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第9話 恋バナ

クラスメイトの女子、4人組の名前をやっと決めましたよ。

「はい、では服多好恵さん、教科書の12ページから読んでください」


 高校の授業が始まってはや数日。今は古典の時間。私は古典担当の杉谷文世(すぎたに ふみよ)先生に指名を受けたのね。


 私は『はい』と短く返事をすると、少し疲れた気持ちながらも、スッと立ち上がったの。


 そう、疲れてるのよ。肉体的にではなく精神的に。なぜかって? だってどの先生もみんな、私を狙って指名するんだもん。


 その理由は後で話すということで、とりあえず指示されたところを読まなくちゃ。


「枕草子、第一段。春はあけぼの」


「春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく、山ぎは少し明りて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。夏は、夜。月の頃は……」


 私は例によってメラニー法による女の声で枕草子の第一段を読み上げていったわけ。教室中はしんとして、誰も私語を話さない。教室に響くのは私の声だけ。まあ、当たり前のことなんだけどね。


「はい、服多好恵さん。大変きれいな声で読んでくれてありがとう。本当に女の子の声にしか聞こえないわね」


 そして私は着席したんだけど、本当に疲れる。だって、授業開始からもう数日が経っているのに、未だに各教科の先生は、その授業ごとに必ず私を指名するんだもん。


 どうしてか? そんなの理由は決まってるでしょ。どうやら不破先生を通じて私のことが先生たちの間で広まっちゃったのがそもそもの原因ね。


 つまり、『服多好恵さん、本名は好雄という男の子は、女子の制服を着ていて女の子にしか見えないし、声も女の子の声にしか聞こえない男の娘である』という内容が尾ひれをたっぷりつけて広まってしまったの。


 というわけで、私の姿と声を確認したい先生たちから何度も何度も指名されまくりなのですよ。もう、指名料をもらいたいくらい。


 あ、ちなみに不破衣寿々先生は、世界史担当なんだけど、当然、世界史でも何度も指名されて教科書を読まされてるわけよ。それから日本史に現国、英語に物理や化学、それに数学までもよ。これで私が精神的に疲れた気持ちになる理由が分かるでしょ?


 さて、そんなこんなで古典の授業も終わり、次の授業までの休憩時間となったのよ。


「好恵ちゃん。災難だけど、もうしばらくしたらきっと落ち着いてくるから、もう少しの我慢よ」


 話しかけてきたのは同じクラスで、私の後ろの席の、野山愛花(のやま あいか)ちゃん。なんとなくふんわりした雰囲気の子なの。


 私自身は女装しているけど、本当は男の子であるということを隠していないのに、なぜかできるのは女子の友達ばかりなのよね。まあ男子とも話はしてるんだけど、ちょっと友達関係というのとは違う感じ。ほとんど女子扱いというか、アイドル的な扱い?


「そう願いたいわ。もう毎回毎回、授業のたびに指名されて教科書を読まされるのは何とかして欲しい」


 そう言って後ろの愛花ちゃんの机のほうに向かってもたれかかって愚痴っていると、愛花ちゃんがごく自然に私の頭を撫でてくれた。


「よしよし、愚痴らない愚痴らない。そのうち先生たちも飽きてくるわよ」


「そうかなあ。だとしたら早くそうならないかな」


「大丈夫。なんとかなるから」


 そうしてると、私と友達になった別の女の子、空木美鳥(そらき みどり)ちゃんがやってきた。


「おいおい、愛花ちゃんに好恵ちゃんは仲良しだね。ところで愛花ちゃん。あなたが頭を撫でている好恵ちゃんは、本当は好雄という男の子なんだけど、平気なの? 気にならないの?」


 美鳥ちゃんは、思ったことはスパッと言ってしまうことが多い子で、クラスの他のみんなは私のことを【ほぼ女の子】として見てくれているけど、美鳥ちゃんだけは、私のことを女装してるけど男の子という扱いをしているのよね。まあ、それが普通なんだけど。


「え、うーん、好恵ちゃんくらい見た目がかわいければ、女の子にしか見えないし、平気かな。ぜんぜん気にならないよ」


「まあ、愛花ちゃんがそう思っているなら別にいいけどな」


 さすがにいつまでも愛花ちゃんに頭を撫でられ続けるのも悪いので、私は身を起したのよ。すると美鳥ちゃんと目が合ったので、言ってやったの。


「美鳥ちゃんは私のことを男の子として見てるのよね。だったら私と付き合って恋人同士になってみる? もしもなってくれるなら、私、男の子の恰好に戻ってもいいかもしれないわよ」


