるからだ。


 耳の良い王子なら、キツイかな。


 王子の両耳に触れて音量を調整してあげた。


「すみません。ありがとうございます」


「いいよ。もうすぐ自分で調整できるようになるだろうから」


「あ……」


 王子の視線が前方に固定された。


 私達が会話をしていると、目の前の物体に動きがあった。


 頭を持ち上げた竜が、私達を見下ろしていたのだ。


 巣に飛び込んできた、不法侵入の私達がいきなり襲われることはなかった。


 絶対的な、大いなる存在であるはずの竜が、私を見て戸惑っているから面白いなと思った。


 私が魔女の弟子でなければ、今、どうなっていたんだろう。


 番になるべく、巣穴に引き摺り込まれていたかな。


 そうなった可能性のその先を想像してしまって、王子の背中に隠れるように、少しだけ下がった。


 その行動の意味を、王子は気付いていない。


「ほら、王子。自己紹介して」


「ええっ、言葉が通じるのですか?」


「試してみたらいいよ」


 私に背中を押されて一歩前に出た王子は、


「あの、えっと、初めまして。突然、眠っているところを起こしてしまい、申し訳ありません。僕は、レナートといいます。何かお困りではないかと思いまして」


 黄金色の瞳が、ジッと王子を見つめている。


『我は、何故ここにいる?』


「ええっ?えっと……」


『我は、何故ここにいるのだ?』


「それは、僕にもわからなくて……」


 王子に問いかける竜の声音は、呻き声とは違って、脳裏に穏やかに響いてくるものだった。


「エカチェリーナさんの話によると、あなたは本来ならどこかで眠りについているはずなのですが、それが上手くいっていないようで、だから、えっと、僕がお手伝いできればと……」


 王子は、しどろもどろになりながらも竜と対話を重ねていた。


 私はその様子を、近くの大きな石に腰掛けて、膝に肘をついて、手に顎を乗せて眺めていた。





「あなたは、何か覚えていることがありますか?ここで眠っていた以前のことです」


『何も。気付いたらここで眠っていた』


「誰かに会った記憶などは」


『無い』


「じゃぁ……何かしたいことはありますか?」


『それも無い。我は何をするべきなのだ?』


「あなたは本当なら、多くの魔物と一緒に眠りについているべきなのだそうですが、それが叶いそうにありません」


『我に魔物を退治せよと命じるか?』


「あ、いえ、命じるわけではありませんが、できたら魔物が人に害を与えないようにしていただけたら助かります。あなたの指示に魔物は従うものなのですか?」


『うるさいから静かにしていろと言えば、しばらく息を殺して大人しくしていたな』


「あなたを怖がっているのですね。では、魔物には引き続き静かにしてもらえていたら助かります」


『それが我の役目か。了承した』


「よければ、僕からの提案なのですが、他に何をすればいいのかわからないのであれば、空を巡ってみるのはいかがですか?ただ、人が住む街に行くのは、驚かせてしまうかもしれませんが。あなたが眠っている時に、呻き声が聞こえて、とても苦しんでいるようでした。その原因が、僕にはわかりません。僕は少し前まで、苦しんでいた時に、一人で暗い部屋に閉じこもっていました。その部屋から救い出してくれたのがこちらのエカチェリーナさんで、その後に夜空を一緒に飛んで、とても感動しました」


 王子は語り過ぎたと思ったのか、一度口を閉じて深呼吸をしている。


「えっと……こんなことを、偉大な聖竜であるあなたに勧めてもいいものでしょうか?」


『貴殿がそう言うのなら』


 すぐさま立ち上がった竜は、勢いよく翼を広げた。


 その弾みでなのか、小さな何かが飛んできて王子がそれを上手に掴んだ。


『行ってくる』


 そう告げて暗がりから空に向けて飛び去る竜を、二人で見上げていた。


 少し先で立つ王子は、自分が何をしたかも理解できていない様子で、なんとも間の抜けた表情で上を見上げ続けていた。


「君は優しいな。王族なら、それが枷になる時があるだろう」


 私が声をかけると、王子は私の方を向いた。


 そして笑顔となっていたのだけど、


「どこを見てそう仰ってくれるのかはわかりませんが、きっとエカチェリーナさんが優しいから、僕も優しくあろうとしているだけです」


 私の方こそ、どこを見てそう言われるのかを理解できなかった。


「それは、竜からの贈り物かな?」


 先程飛んできた物体のことだ。


 王子の手の中には、小さな骨で作られた笛があった。


 王子がそれを吹いてみると、ふーっと空気が漏れ出るようなわずかな音がする。


 途端に、上から巨体が急降下してきて、私でもちょっと驚いてしまった。


 つい今しがた別れたばかりの竜が舞い戻ってきたのだ。


 感慨深い見送りをしたつもりだったのに。


「その笛を吹けば、竜が来てくれるようだね」


「えっと……」


 王子は気まずげに竜を見上げ、竜は穏やかな目で王子を見ている。


「せっかくだから、背中に乗せてもらったら?」


「あ、はい。ではエカチェリーナさんもご一緒に……」


「私は聖なる竜には乗れない」


「そうなんですか?」


「私は古の魔女の弟子で、聖竜と言われるだけあって、不浄のものを嫌うからね」


「不浄のもの?エカチェリーナさんがそんなはず……古の魔女は、エカチェリーナさんのお師匠様のことですよね?」


 あの人は、とても特殊な思考の持ち主だった。


「ほら、乗った乗った」


 王子を急かし、竜の背中に慎重に乗る様子を見守っていた。


 背中に王子を乗せた竜は、翼を広げて飛び上がる。


「使い魔が聖竜とは大した者だね。ちょうどいいから、明日からは魔法の特訓をしようか。私は村への報告を済ませて家で待ってるから、暗くならないうちに戻ってくるんだよ」


 その言葉をかけて見送っていた。





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