第2話 入学式
意外と反応が良くて需要がありそうなので無理して短期間で執筆しちゃった。他の作品のほうはもう少し待ってね。ちゃんと書いてますから。まだ少しだけど。
「高校では女装を解いて男の恰好に戻るつもりだったけど、結局こうなっちゃったのね」
今日は高校の入学式。私は八池山高校の女子制服に身を包むと、てきぱきと朝のメイクを開始する。とは言っても派手で目立つようなメイクはしない。あくまでも自然に見えるナチュラルメイクの範囲内での女装メイクをするわけ。
「まったくメイクをしなくても髪が肩まであるから女の子に見えるけど、やっぱりスッピンだと男の子っぽさも出てくるのよね」
まだ小学生だったころはともかく、中学生以降の私は家族の前でもほぼスッピンをさらしたことは無い。例外は家族旅行で温泉に行ったときくらいだ。
「よし、終了。うん、今日も私はかわいいね」
当初はおさがりの服を着たくないから『女の子の服を着たい』と言っていたのだけど、既に7年も女装を続けていると、女の子の服を着るのは女装というよりも単純に普通の服を着るという感覚に近いような気がする。まあメイクもその一環というか、範疇という感じかな。
というか今さら男の服を着るというのも嫌じゃないけど、なにかこう恥ずかしい気持ちになる。今の私には似合わないというのが想像できるから、女の子の服が似合わなくなるまでは現状維持で行こうと問題を先送りにしている。
そう、問題なのですよ。お母さんは誤解しているけど、私は何も女の子になりたいわけじゃない。いずれは女装をやめて男の服装に戻らなくてはいけない日がやってくるのだろうとは思っている。でもそれは今日じゃない。
「……はああ、かわいすぎだよ。絶対に今の私に男の子の服を着こなせるわけがないじゃないの」
ため息をついた私は、その後、父親が運転する車に乗り、両親と一緒に八池山高校の入学式へと向かうのでした。
「好恵、高校も女子の制服で通うんだな」
お父さんが特に否定的な感情を込めることもなく、ごく普通の口調でそう言った。私が女の子の服を着ることに対して最初はちょっと渋っていたお父さんだったけど、今では私が女装していることは当たり前だと受け止めている。
「そうよ。まだこの恰好のほうが似合ってるから問題ないでしょ?」
なお私の地声は第二次性徴期を経て、それほど低くはないもののしっかりと男の声へと変化している。しかしネットで勉強したりして男が女の声を出すためのメラニー法をマスターしているので、問題なく女の声を出してしゃべることができる。
さすがに女装しているのに男の声丸出しではいただけないからね。うん、私は努力した。すごい。
「そうよねえ。好恵ちゃんは本当の女の子みたいにかわいいし、もうずっとこのままで良いとお母さんは思うの」
後部座席に私と並んで座っているお母さんが私のことをべた褒めしてくれるが、将来的には男の恰好に戻らないといけないと思っている私としては痛し痒しと感じてしまう。まあ、褒められて嫌な気はしないけど。ていうかうれしいんですけど。やだ、どうしようこの感情。本当は高校生になったら女装をやめようかと思っていたのに。
「そうか。まあ女の子の恰好が似合っている限りはそういった服装を認めると言ったのはお父さんだからな。むしろ今の好恵が男の服とか学生服を着たりしたら、そのほうが違和感しかないかもしれないからなあ」
「ふふ、お父さんもお母さんもありがとう」
両親ともに私の女装をほめちぎる声を聴きながら、私はどう反応したらいいのかよく分からないまま、適当な返事をしつつ車に揺られるのでした。本当、なんでこうなっちゃたんだろう。
さて、八池山高校に到着すると、まずはクラス分けの掲示を確認する。どうやら私は一組らしい。
「でも名前は『八田好恵』じゃなくて『八田好雄』になってるのね。ていうか当たり前か。『八田好雄』で受験したんだし」
掲示板を見ながら何の気なしに私がそう言うと、お母さんが怒りだした。
「まったく学校ももう少し配慮してくれてもいいのにね。確かに受験した時の名前は『好雄』だったかもしれないけど、中学校から好恵の事情が伝わっていないのかしら」
「いや、公立高校の一般入試試験なんだから、試験の点数しか気にしないだろう。まあ公立でも推薦入学とか私立高校なら面接もあるから好恵の事情も間違いなく伝わるだろうけどな」
怒っているお母さんをなだめようとするお父さんだったが、こういう時の女性って、論理を説くんじゃなくて共感してあげないと気持ちがおさまらないのになあ。
私も女装しているから友達は女の子のほうが多い。だから女の気持ちというものには普通の男よりは理解があるつもりだ。ふふ、すごいでしょ。
「お母さん、私もちょっとは怒っているけど、どうせすぐに学校も分かることだし、大丈夫よ。それよりこれからのこと考えると楽しくなってこない? みんなびっくりするわよぉ~」
私は別に自分のことを女の子だとは思っていないし、まわりから女の子として扱って欲しいとは思っていない。……いや、女の子として扱われるのは楽しいんだけど。
うーん、やっぱり私はまわりから女の子として扱って欲しいのかしら? いいえ、そんなことはないはずよね。ねえ、誰か『そんなことはないよ』って言ってッ!
