第5話 不破先生の過去
まだ好恵ちゃんの同級生の名前は決まっていませんが、ストーリー次第では何とかなるものですね。
それにしてもこの作品、どういう層の方に需要があるのやら無いのやら。皆さんはどういう展開が好みなのか? 女装ものは初めて書くのでわからないことばかりです。
「校長先生が提案した抜き打ちの家庭訪問。校長先生は、私が自宅でも女装して服多好恵として生活しているのか、それとも学校で女装しているのはフェイクで自宅では女装せずに男として生活しているのではないか? そんな疑問を解消するべく、担任の不破衣寿々先生が私を家まで送ることになったのでした。まる」
「……好恵ちゃん。あなた誰に向かって何を言ってるの?」
私が前回のお話から続く現在の状況を気持ちよく説明していたのに、もう、空気が読めないんだから。
「いえ、ちょっとしたお約束というやつです」
これ以上の説明は不要でしょう。深く掘り下げてはダメな案件です。
「まあいいわ。今、カーナビに好恵ちゃん家の住所を目的地として登録したから、出発するわよ」
「はい。先生。それにしても先生のセンスが映えたかわいらしい車内ですね」
私はかなり婉曲的に先生が所有している軽自動車の車内の様子を表現したんですけど、もしも具体的に表現するなら次のようになりますね。
まず軽自動車の車体そのもののカラーはピンク色。まあこれはいい。若い女性が乗る車として、おかしくはない。
でも内装に問題があるような気がしてしょうがない。ダッシュボードの上にはふかふかの毛皮、というかおそらくフェイクファーだと思われるものが敷いてある。ちなみに白色。
そしてその上いっぱいに右から左まで、奥から手前まで、めいっぱいのぬいぐるみが鎮座しているという過密ぶり。しかもどう見てもご当地ゆるキャラのオンパレード。私でも知っているキャラクターも居れば、いったいどこのどういったご当地キャラなんだろうというぬいぐるみも居る。
さらに極めつけがフロントガラスの内側に吸盤でぶら下がっている交通安全のお守りが複数。というかいっぱい。
「不破先生って、色々旅行に行ったりするのが趣味なんですか?」
全国各地のご当地キャラのぬいぐるみが多数。そして複数の神社のものと思われる交通安全のお守りが多数。きっとこれはもう不破先生は旅行好きなんだろうとしか思えなかったからね。
「うーん、私の趣味というか、彼氏の趣味と言ったほうがいいかな。連休とかがあったら、彼氏に連れられて全国各地ふらふらと旅行してるのよ」
特に隠すでもなく、彼氏の存在を明かすあたり、きっと不破先生としてはこの話題を膨らませて欲しいのかな? きっと彼氏のことを自慢したいのかもね。
「へえ、そうなんですか。休みの日はいつも彼氏さんと出掛けているんですか」
「まあ、お金や日程のこともあるからいつも遠くに旅行している訳じゃないんだけど、仕事が休みの日はだいたい一緒にいるわね」
「いいですねえ。彼氏さんってどんな人なんですか?」
普通の女子なら恋バナは大好きのはずなので、私もこういった話には食いつくようにしているんだけど、正直、恋愛とかは良く分からない。やっぱりそういうところは女装している弊害なのかな。
「ふふ、それは内緒。でもこういった話に乗って来るっていうのは、やっぱり好恵ちゃんの心は女の子ってことなのかしらね」
「そうかもしれませんね。ふふふ」
と、笑ってごまかす私なのでした。しかし油断できませんね。もしもここで私が恋バナに乗っていかなければ、私の心は女性ではないと思われてしまった可能性があったということですね。これは更に気を引き締めて受け答えしなければ。
「で、好恵ちゃんはどうなの? 好きな男の子とか居たりするの? ていうかもう付き合っている子がいたりして」
車を運転しながら、によによとしか表現できない笑顔で聞いてくる不破先生。ちょっと返答に困る質問が来ちゃいましたよ。どう答えたらいいのかな。ていうかちゃんと前を見て運転してください。
「うーん、私の場合、体は男の子ですから、まずはそれでも大丈夫っていう男の人じゃないと私の恋人は務まらないと思うんですよ」
まあ、それ以前に私は言葉遣いまでも女に染まってますけど、本質は男ですからね。どうしても男を恋愛対象として見ることはちょっとできないのよねえ。仮に私に告白してくる男子がいたとしても、絶対に断ると思う。申し訳ないけど。
