第21話 女の声を出されて脳がバグるんですけど
ちょっと忙しくて投稿間隔があいてしまいました。申し訳ありません。
さて、今回は、教室の中で大勢のキャラクターがたわいもない話をしてるというコンセプトで書いてみましたけど、なかなかに難しいものですね。
「じゃあ、不破先生。今日のお弁当と、評価ノートです」
「ありがとう。好恵ちゃん。それじゃあまた、空のお弁当箱と評価ノートは後で返すから」
朝のホームルームが終わって、私はお弁当と評価ノートを不破先生に渡したのよ。最近では茶化す人もいなくなったわ。まあ最初のうちは『どっちが奥さんでどっちが旦那さんですか』とか言う人もけっこういたんだけどね。
でも、これは家庭科部の活動の一環で、ちゃんとお弁当に対する評価ももらっているという事実で、変な噂を黙らせたのよ。力業よね
さて、私が不破先生の家を訪問してその腐海ぶりに驚いた日から既に数週間。合い鍵を預かった私は毎日のように不破先生の家に通ってなんとかあの状態の部屋を人が普通に住めるように片づけたの。まったく骨がおれたけど、乗りかかった船。ここでやらなきゃ女装男子が廃るという気持ちでがんばったわ。
でも、もうあんな思いはしたくないわね。ゴミの山や何かわからないおみやげ物の山や衣類だとか、なんやかやを片づける日々は、ほんとうにつらかったわ。土日なんかその場に不破先生もいないからひとりで片づけてたのよ。ふと我に返って、『私、なにやってんだろう』って思ったことも一度や二度じゃなかったわよ。
というわけで今でも定期的に不破先生のマンションに通って、掃除や片付け、そして食事の用意とかしてるんだけど、今さらながらに私が女装していて良かったって思ったわね。だって、同じマンションの人に見られても、見た目は完全な女子生徒が訪ねてきた場合ならまだ大丈夫だけど、女性教師のところに男子生徒が訪ねてきたらちょっとヤバイわよね? いわゆるひとつの事案というわけ。
まあ、私が先生の私生活の面倒を見るようになってから、先生の肌つやだとか髪の毛だとかがきれいになってきたという評判になってきたみたいだけど、当然よね。三食ちゃんとまともなものを食べて、毎日ちゃんとお風呂にも入るようになったんだから。
うーん、しかし客観的に見て、私の今の立場って、通い妻? なんだかますますまともな恋愛から遠ざかっているような気がしなくもない今日この頃……。
だって、私がいないと不破先生がまた汚部屋の住人になってしまいそうなんだもん。『私がなんとかしてあげないと』って思っちゃんだからしょうがないでしょ。
「ねえ、今日からプールの授業があるけど、やっぱり好恵ちゃんは女子用の水着を着るの?」
まるで女の子が話しているような声とセリフなんだけど、しゃべっているのはれっきとした男子の姿見鏡平くんなのよ。男子の夏の制服を着ているのに女の子の声を出して口調も女の子に似せているから、違和感が半端じゃないわ。
鏡平くんが、アニメの声優になりたいっていうことで、少しでもその可能性を上げるために男の声だけではなくて女の声も出せるように特訓した成果よね。あ、もちろん女の子の声を出すメラニー法の指導は私がしたのよ。
普通は年単位の訓練期間が必要とも言われるメラニー法なんだけど、すぐそばに既にマスターした私という指導者が居たということで、ほんの数か月でメラニー法をマスターしたのはすごいわよね。まあ鏡平くん自身のがんばりもすごかったけどね。
「ぼくが思うに、好恵ちゃんなら、やっぱり女子用の水着だよね。水着での女装方法。参考にさせてもらいます」
これは湧谷拓水くん。拓水くんは女の子になりたいというわけじゃないけど、かわいい女の子の服を着たいという異性装者なの。今は普通に男子の制服を着てるけど、髪の毛にはリボンのアクセサリーを着けてるわ。こだわりよね。
そしてその声は、まだメラニー法を始めたばかりだから、まだちょっと不自然なところは有るけど、十分に女の子の声に聞こえるかな。何でも最初はかわいい服を着られたらそれで良いと思ってたけど、服に合わせていきたいということで、女の子の声の出し方も頑張ってるらしいのよ。
「俺の見間違いじゃなければ、お前ら好恵ちゃんも含めて男だよな。なんで男三人の会話が女の子の声でされてるんだよ。なんだか混乱してきたじゃないか」