というわけで。……て、どんなわけだ。お父さんとお母さんは入学式の会場である体育館へ向かい、私はというと1年1組の教室へと向かうのでした。
すると教室には座席表が用意されていて、誰がどこの席に座るかはあらかじめ指定されていた。どうやら教室の真ん中より廊下側が男子で、窓側が女子の席になってるみたい。
さて、まずは1組のみんなを驚かしに行きますか。私は自分の席の場所を確認すると、すました顔をしてその席のすぐそばまで歩いていく。
姿勢正しくピンと背筋を伸ばし、可能な限り腰で歩くイメージで歩くわけ。男は肩で、女は腰で歩くというように、お尻を振るように腰で歩くとそれだけで女性の歩き方に近くなる。そんな私に教室中の視線が徐々に集まってくるのを感じる。
普通の女子は自分の女子としての魅力を意識して、その魅力的な部分を強調して見せるという意識を持っている子はまだ少ない。女装を極めた私からすると、本物の女子なのにもったいないなあという感じの子が多いんじゃないかな。
たまにそういう意識を持った女子もいるけど、男子への性的なアピールが強すぎて童貞男子たちには逆効果になっている子を見たことがある。その点だけど私はもともと男子へ性的なアピールなんてする気が全くないので、純粋に女装した私をよりきれいに見せることに特化しているわけなんですよ。
ということで、男子はもちろん、女子もまた私へと視線を集中させるのでした。ううう、ぞくぞくする。この快感、この先やめることできるのかな。まあ、いいか。そんな不安は心の奥に押し込んで、とりあえず女装が似合う間はこの快感に身をゆだねよう。
「すみません。お話し中、申し訳ありません。そこ、私の席なんですけど、空けてもらっていいですか?」
私の席とされている場所には、数名の男子が集まって話をしていた。『お前もこのクラスだったのか』なんて声が聞こえていたから、おそらくおな中の出身者なんだろうな。ちなみに私の出身中学からこの八池山高校に入学したのは私以外にはふたりしかいないはず。しかもそのふたりは二組と三組に分かれているから、この一組には私のことを知る子はいないはず。
「え、あ、その、この席っていうけど、廊下側は男子の席なんだけど」
集まって話をしていた男子たちの中のひとりが、おどおどした態度もあらわに私へと答えてくれた。ふふ、まあ私のような外見だけでもとびきりの美少女が相手ではそういう態度にもなるでしょうね。
「ええ、大丈夫ですよ。こう見えても私、男子ですから」
「「「「「ええええーーーーッ!!!!」」」」
その場に集まっていた男子たちが驚きの声を上げる。
「うそ、冗談でしょ?」
「だって、どう見ても女子にしか見えないし」
「そんな、まさか。え、男子? 声だって女子の声にしか聞こえないぞ」
「くんくん。に、においだって良いにおいで、とても男子には思えないんだな」
よし、変態を一名発見。心のカメラにこいつの顔を記録しておこう。なんて思っていたら、窓側に集まっていた女子たちのほうからも声が聞こえてきた。
「うそうそうそうそ!! ほんと!?」
嘘と言いたいのか本当と言いたいのかはっきりしろと私は言いたい。
「え、うそ、ちょっと待って。そういえば二組の友達から、一組には女の子にしか見えない男の子がいるはずらしいって聞いたけど、まさかこの子が?」
うーん、どうやら二組にいるおな中の出身者からすでに情報が拡散しているらしい。
と、いうわけで私は男子女子問わず、それこそ新しい仲間たち全員から様々な質問を受けることになりましたとさ。でもね、スリーサイズは秘密だよ。だって女装を解いた本当の私って単に小柄でやせた普通の男の子の体形なんだもん。こら、そこ、ずん胴って言わない。
そうしてわいわいと騒がしい中、女の先生が入ってきた。どうやら担任の教師らしい。さて、私を見た先生の反応はどうなるのかな?
