第19話 あの日の約束忘れないで
そういえば言ってなかったですけど、家庭科部の部員たちの名前って、『大安吉日』から一文字ずつ漢字をもらってつけてるって気づいてましたか? ああそうですか。気づいてましたか。
海野大愛、肥高安芸、渋木吉美、浪江朝日 ほら、大安吉日でしょ?
「ありがとう。今日はなかなか有意義な部活動だったわ」
不破先生は笑顔で私たちにそう言ったの。
まあ、そうよねえ。結局ホットケーキをおかわりして3人前も食べちゃうし、紅茶も何杯も飲んじゃうし、不破先生ってタダ飯が大好きなんじゃないかしら?
「いえ、こちらこそ家庭科部の顧問を引き受けてくださってありがとうございました。わたくしも不破先生と良い関係が築けそうで嬉しく思います」
「ふふ、家庭科部の活動、色々と期待しているわよ」
「それはもちろんです。ご期待ください」
「ふっ、ふっ、ふっ、安芸部長、あなたも悪い女の子ね」
「いえいえ、不破先生ほどじゃありませんわ」
うわぁ~~。翻訳すると今の会話って、『顧問を引き受けてあげる代わりに、タダで飲み食いさせろ』、『わかってますから、家庭科部の顧問の件、よろしくお願いしますよ』っていう意味よね。
「こらこら不破先生も安芸部長も、なに時代劇ごっこしとんねん。吉美ちゃんはともかく、好恵ちゃんに朝日ちゃんが退いとるやないかい」
「あたし、こういう会話がリアルでされてるっていうの、初めて見ました」
「朝日ちゃん、それは私も同じだから。ていうか、大愛先輩。もしかして安芸部長っていつもこんなことしているんですか?」
今まで安芸部長は真面目なお嬢様タイプと思っていたんだけどなあ。けっこうお茶目さんかも。
「うちもあんまり詳しくは知らんけど、安芸部長の趣味は時代劇鑑賞やで。部屋には某暴れ者な将軍とか、某桜吹雪の遊び人なお奉行さんとか、某諸国漫遊してる隠居爺さんな副将軍とかのポスターが貼ってあるっちゅう話を聞いたことがあるで」
いや、それ、ガチなやつでしょう。
「人は見かけによらないですね」
ため息をつきつつ、私がチラリと安芸部長と不破先生を見て見たら、今度は『山吹色の菓子』だとか『出会え出会え』とか、『この紋所が目に入らぬか』なんて言ってたりする。安芸部長もだけど、それに付き合える不破先生もそれなりなのかしら? いや、年齢が上だから、普通なのかな?
そんなことを考えていたら、急に不破先生が私のほうを見てこう言ったの。
「ちょっと、好恵ちゃん。今、何か不埒なことを考えていなかった?」
「いえ、何も。不破先生の年齢って私たちよりもちょっと上だよね。って思っただけですよ」
不破先生の年齢が私たちよりも上なのは事実だから、これは不埒な考えじゃないよね。ね?
「誰が年増ですって? ああ、先生、傷ついちゃったなあ。この傷をいやす為には、毎日のお弁当にデザートもつけてくれなきゃねえ」
といいつつ、笑顔で圧力をかけてくる不破先生。そしてうんうんと全力でうなずいている私以外の家庭科部の面々。しまった。事実だからこそこの手の話題は禁句だったのねッ!
