第4話 自己紹介と校長先生からの呼び出し
とりあえず担任の女の先生の名前と、校長先生の名前だけ決めました。
さて、入学式の翌日は始業式でしたけど、それはもう完璧な女装をしている私は、始業式でも目立ちまくり注目を浴びまくりだったです。
同学年の生徒たちは昨日の始業式で私のことを知っていたからまだ反応はおとなしかったけど、私のことを知らなかった2年生、3年生の先輩たちの当惑と驚き、所々リアル男の娘に会えた感激? の嵐は、なかなかに背筋にゾクゾクするものがあり、快感でした。ああ、いつかは戻らないといけないのに、もう戻れないかもしれない。
そして始業式が終わったあと、一組の教室では出席番号順に自己紹介の時間が設けられていたわけ。私の苗字は「服多」だから、だいたい真ん中よりも少し後の順番で自己紹介をすることになるんじゃないかな。
でも、私の事情をどこまでどうやって話せばいいんだろうって思っちゃう。服のおさがりが嫌で女の子の服を着たいと言い始めて、それが似合い過ぎているから今も女装続けていて、言葉遣いから何から何まで女の子のようにして過ごしていますっていう本当のことは言えないし、かといって実は私の性自任は女なんですっていう嘘も言いたくはない。
まあ、小学校の時と中学校の時は、『なんだか男の子の恰好をするのに違和感があって、本来の自分は女の子の恰好をしなくちゃいけないんだって思ったから』というように言ってたんだけど、現実的な話、そろそろ女装をやめなくちゃいけないタイムリミットを考えるとねえ。ちょっとばかり設定の変更が必要なのかもと思えてくるし。まあ、まだまだ似合ううちは女装をやめるのは先送りするんだけど。
なんてことをつらつら考えていたら、いよいよ私の番がやってきた。
「それでは次は服多好雄くん、いや、あの、服多好恵さん。前に出て自己紹介をしてください」
担任の女の先生、名前を不破衣寿々というんだけど、結構若くて怒ってもかわいい感じの美人さんだ。……気合を入れてメイクした私にはかなわないけど。なんちゃって。
「はい」
私は、よく通る声で返事をした。女の声を出す為の発声練習も欠かさず行っている私の声は本当によく通ると評判なんだよ。なんだか努力の方向性が大きく間違っているような気がするときもあるけど、そんなことはなるべく考えないようにしているわけ。とにかく今を楽しむ。それがポリシー。
……とでも思わなきゃやってらんない。女装生活8年目の始まりなのでした。
私はいつものように背筋を伸ばし、すました顔をして腰で歩くようにして教室の前へと歩いていく。周りを見渡すまでもなく、教室中の同級生の視線が私に集中するのを感じる。このぞくぞく感ッ!
「服部好恵です。こういう恰好をしていますが、本名は服部好雄という男の子です。出来たら皆さんには好恵と呼んでもらいたいと思いますので、よろしくお願いいたします」
ここで私は一礼をする。すると男女を問わず、『ほうっ』というようなため息があちこちから聞こえてきた。男なのにこの美しさは何なの? っていうところかな。
「趣味というか大好きなことは料理です。家でもお母さんと一緒に毎日家族の食事を作ったりしています。それからかわいい服をあれこれ選んで着るのも好きですね。でも、体のほうは男の子ですから、トイレとか着替えは男子と一緒でかまわないと思っています。やっぱり体もですが戸籍上は男性ですから、こんな私が女子トイレに入ったり、女子と一緒に着替えたりするのはいけないと思いますから。それではあらためてこれからの一年間、よろしくお願いいたします」
そこで再度一礼をして自分の席に戻ろうとしたのですが、先生に呼び止められてしまいました。
「あの、好恵さん。あなた、本当に男子トイレに入ったり、着替えを男子と一緒にしたりということで良いの? なんだったら職員用のトイレを使ってもいいし、着替えは保健室とかでしてもいいのよ」