「馬鹿いうなよ。好恵ちゃんが男の子の恰好をしても、男装した女の子にしか見えないじゃないか。アタシはもっと男、男した男が好きなんだよ」


「ふふ、冗談だから気にしないで」


 というわけで私の本音は冗談ということにされてしまいましたとさ。本当に本音なんだけどなあ。


 今の女装をやめるきっかけとして、女の子の恋人を作るというのが当面の課題なんだけど、もしかしてまず男の子の恰好に戻って、もっと男らしくしないと女の子の恋人ができない? ……詰んでるかも。


「ま、冗談だろうけどよ。あ、そうだ。今の好恵ちゃんに似合う恋人っていうと、あの娘、家鳴風音(やなり かざね)じゃね? おー-い、風音ー-。こっち来いよ」


 美鳥ちゃんは大きな声で人を呼び出した。するとやってきたのは背が高く、ボーイッシュな雰囲気を持っている女の子だったのよ。女装男子として有名な私だけど、それと同じくらい有名な女の子、家鳴風音ちゃん。彼女はね、王子様系女子っていうやつなのかな。


「美鳥。何か用事なの?」


 私とは違い、性別に適した女子の制服を着ているのに、どこか男装しているように見えてしまう不思議な雰囲気の娘。きっとメイクしたら宝塚系の美人になるんだろうなあ。うう、一度、風音ちゃんをメイクしてみたいかも。


「おう、じつは好恵ちゃんがな、アタシが好恵ちゃんの恋人になったら男の恰好に戻ってもいいって言ってたんだよ。ま、断ったけどな。だからアタシの代わりに、風音が好恵ちゃんの恋人に立候補しないか? ボーイッシュ系女子と、ガーリッシュ系男子でお似合いな気がするからよぉ」


「うーん、もしもボクが恋人になっちゃったら好恵ちゃんは男の子の恰好に戻っちゃうんでしょ? だったら却下。ボク、かわいい女の子のほうが好きだから」


「お、じゃあ、好恵ちゃんが今と同じように女装したままなら恋人同士になってもいいってか?」


「可能性はなくはない」


 こらこら、当事者の私を無視して話を進めるんじゃない。


「もう、美鳥ちゃんも風音ちゃんも、私の意見も聞いてよぉ。私はね、もしも自分が男の子の格好に戻るなら、ほんとうに心の底から好きになれる女の子と恋人になった時じゃないのかなって思っただけなんだから」


「ほほう、するってえと男の子と恋人になれば、女の子の恰好のままでいるってことか?」


 面白そうに、にやにやしながら、美鳥ちゃんは私をからかってくる。ううう、返事に困る。仕方がないから風音ちゃんの真似をしてみるかな。


「可能性はなくはない」


 ちょっと微妙な雰囲気が流れてしまったけど、私のせい? 違うよね。


「じゃあさ、じゃあさ、好恵ちゃんが好きになるような女の子のタイプと、好きになるような男の子のタイプってどんななの?」


 愛花ちゃんが参戦してきましたよ。これまた返答に困る質問を。私は一応、対外的には性同一性障害ってことになっているから、本来は男の子が好きって言わないとまずいし、どうしよう。


「お、それはアタシも聞きたい」


「ふむ、ボクも聞きたいかな」


 愛花ちゃん、美鳥ちゃん、風音ちゃんの3人の女子に囲まれてしまったのですよ。これは何か答えないと駄目ですね。しょうがない。いつもの回答でごまかしますか。


「好きな男の子のタイプって言われても、うちの3人のお兄ちゃんたちみたいなタイプ。具体的には細マッチョなイケメンか、大柄なスポーツマンか、体格は中肉中背で普通なんだけど知識がいっぱいある理知的な人が好みかな」


「「「ブラコンかよ」」」


「で、女の子のタイプって言えば、出来たら私よりも背が低くて、か弱そうな、守ってあげたくなりそうな子かな」


「おい、その条件だったら、アタシは外れちゃうだろ。やっぱりさっきのは完全に冗談だったんだな」


「ふむ、ボクも条件外みたいだね。ボクのほうが好恵ちゃんよりもずっと背が高いし」


「じゃあさ、条件に合う子って言えば、ほら、そこに居る夜山優月(よやま ゆづき)ちゃんなんかいいんじゃない? 好恵ちゃんよりも背が低いし、か弱くて守ってあげたくなりそうだし。条件にぴったりだし」


 愛花ちゃんが指さしたのは、私の席の右斜め前に座っている女の子、優月ちゃんだ。この子も私と席が近いということで友達になった子で、愛花ちゃんとは中学が一緒でもともと友達だったみたいなのよ。


「え、なに、何の話?」


 どうやら優月ちゃん、近くに座っていたにも関わらず、私たちの話の内容を全く聞いていなかったみたいで、驚いてきょろきょろとしている。うん、確かに小動物系のかわいらしさはあるよね。愛でたくもあって、いいんだけど、あくまでも小動物を愛でるって感じで、恋人にするのはちょっと違うような。