「あら、じゃあまだ恋愛未経験なの?」
「ええ、そうなんです。あっ、でも一度だけですけど、なぜか女の子に告白されたことはあるんですよ」
「おっと、まさかの相手は女の子。その話、もう少し詳しくお願いできるかしら」
「ほら、私って見た目はほとんど完全に女の子ですけど、本当は男の子の体してますよね。だから男の子がちょっと苦手というか、むしろ女の子のほうが好きっていう子から告白されたことがあるんですよ」
「ほほう。なるほど。それで、付き合ったの?」
「ええ、私も自分が女の子相手に恋愛できるのかどうか知りたかったので、一度だけデートしてみました」
「やるわねえ。でも一度だけってことは、その後が続かなかったのかしら」
「そうなんですよ。肉体的には普通に男子と女子なんですけど、どうしてもその娘を恋愛対象として見ることができなかったんですよね」
と、ここでため息のひとつもついて見せる私。
実はこの話にはここでは話せない事実があるわけ。告白されたのは中学2年生の時のことなんだけど、その時の私は、『中学を卒業したらそろそろ女装をやめなくちゃいけないだろうし、きっかけとして女の子を好きになって恋人同士になったから男の服装に戻りました。と、言うにはちょうどいいかも』という理由で告白を受け入れたのよね。
そして本当は一度だけじゃなくて何度かデートしてみたんだけど、ある日、遠くに住んでいるというその娘の従妹に、『見て見てすごいでしょ。女の子にしか見えないけど、実は男の子なのよ』と紹介されたり、わざわざ私のことを知らないその娘の知り合いのところまで行って、同じように紹介されたりしたの。
すると、気づいちゃったのよねえ。『あ、この娘、私のことを恋人としてではなくて、単なる生きたアクセサリーか、良くてペット感覚で見てるんじゃないの?』ってね。
それがきっかけで結局はその娘と別れることになったわけ。そしてその後はいつもその娘のことが頭にあって、もう無条件で女の子相手に恋をするなんて出来なくなっちゃった。
気を付けて観察してみると、多かれ少なかれ女の子たちって建前と本音が大きく違っていて、本当にもうドロドロしているというか、なんだかもう異性に対する幻想なんてすっかり吹き飛んだのよ。
ほんと、なんでこうなった。
「へえ、やっぱり好恵ちゃんとしては女の子よりも男の子のほうが恋愛の対象になるのかしら?」
「うーん、どうかなあ。今、知ってる男の人の中だと誰が好きって聞かれたら……」
「ふんふん、聞かれたら?」
「お兄ちゃんたちって答えちゃいそう。かな?」
だって、女装してフェイクだけど【 妹 】の立場を得た今の私に、お兄ちゃんたちは色々なものを買ってきてくれるし、優しくしてくれるし、うーん、物欲まみれかも。これじゃあピュアな心が必要な恋なんてまだまだよね。
「あはっ、好恵ちゃんはブラコンなのね。そんな素敵なお兄さんたちが居るなんてうらやましいわあ」
「不破先生には兄弟は居ないんですか?」
「お姉ちゃんがふたり居るわよ。私、歳の近い3人姉妹の末っ子なの」
「じゃあお姉さんからかわいがられたでしょうね」
「かわいがられたこともあるけれど、歳が近かったから、それよりもケンカしたり反発したほうが多かったんじゃないかな。小さいころからお姉ちゃんたちの服のおさがりばかりを着せられたりして、それが嫌でいつも反発していたものね」
「え、そうだったんですか。実は私も……、いえ、何でもないです。ええと、不破先生はお姉さんからのおさがりの衣装が嫌だったということですけど、やっぱり服が傷んでいたりとか?」
「というか趣味がねぇ~~、お姉ちゃんたちと私では服の好みが全然違うのよ。お姉ちゃんはふたりともどっちかと言えばボーイッシュな服が好みで、色も青とか緑色とか寒色系の色が好きなのよね。スカートもほとんど穿くことなくて、動きやすいズボンばっかっだったし」
「逆に不破先生は……」
「そう。私はピンクやオレンジ系統の暖色系の色が好きで、フリルとかリボンとかがいっぱいついたガーリッシュな服が着たかったのよ。おさがりのズボンよりもスカートのほうを着たかったの」
なんと、不破先生も私と同じような悩みを抱えていたとは。なんとなく親近感を感じちゃうな。