「……わ、わかりました。デザートのご希望はありますか?」
不破先生の、そして家庭科部面々の圧に負けた。そうよ。こういうところが本物の女の子と、偽物の女の子である私との差なのよね。
「私、果物系のデザートがいいな♪」
「わかりましたけど、……吉美副部長、予算がまた増えそうですけど、大丈夫ですか?」
不破先生にダメと言えるはずがなく、OKを出しつつ吉美副部長に予算の確認をしてみたのよ。
「ああ、ええと、自分が思うに、果物と言っても丸ごとデザートにするわけじゃないでしょ? 量としては添え物くらいあればいいんだから、まずは冷凍しておいて日数をかけて少しずつ消費していくなら何とかなるんじゃないかな?」
ああ、なるほど。確かにデザートでお腹をふくらませるわけじゃないし、その方法なら何とかなるかな? ただ、うちの冷蔵庫の冷凍室が圧迫されるというのが問題と言えば問題よね。
「了解です。じゃあ、そういう方向で行きますね」
「好恵ちゃん、がんばってね。あたしは応援しかできないかもだけど、何か手伝えることがあったら言ってよね」
おお、朝日ちゃん。その気持ちだけでもうれしいよ。そのうち料理の腕を上げて交代で作ろうね♪
「じゃあ、話がまとまったところで私はもう帰るけど、ていうか、まだ職員室でしなきゃいけない仕事が残ってるのよね。ほんと教師ってブラック職業だわ」
しなくちゃいけない仕事を思い出したのか不破先生の顔がくもってしまったんだけど、そういえば私も不破先生にしなくちゃいけないことというか、したいことがあったんだっけ。
「不破先生、そういえばいつになったら先生の家に私を招待してくれるんですか? 一学期も始まったばかりだから、お互いに学校が落ち着いてからって話でしたけど、もうすぐ5月も終わる頃ですよ。いったいいつまで待てばいいんですか?」
私は不破先生が私の家に家庭訪問してきたときにした約束を持ち出したわけ。そうしたら朝日ちゃんが喰いついてきたのよ。
「え、なになに? 好恵ちゃん、なんで不破先生の家に行くの? もしかして先生と生徒の、なおかつ性別を超えたいけない関係?」
いや、朝日ちゃん、性別は超えてないんですけど。
「ちがうわよ。前に不破先生が私の家に家庭訪問に来たのよ。私が学校だけではなくて家でも女装しているのかどうか知りたいっていう本堂校長先生の指示でね。それでまあ家の中でも女装して過ごしているってことを理解してもらって、それほど本気で女装してるなら学校での女装もOKということになったの」
まずは家庭訪問に至る過程と結果を解説。うん、理解してもらえたみたいね。
「で、その家庭訪問で私の部屋の中のものや、そのほかにもいろいろ見られちゃって恥ずかしかったから、逆に今度は先生の家を見せてって話をしたわけよ」
すると今度は不破先生が話しだしたんだけど……。
「ああ、ちなみに私が見た好恵ちゃんの恥ずかしいものは、女物の下着を穿いてそれをもっこりさせていたというやつよ。さすがにそこは完全に男の子だったわね」
ちょ、先生ッ! そこまで言う?
「……不破先生、うち、思うんやけど、それっていわゆるひとつの事案ってやつちゃうか?」
「ええ、わたくしもそう思いますわね。いくら女装している好恵さんが相手でも、ほんとうは男の子なんですよ」
「もっこりした男のパンツを見る女教師。自分もそれは事案で間違いないと思います」
「不破先生、不潔ーーッ! あたし軽蔑しちゃうかも」
それぞれ大愛先輩、安芸部長、吉美副部長、そして朝日ちゃんが次々と不破先生を非難する言葉を発しちゃったわけ。うーん、どうしよう。確かにその認識で間違いはないんだけど、最初に見せたのは私のほうからだったしなあ。
「ち、ちがうわよッ! そもそも『はみだしてないですよ』とか言って、好恵ちゃんが自分から見せてきたのよ。そうよね、好恵ちゃんッ!!」
必死の形相の不破先生。そりゃそうよねえ。実際はどうだとしても私のもっこりした股間を下着越しに見たことは事実だもん。ショーツとその上のガールズオーバーパンツ越しにね。
「確かに、私のほうから見せたのは確かでしたね。それをチラ見じゃなくて近づいてガン見したのは不破先生でしたけど」
いけないとは思いつつ、ちょっとからかってやりたくなってしまった私。だってそれって事実だもん。嘘は言ってないもーーん。
「不破先生、もしかして欲求不満ちゃうか?」
「わたくし、不破先生と今までと同じように接しられるかしら? 不安……」
「不破先生、もしかして男子の着替えとか覗いたりしてませんよね?」
「好恵ちゃんッ! えとえと、好恵ちゃんから見せたってことは、好恵ちゃんは不破先生が好きなの?」
おおっと、なぜか不破先生への集中砲火かと思っていたら、朝日ちゃんから私への流れ弾がッ!?
「私は欲求不満でも、男子の着替えを覗いたりもしていませんッ! そもそも私、彼氏いるし……」
「ああ、そういえば不破先生には休みのたびに旅行に出かけるっていう彼氏さんがいるという話でしたよね」
私は以前の話を思い出して、ポンと手を打つと、不破先生に彼氏がいるという話を皆に話し出したのよ。
「不破先生が乗ってる車には、全国各地のゆるキャラのぬいぐるみがダッシュボードの上とかに所せましと並んでるし、フロントガラスの内側には全国各地の神社の交通安全のお守りがぶら下がってるし、休みの日には彼氏さんと旅行に行ってるってのは本当みたいよ」
「「「「ほーーッ!!」」」」
と、四人そろって感嘆の声を上げてるけど、表情で分かっちゃった。多分みんな、こう思ってるんじゃないかな?