「あ、大丈夫です。ええと、もちろん他の男子たちが私が男子トイレに入るのを嫌がったり、一緒に着替えしたくないというなら別ですけど」
すると男子たちの間から、『俺なら大丈夫です』、『好恵くんと一緒にお着換えしたい』、『うむ、男が男子トイレに入るのはあたりまえだな』、『おう、それがたとえ男の娘でもな』等といった声がいくつも聞こえてきた。ええい、この変態どもめ。あとでしっかりともてあそんであげるからね。
逆に女子たちの間からは、『えーっ、好恵ちゃんくらいかわいくて美人だったら、私たちと一緒でも全然かまわないのに』、『いや、むしろ男の子の間に放り込むなんて危険でしょ』、『うーん、私はちょっと嫌かな。いくら女の子にしか見えなくても本当は男の子なんでしょ』、『でも恥ずかしがる好恵ちゃんも見てみたいし、ああ、どうしたらいいの』といった賛否両論の意見が聞こえてきた。
まあ、男女の反応を見るに、まだ女子のほうがまともかな。
でも私が男子トイレに入ったり男子と一緒に着替えたりするなら、私が男子たちをからかう主導権を得られるのに対して、女子たちを相手にするとそうはいかない。
女子トイレや女子更衣室でからかわれておもちゃにされるのは私ということになってしまうし、そもそもそれ以前に犯罪だ。
かといって用をたすのにいちいち職員トイレに行ったり、着替えのために毎回保健室に行くのもなんだか面倒くさい。
「どうやら男子たちからは反対意見も無いようですから、私は男子トイレを使います。着替えも男子と一緒で大丈夫ですから」
そう答えても先生の不安は消えなかったようだ。
「ほんとに、ほんとにほんとに大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫です。それに小学校でも中学校でもそうしてきましたから」
「そうなの。でも対応を変えて欲しかったらいつでも言ってよね」
完全には納得したようには見えなかったけど、先生も一応は納得したのかな。
すると今度は女子たちのほうからまた声が聞こえてきた。『じゃあ、もしかしたらこれで、男同士の禁断の愛が見られたりするのかしら』、『それはそれで見てみたいわね』、『見たいと言えば私は好恵ちゃんの裸を見たかったなあ』等々。
駄目だ。前言撤回。女子たちもまともじゃなかった。
というわけで私は女子たちのまともじゃない意見はすっぱりと無視してにこやかな笑顔のまま席へと戻ったのでした。
さて、それはそれとして、全員の自己紹介が終わり、席決め等の行事も終わったので、今日の学校は午前中で終了。さて帰りましょうかと思っていたら、なんと私は校長室へと呼び出されてしまったのでした。
まあ、何で呼び出されたのかは考えなくても私の女装の件だと思いますけど、いったいどういう対応をされるのかな。ちょっとした不安もあるけど、面白がっている私もいて、何となく楽しい?
というわけで担任の不破衣寿々先生に連れられて、私は校長室へと入っていった。勧められるままに私と不破先生が応接用のソファに座ると、校長先生が話しかけてきた。
「服多さん、君の事情をちょっと詳しく聞いてみたいと思ってるんだが、かまわないかね?」
と、一見おだやかそうに私に話かけてきているの年配の男性が、八池山高校の校長先生だ。
名前を本藤正雄と言うらしい。まあ名刺にそう書いてあるから確実なんだけど。
でも、本藤正雄って、【ほんとうにまさにおとこ】っていうふうにも読めるけど、私に対してピンポイントで当て付けてるような名前なんだもん。何となく笑えてしまうよね。
そんなわけで私は自然な笑顔で答えることができた。
「はい。校長先生。どんなことをお聞きになりたいのでしょうか?」
小学校3年生から女装している私は、そのしゃべり方も女性らしく柔らかな口調でごく普通にしゃべることができる。しかも訓練して女の声も自然に出せる。むしろ本物の女性よりも女らしいかもしれないと思ってたりするんだけど、どうかな?