「それで、結局どうされたんですか?」
「ふふふ、私ね、小学校3年生になったばかりの頃にとうとうキレちゃってお母さんに言ってやったの。『私はもっと女の子らしいかわいい服が着たい。フリルやリボンがついたピンクの服やスカートしか着ないからッ!』って」
「そしたらお母さんが、かわいい服やスカートを買ってくれたんですね」
私は自分自身の経験を思い出してそう言った。服のおさがりが嫌な末っ子って、意外と居るのね。と、思いながら。そして不破先生も私も小学校3年生くらいの頃におさがりの服に関してキレちゃうなんて、どこかふたりは似ているのかなとも感じちゃった。
「いやいやいやいや、そうじゃないのよ。お母さんは『まだ十分に着れる服なんだから我慢しなさい』って言って、私の希望をこれっぽっちも聞いてくれなかったのよ」
笑いながら話す不破先生。だから私のほうを見ないで、よそ見しないで運転に集中してください。
「それでね。私はとうとう実力行使に出たの」
「え、実力行使? いったい何をしたんですか?」
「好恵ちゃんならこういう場合、どうしたらいいと思う?」
不破先生は私の事情を知らないから、何の気なしに聞いてくるんだけど、いったいどう答えたらいいのかしら?
「ええと、例えばハンガーストライキとか、家出とかですか?」
「ブブーーッ はずれ。今から考えたらバカなことをしたものなんだけど、私ね、下着以外のおさがりの服を全く着ないで学校に行ったのよ」
「えっ!?」
わけがわからない。ええと、情報を整理しよう。不破先生が子供の頃の話だから、ふたりのお姉さんからのおさがりの服しか持っていないわけだから……。
「うそ!? もしかして下着姿のままで学校に行っちゃったんですかっ!!」
私は思わず大きな声を上げてしまった。もう少し驚いていたら男の声が出ていたかもしれない。ああ、危ない危ない。あれ? っていうか、私が男の子だってことは秘密にしてないんだから男の声を出しても大丈夫だった。うーん、なんだか思考が混乱してしまう。
「ピンポン、ピンポン、ピンポーーン♪ 大正解」
「うわあ、不破先生って、かわいい系の美人さんなのに意外と武闘派だったんですね」
「ま、あの時の私は完全にキレていたからね。今だったら絶対にしないわよ」
「今、やったら犯罪ですよ。通報されちゃいます」
なんだか、話を聞いているだけで恥ずかしくなってくる。
「いや、通報されましたけど」
あっけらかんと言う不破先生の顔は、なんだか不敵だった。たぶん当時のことを思い出しているのかな。
「うぇ? 通報されたって、やっぱりわいせつ物陳列罪ってやつですか?」
「やーねー、好恵ちゃんったら。小学3年生の女児の、どこがわいせつ物なのよ」
「うーん、そう言われると、そうなのかもしれないけど。じゃあどういう理由で通報されたんですか?」
「それはね。うちの親が児童虐待の疑いで通報されたのよ」
「うわぁ~~。児童虐待の疑いですか。まだしも、わいせつ物陳列罪のほうがマシかもしれませんね」
「ほんと、通報を受けて駆けつけてきた警察官にこってり絞られたお母さんと、話を聞いたお父さんが相談して、ようやく私にかわいらしい服とかスカートとかを買ってくれるようになったのよ」
そしてクスッと笑う不破先生。うー、見た目だけなら、かわいらしくて、とても今の話にあったようなことをするようには思えないんだけど、人は見た目によらないなあ。
「よかったですね。実は私も……」
「あら、そういえばさっき何か言いかけていたわね」
「ええ、実は私も小学校3年生に上がる直前に、かわいらしい女の子の服が着たい。ズボンじゃなくてスカートが穿きたいって両親に告白して、そして今の私があるんですよ」
「そうだったの。なんだ私たちって似たもの同士じゃないの。先生と生徒の間を超えて仲良くしたいわね」
「そうですね。よろしくお願いします」
そして私の家に着くまでの間、お互いに普段はどんな服を着ているのかという話で盛り上がったのでした。
今回でサクッと家庭訪問に行って終わらせるつもりだったのに、始まりもしませんでした。
とにかく最後まで読んで頂いてありがとうございました。また次回もよろしくお願いいたします。しかしちょっと疲れてきました。間が空くかも。