((((こんなんでも彼氏って出来るんだ))))
「ま、まあとにかく私には彼氏もいるし、欲求不満なんてありえないから。ほんとうに好恵ちゃんのほうから見せてきたんだから、私は無実よ。むしろ私のほうが被害者と言ってもいいわ」
ふん、と息を鳴らす不破先生。まあ家庭科部の顧問も引き受けてくれたことだし、からかうのはもうやめにしましょうか。
「先生、その節はご迷惑をおかけしました。確かにはみ出していないことを証明する為に見せちゃったのは軽率でした」
ぺこりと頭を下げる私。そう、悪いのは女装してる私ということにしといてあげましょう。実際には誰も悪くないんだけどね。しいて言うなら世間の常識が悪いのかな? なんてね。
「そうそう、分かってくれればいいのよ」
「それじゃあ不破先生、色々と話が遠回りしましたけど、いつだったら先生の家に招待してもらえるんですか?」
「だから土日とか休みの日は、彼氏と旅行に出かけてるから無理なのよ」
「じゃあ、平日限定ですか? 先生、いつも何時まで残業してるんですか? けっこう遅いですよね」
きょうもこれからまだ残業があると言ってたし、これじゃあ先生の家に行くっていうのは無理かな?
「いや、今日は残業があるって言ったけど、どうしても今日中に仕上げなきゃいけない仕事ってわけでもないから、帰ろうと思えば帰れるのよ。ただそうすると明日の残業がよりきつくなるっていうだけで……」
ほんとうに教師の仕事ってブラックなのね。それは皆も思ったみたいで、不審者を見る顔だったのが、かわいそうな人を見る顔に変化してるの。おもしろいなあ。
「ちなみに先生の家ってどこなんですか? そういえばまだ教えてもらってなかったんですけど」
「実は、好恵ちゃんの家がある町内の隣の町内にマンション借りて一人暮らししてるのよね。いままで言わなかったけど」
「えっ? 不破先生が住んでるところって、私の家のすぐそばなんですか? じゃあ家庭訪問するときにカーナビをセットしていましたけど、もしかして土地勘あったんじゃないですか? カーナビ、必要なかったですよね」
「だって、好恵ちゃんの家の近所に私の家があるってバレたくなかったのよ。ほら、ほんとうに事案になっちゃうと困るでしょ。まあ、住所は個人情報ってこともあるけど」
あさっての方向を向く、不破先生。
「うーん、じゃあこうしましょう。不破先生が良いというなら、もう今日は残業を切り上げて、これから私を車に乗せて、先生の家まで送ってください。先生の家を見せてもらったら、私はそのまま歩いて自宅まで帰りますから」
さて、というわけで私は今、不破先生の車にまた乗っているのでした。
不破先生の家を訪問したあと、ひとりで歩いて帰ると言ったら、不破先生に『女の子のひとり歩きは危ないわよ』なんて言われたけど、『心は女でも、体は男ですから』と言って黙らせちゃった。
まあほんとうは心も男なんだけどね。
「それにしても以前と比べても、ゆるキャラのぬいぐるみが増えましたね」
ダッシュボードの上に収まりきらなくなったゆるキャラたちが後部座席にも進出しているのを見て、私は呆れちゃったわよ。もちろん交通安全のお守りも増えていたわよ。ていうかお守りに視界をふさがれちゃわないのかしら? 逆に交通【不】安全よね。
「週末とか祝日には毎日どこかかしらに出かけているからよ」
「休みの日に毎日旅行に出かけていたら、疲れが取れないでしょ? 体調のほうは大丈夫なんですか? 食生活も乱れていたようですし」
「いやあねえ。食生活は毎日きちんとしてるわよ。いつも同じメニューだから、乱れてなんかいないわ」
いや、いつも同じメニューの食生活って、むしろ乱れている証拠でしょ。でもそれを指摘しても不破先生には理解できないかも。なんて思った私は『はは、そうかもですね』なんて愛想笑いをしていたのよ。
「さあ、着いた。ここが私が住んでるマンションよ」
不破先生はマンションに併設された駐車場に車を停めると、私と一緒に車を降りて歩き出したの。どうやら階段を上るみたいね。2階の奥の部屋か……。まあ、悪くはないわね。
「今、カギを開けるから待ってて」
ガチャリ
「さあ、どうぞ♪」
「おじゃましまーーす。ッ!?」
案内されて入ったその部屋の中は、控えめに言って腐海でした……。
はてさて腐海ですよ。腐海。怖いですね。好恵ちゃんは腐海に飲み込まれたりしないんでしょうか? というわけで次回をお楽しみに♪
追記 4/27 不破先生の住居をアパートからマンションへと変更しました。