女の子が好きだけど、恥ずかしくて声をかけられないという難儀な性格してる天光明生くんが声をかけてきたわ。まあ私は女装してるけど、ほんとうは男の子だから普通に声をかけてもらえるわよ。
あ、そうそう、最近では本物の女子だけど、同じクラスの野山愛花ちゃんとも普通にしゃべれるようになったみたいよ。ちなみに愛花ちゃんも普通に男の子が好きだけど、男子の前では緊張してうまくしゃべれなくなっちゃう子なのよ。
まあ愛花ちゃんもいつの間にか明生くんとは普通にしゃべれるようになってるんだけどね。
「ふふ、すみませんね。混乱させて。でも私の場合は見た目もちゃんと女装してるから大丈夫よね?」
「そう、好恵ちゃんの場合はいいんだよ。でもそっちの姿見と湧谷の場合は違和感が半端ない。正直なかなか慣れないんだよなあ」
明生くんは右手で眉間を揉みながら、小さくため息をついてるの。
「まあまあ、違和感半端なくても、アニメの声優になるという僕の努力は認めてよ」
「すごいよね。姿見くんのしゃべり方は本物の女子みたい。ぼくも早くそのレベルになりたいなあ」
「拓水くんの声も、もうほとんど女子みたいよ。今は男子の制服だから違和感のほうが先にくるけど、女の子の服を着てたら、たぶん『ちょっとハスキーな声の女の子だな』って思われるだけかもよ」
そんな会話をしてると、少し離れた席から岩縄結止くんが私たちのほうに歩いてきたの。
「そういえば前に好恵さんが言ってたけど、男が女の声を出すには筋トレが必要なんだって話だったよな。どういう筋トレをするんだ?」
「あら、結止くんも女の子の声を出すことに興味があるの?」
「いや、オレが興味があるのは、声の出し方よりも筋トレの内容なんだけど」
右手を顔の前で左右に振って、『違う違う』と強調してる結止君。
「単純に腹筋と発声練習、具体的に言うと複式呼吸に必要な横隔膜を鍛えることね。あ、知ってると思うけど横隔膜って筋肉で出来てるからね」
なぜ腹筋と横隔膜を鍛えないといけないかと言うと、女に比べて大きくて太い声帯を持っている男が女の声を出すには、単純に言って声帯の上半分だけを使って声を出すというのがコツなのよ。
弦楽器の細い弦をはじくと高い音が出るけど、太い弦を指で押さえて短くした状態ではじいても高い音が出るわよね? それと同じ。
でも短く使った弦では当然小さな音しか出ないわけ。声の場合でも同じよ。男が声帯の上半分だけを使って声を出せば、女のような高い声を出すことができるけど、声帯全体を使った声と比べるとどうしても小さな声になっちゃうの。
だから腹筋と横隔膜を鍛えて、より大きなパワーで声を出せば、声帯を絞って声を出しても普通の大きさの声が出せるというわけ。ま、詳しくは自分で調べてみてね♪
「僕は中学の頃から演劇部に入っていて発声練習と腹筋を鍛えるのは昔からしてきたからね」
「ああ、だから岩縄くんは短期間で女の子の声が出せるようになったんだね。ぼくもがんばらなくっちゃ」
と、結止くんと拓水くん。声だけ聴いてたらふたりの女子がキャッキャしながら会話してるみたい。
「なるほどなあ。オレは腹筋は鍛えてきたけど、横隔膜までは鍛えてなかったなあ。具体的にはどうするんだ?」
あらあら、最近の結止くんは空木美鳥ちゃんと筋トレデートしてるくらいだから、いわゆるひとつの筋トレマニアと化してるのかしら?
「仰向けに横になった状態でお腹の上に何か重いものを置いて、複式呼吸の要領でお腹をふくらませたりへこませたりしてその重いものを上下させるといいわよ」
「そうか、サンキュー。今日からやってみる」
「どういたしまして。でも腹筋だけじゃなくて横隔膜まで鍛えるんだったら、結止くんも女の子の声を出す訓練をしちゃえばいいのに。あ、そうそう明生くんも一緒にどう? 女の子の声が出せるようになったらカラオケで歌える曲も一気に増えるわよ」
「そうそう天光も岩縄も、僕みたいに女の子の声を出してみたいでしょ」
と、鏡平くん。ほんと、声だけ聴いてると女の子がしゃべってるようにしか聞こえないわね。
「みんなで一緒に練習しようよ。ぼく程度の完成度で良ければけっこうすぐに女の子の声を出せるようになるし、色々と楽しいよ」
拓水くんも明生くんや鏡平くんを女声沼に引き入れようとしてる。それに抵抗するふたりだけど、一度、私も含めた男子5人(?)でカラオケにでも行こうかしら。男が女声で女性ボーカルの曲を歌うのを見たり聞いたりしたら、きっと自分でもやってみたいと思えてくるんじゃないかな?