「だからさ、もしも好恵ちゃんが女の子を恋人にするならどんなタイプ? って聞いたら、『自分よりも背が低くて、か弱そうな、守ってあげたくなりそうな子がタイプ』だって言うからさ、そしたら愛花ちゃんが、『その条件なら優月ちゃんがピッタリ』って言ったんだよ」


 美鳥ちゃん。解説ありがとうございます。手間が省けました。逆にもっと別な手間が増えたような気もしますけど。


「ええー-ッ! こ、困りますッ!! わたし、心に決めた人が居るんです」


 おおっと、告白する前に断られるっていう体験を今しちゃったかも。しかし隅に置けないね。優月ちゃん、好きな人が居るんだ。よし、話題を変えるためにもここは優月ちゃんに協力してもらおう。


「わお、優月ちゃん、好きな男の子が居るんだ。どんな人なの、ねえ、教えて♪」


 と、おねだりする私。すると他の3人も次々に口を開いて優月ちゃんに質問し始めたわけ。ふふふ、狙い通り。


「ねえ、優月、私、あなたとはずいぶん付き合い長いけど、好きな男の子が居るだなんて聞いてないわよ。いったい誰なのよ。優月の好きな人って」


「アタシも知りたいな。教えてくれたら協力してやってもいいぜ」


「ふ、かわいい女の子が幸せになれるなら、恋の手助けをするのにやぶさかではない」


 今度は私も含めて4人の女の子(うち1名は男の娘)に囲まれる優月ちゃん。


 彼女はちょっと陰がある子で、いつもひとりで本を読んでいるか、せいぜい愛花ちゃんと話をしているところしか見たことないけど、好きな男の子が居るって公言したりするところもあるなんて、意外と積極的なのかな。


「ダメ、教えない」


「ほらほら、優月が好きな男の子が居るって言うから、教室中の男子が耳をダンボにしてるわよ」


 拒否する優月ちゃんに対して、早く言いなさいと促す愛花ちゃん。


「私だって好きな男の子のタイプを言ったんだから、優月ちゃんも誰が好きなのか言っちゃおうよ」


「「「好恵ちゃんはブラコンなだけでしょッ!」」」


 うぐぐ、愛花ちゃんに美鳥ちゃんに風音ちゃんに突っ込まれてしまった。


「ま、ブラコンなのは否定しないけど、うちのお兄ちゃんたちって本当にいい男なのよ。かっこいいし優しいし」


「じゃあそんなにいい男の人なら、3人のお兄さんたちを私たちに紹介してよ。ちょうど3人ずつで人数もぴったり合うし」


「お、アタシもスポーツマンな兄貴ならちょっと興味があるぞ」


「うーん、ボクは女の子のほうが好きなんだけど、万が一もあるから会ってみるだけなら……」


 え、なんで3人とも乗り気なの?


「だ、ダメよ。お兄ちゃんたちは渡さないんだからねッ!!」


「「「やーーい、ブラコン♪」」」


 い、嫌な返しを……。


「ブラコンじゃないもん。お兄ちゃんたちが好きなだけだもん」


「いや、だからそれをブラコンって言うのよ。好恵ちゃん」


「アタシも兄貴が居るけど、そんな風に思ったことはないなあ」


「ボクは同性同士の恋愛感情には理解があるから、ブラコンも有りだと思うよ。共感はしないけど」


 なんだかめちゃくちゃ言われてますけど。私、立ち直れるかな? いや、まだ私には優月ちゃんというカードがあるッ! 話題転換しちゃうぞッ!!


「もう、今は私のことじゃなくて、優月ちゃんの好きな男の子は誰かってことでしょ? ほら、優月ちゃん、観念して誰が好きなか教えてよ。さあ、ほらッ!」


 すると愛花ちゃん、美鳥ちゃん、風音ちゃんも、『はっ、そうだった』と思い出したのか、第二次優月ちゃん包囲網が作られたのでした。まる。


「もう、わ、笑わないでよ」


 ここまで話が盛り上がったら、優月ちゃんも話さないわけにはいかないと思ったのかな。どうやら話してくれるみたい。わくわく。


「わ、わたしの好きな人はね……」


「「「「ふんふん、好きな人は?」」」」


「アニメ、ソードアートオフラインのキリヒト様。きゃっ、言っちゃった♪」


「「「「二次元かーーいッ!!」」」」


 うん、もしかして恋バナって楽しい? またひとつ女装沼にズブズブと入り込んじゃったみたい。


 私、男の子の格好に戻れるのかな?

女子4人組の名前は、花鳥風月からそれぞれ漢字を一字もらって決めましたよ。


それでは最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


感想や誤字脱字報告もありがとうございます。助かります。今後ともよろしくお願いいたします。

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[一言] 「アスナスは俺の嫁」タイプの女子でした。
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