「いや、服多さん、こうして話しているだけだと姿も声も女の子にしか思えないんだが、君は本当に、その、肉体上は男性ということで良いのかね?」
ふふふ、肉体上はと聞いてきましたか。なるほど。つまり校長先生は私のことを肉体上は男性、でも精神的には女性という性同一性障害者であると思ってるわけよね。
これは好都合かも。
「はい、確かに私は、肉体上は男の子です」
私はわざとらしく、【肉体上は】という部分だけ強調して声を大きくしつつそう答えた。これで校長先生は私のことを、『ああ、やっぱりこの生徒は性同一性障害なんだな』って思うはず。
本当は単に女装をしているだけなんだけど、まあ何も嘘は言ってない。だって私の肉体は確かに男性なんだもん。
「なるほど。まあ書類にも男性と記載されているからそうだとは思っていたんだが、何と言うか、その君の姿を見たり声を聞いたりしていると、どうしても男性には思えなくてね。まるで本物の女の子を相手に会話している気分になるんだよ」
「あら、それはまあ、ありがとうございます。本物の女の子として見てくださるなんて、私にとっては最高の誉め言葉です」
過剰に反応してみせる私。これでもう校長先生の中では、私は性同一性障害で確定ということになるんでしょうね。
「それで、ひとつ質問なんだが、肉体は男性であるとしても、心が女性であるという人は世の中にはたくさんいるという話なんだが、服多さん、君もまたそうなのかね」
さて、ここからが大事なところかな。本当のことを言えば私は単に女装して女の子として暮らしているだけで、本当は身も心も男の子ということで間違いない。
男ばかりの四人兄弟の末っ子としては、女の子として、妹として生活していたほうが色々と得が多いということで女装しているだけなわけだし。
それに今の私には男の子の服装というか格好は似合わないような気がして着たくない。というかなんだか男の服を着るほうが恥ずかしく感じる。
なんでこうなっちゃったんだろうっていつも思うけど、なっちゃったものは仕方がない。
「肉体は男性だけど心は女性。つまり校長先生は、私は性同一性障害ではないのかとお聞きになりたいのですね」
「ああ、まあストレートに言うならその通りだ。で、君の性自認はやはり女性なのかな」
「どうでしょうね。医学的な意味での性同一性障害というものの定義を私が完全に理解しているかどうかは分かりません。ですが私が一番私らしくあって、一番似合った格好は何かと言われたら、今のように女の子の衣装に身を包んだ姿だと断言できます」
まあ、嘘を言わずに答えると、今のような言い方になるかな。少なくとも今の私に一番似合うのは女の子の衣装であることは間違いないのは確かだし。
「なるほど。確かに君は性同一性障害なのかもしれないな。しかしその件で医者の診断は受けていないのかな。私も詳しくはないんだが、ホルモン療法とかをするにはそういった手順が必要だと思うんだが」
どうやら校長先生は、私が性転換手術まで望んでいるのだろうというところまで誤解してしまったらしい。
「ああ、そういうのは家族とも話し合っていて、私が成人したときに私がそれを望んだら。ということになっていますから」
「なるほど、よく分かった。まあ、私としては服多好雄くん、君が服多好恵さんとして女子の制服を着ることに異存は無いんだが、上に報告するにはもう少し確証というか判断材料が必要なんだよ。分かるよね」
「つまりどういうことでしょうか?」
私には校長先生が話す内容が理解できなかったんだけど、いったい何が必要なんだろう?
「つまりだね。服多好雄くんが自宅でも服多好恵さんとして生活しているのかどうかということを確認させて欲しい。具体的には今日これから抜き打ちの家庭訪問をさせてほしいんだが、どうかね?」
ほほう、つまり私の女装が学校だけのポーズなのか、それとも自宅でも女装しているガチなものなのかを知りたいというわけか。まあ、それぐらい慎重に判断してくれたほうが後々いいんじゃないかな。
「ええ、いいですよ。お母さんならいつも家にいますし、三人いる兄たちも今日なら居るはずです。お父さんは仕事でいませんけど、それでよければ」
「そうか。ありがとう。じゃあ不破先生、服多好恵さんを家まで送って、そのまま家庭訪問をして普段の様子を見てきてくれるかな?」
するとそれまで何もしゃべっていなかった不破先生も、抜き打ちの家庭訪問の件は何も聞いていなかったのか、ちょっと驚いた顔をしながら返事をしたんだけど、まあ、なんですか。私が女装しているせいでお仕事を増やしてしまって申し訳ありません。
「あ、はい。分かりました。それではこれからすぐに服多好恵さんの家に家庭訪問をしてきます」
というわけで高校生にもなって家庭訪問をされる私が居たのでした。
タイトルの『服のおさがりを拒否した結果、性癖がゆがんだ件』ですけど、書き始めた当初は、性癖がゆがむのは主人公の服多好恵(好雄)ちゃんだけだったはずなのに、なんだか周りの人たちの性癖のほうがゆがみそう。
ま、タイトル詐欺じゃないからいいか。
今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。また次話もよろしくお願いします。