なんてことを話したり思ったりしていたら、女子たちの声が聞こえてきたのよ。
「なんだかお前たちを見てたら、アタシの脳がバグって来たんだけど、どうしてくれるんだ? 姿見のそれなりに筋肉が付いた男らしい体と女の子の声という組み合わせの破壊力が半端ねえぞ」
怒ってるというより呆れた感じの空木美鳥ちゃん。まあ確かに脳もバグるわよね。
「ふふ、姿見くんはともかく、かわいらしい湧谷くんが女の子の声を出すのは、全然かまわないよ。脳がバグったとしても湧谷くんがよりかわいらしく見えるだけだからボクとしてはOKさ♪」
そして家鳴風音ちゃん。ちょっと前までは私と拓水くんのことを尊い、尊いと崇めてたけど、ようやく正気(?)に戻って拓水くんとの仲も進展しだしたみたい。
「姿見くんはすごいわよ。声優になるためにそれだけの努力をしてるんだもん。わたしは応援してるわ」
アニメオタク繋がりで鏡平くんと仲が良くなっている夜山優月ちゃんは、安定の鏡平くん推しなのね。そして……。
「もしも天光くんが女の子の声を出してしゃべってくれるなら、私、もっと天光くんと普通にというか親密に話すことができるかも。きゃ♪」
最後に、のろけ交じりで発言したのは野山愛花ちゃん。ああそうか最近は明生くんとは普通に会話してるからあんまり気にならなかったけど、愛花ちゃんは男の子が苦手だったっけ。
「……野山さん、俺、がんばってみるよ」
あ、明生くんが女声沼に落ちちゃった。これで残ってるのは結止くんだけね。さすがに結止くんは女の子の声を出すことに興味は示さないでしょ。なんて思ってた時もありました。
「ふむ、腹筋と横隔膜の筋トレの成果を見るために、女の子の声を出すというのもいいかもしれないな」
え、そんな理由? もしかして結止くんも落ちちゃった? 女声沼に。
「おい、岩縄、お前の体格のいい体で女の子の声を出すのは本当に脳がバグるからやめてくれよな。アタシの脳みそが壊れてNOみそになったらどうしてくれるんだ」
「空木さん。筋肉も脳みそも、しばらくトレーニングすればだいたい慣れる。大丈夫だ」
謎理論(?)言い返す結止くん。さて、そろそろ介入しようかしら?
「ああ、ええと、美鳥ちゃん。一回落ち着こうよ。まあ、悪いと言えば私がメラニー法なんて女の子の声を出す方法を教えたのが原因なんだから、あやまるから仲良くしようよ。ね?」
私は結止くんと美鳥ちゃんを手招きして呼ぶと、ふたりの手を取りくっつけたのよ。『はい、握手♪ 仲良くしてね』っていう意味を込めてね。
ところが美鳥ちゃんも結止くんも、お互いの手を握ったきり握力勝負なんてし始めてるじゃないッ!
「ふ、男らしい握力してるじゃないの。アタシだって負けないからな」
「いやいや、オレは実力の半分も出してないから。男の筋力を舐めないで欲しいな。それはそうと空木さんの手はいつも小っちゃくてかわいいなあ」
なにこれ、握力勝負でイチャつかないでもらえますか?
しかし、ふと気づけば、空木美鳥ちゃんと岩縄結止くんだけではなくて、野山愛花ちゃんと天光明生くん、そして家鳴風音ちゃんと湧谷拓水くん、夜山観月ちゃんに姿見鏡平くんたちまでそれぞれペアになってイチャつきだしてるじゃ、あ~~りませんか。
ふんだ。寂しくなんか、ないやいッ! 私だって、私だって、高校生活の間に恋人を見つけてやるんだからねッ!
ところでキミたち、私の水着の話題はどこ行ったの? 私、何にも答えないうちにこんな状況になっちゃったんですけど。
まあいいか、次の時間は体育でプールだから、言葉じゃなくて実物でお見せしちゃうわよ。私の悩殺水着姿をっ! ……ああ、そうですか。ほんとうは男の子の私じゃ悩殺じゃなくて、NO殺ですか。
ほっといてちょうだい。
次回はプール回ですけど、また難しいなあ。どう書けばいいのかな。