「高校に入学してうれしいのはわかりますが。皆さんももう小さな子供じゃないんですから、廊下に響くほどの声で騒ぐのはどうかなと先生は思います」
むっとした表情を作っているけど、その表情ですらかわいいのはうらやまというか何というか、とにかくかわいい系の美人さんが担任で、これからの一年間楽しくなりそう。
え、そうですよ。私の性的対象者は女の人ですよ。女装しているからといって男子を性的対象者として見たことはありませんけど? まあ、男女問わずから女装をほめられてちやほやされるのは嫌いじゃないですが。というか好き、いいえ、大好きですけど、それは恋愛感情には結びつかない感情ですからセーフですよね。
というかこれも問題なんですが、私って男子にはもちろん恋愛感情を持ちませんが、女子にも恋愛感情を持ちにくいんですよね。なんというか、女子の外見はまだ磨かれていなくても基本的にはきれいだと思うし、見とれたりするような子がいるのは確かなんです。
でも女装して以来、女の子の友達が多かったので、いわゆる女子の性格の裏側というかドロドロした一面をこれでもかと見てきたので、とにかく性格のいい女の子にしか恋愛感情を持ちにくいというか、そういうことなんですよ。
というわけで私の恋愛歴はまだ始まってもいなかったのでした。まる。
うーん、もしも心から愛せる女の子の恋人ができたなら、それをきっかけということで私も女装をやめて男の服装に戻れるかもしれないけど、なかなかそういう子がいないのよねえ。
そんなことを考えていると、どうやらようやく先生も男子側の席に座っている女子の制服に身を包んだ私に気が付いたようだ。もう、ちょっと遅いんじゃないですか先生。私、見た目だけならこんな美少女なのに。
「あら、あなた、席を間違っていない? その席は、ええと座席表によれば確か『服多好雄』君の席のはずなんだけど。あなた、名前は?」
ふふふ、聞かれたからには名乗らずばなるまい。私は椅子をガタガタ鳴らすような音を立てることなくすっと立ち上がると、名乗りを上げた。
「はい、先生。私の名前は『服多好恵』です」
「あら、そう。苗字が一緒だから間違えたのね。ええと、服多好恵、服多好恵、ええと、どうやら名前が無いようなんだけど、服多さん、あなた一組で間違いないの?」
先生は混乱している。そしてすでに事情を知っている一組の生徒たちは答えを言いたくてうずうずしているようだ。ここは誰かがバラしてしまう前に私から答えを言わないといけないかな。
「ええ、一組で間違いありません。それから先生、申し訳ありません。実は『服多好恵』というのは普段名乗っている名前で、本名は別にあるんです」
「え、本名が別にあるって、どういうこと?」
「私の本名は『服多好雄』というんです。つまり私は……」
「つまり私は……?」
どうやら先生も私が次に何を言うかをそれなりに察したらしい。漫画的に表現するなら顔に汗が垂れているという心境じゃないかな。
「ええ、つまり私はこういう恰好をしていますが、男の子なんです」
「ええー-ッ! うそッ!!」
その後は先ほどの繰り返しかのような質問の嵐が先生から放たれたのでした。もう、二度手間は疲れる。そしてその後、入学式の会場へと一組の生徒たちは男子女子に分かれて整列して入っていったのでした。
当然、男子の列に女子の制服の私が並んでいるのを見た他のクラスの生徒や先生、そして来賓の方々や生徒の親御さんたちにも私のことが知れ渡ったのは言うまでもないことですよね。
ちなみにカメラ係のお父さん、写真だけじゃなくて動画も撮影していたけど、そのうちかなりの割合が私を見て驚く人たちの表情を撮っていたみたい。なんか悪趣味?
大事なことなので言いますがノープロット、極小設定です。今回出てきた先生や他の生徒たちの名前を決めないと次の話が書けません。というわけで次話は今回よりも長めーーーーにお待ちください。