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勇者よ、選挙に行け

作者: ななみや

※この小説は特定の思想、活動及び政治信条等を推奨するものではありません。


 与党でも野党でも泡沫候補でも白票でも、ご自身の思想信条の元に候補者と支援政党の名前を投票用紙にお書きください。

 俺は勇者エレク。


 いや、正確には元勇者か。



 魔王を倒すまでは確かに勇者だったが、魔王を倒した後はただのフリーターだ。


 今はコンビニでバイトをしながら四畳半のボロアパートで何とか生活をしている。



 本当は魔王を倒したら国から死ぬまでの衣食住が保証されるはずだったのだが、被害が大きいだの何だの色々難癖付けられて僅かな給金しか貰えなかった。


 俺の苦労は何だったんだ本当に。



 さて、今日も今日とてコンビニでクタクタになるまで働いた後に家まで帰り、夕食の菓子パンを食べようとしたその時だった。



「ふはははは! 久しいな勇者よ!」


 突然建て付けの悪い窓が開くと、そこにはいかつい角を生やし怪しげなローブを羽織った大男が一人。



「ま……魔王!! 貴様、生きていたのか!?」


「ごめん、窓取れちゃった。直せる?」


「ああ……建て付けがあまり良くないから強めに開くとすぐ取れるんだ。ちょっと貸してみ」


「すまんな。ところで、喉が渇いたのだが茶はあるか」



 外れた窓を直していると魔王は我が物顔で畳敷き四畳半の部屋でくつろぎ始める。


 突然来て何なのだこいつは。



「いや、そんな事より魔王よ、まさか貴様が生きていたとはな……。再び現れぬよう徹底して成敗してやりたいところだが、残念ながら今の俺には貴様を倒すだけの力も武器もない」


「まあ、そうであろうな。風の噂には聞いているぞ、ワシを倒した貴様に対する国の処遇や態度をな」



 そう言うと魔王は台所に置いてあったメロンパンを食べ始める。


 やめてくれ、それは俺の夕食なんだ。



「そうだ……約束された生活の保証もなく、死んだ俺の家族に対する弔いも無しだ……。俺が命を懸けて戦ったのは、いったい何だったんだろうな。おまけにとどめを刺したはずなのに魔王は生きてるし」


「そう言うな、ワシは貴様に同情しているのだ。仮にもワシを倒した男が、まさかこんな生活を送っているとはな」


「なんだ? あの時も言ったが、お前の部下にはならないぞ? そんなことをするくらいならここで飢えて死んだ方がマシだ」


「え、そうなの。ワシ、そんなに人望ない?」



 単純に譲れない一線があると言うだけの話だ。


 気にするな。



「まあそれはいいとしてだ、近々国政選挙があると言うことは知っておるな?」


「ああ、だが俺には関係ない話だ」



 突然何を言い出すのかと思えば。


 俺にも魔王にも関係のない話だろう国の政治なんて。



「む、なんだ? 貴様、住民票上の住所はここではないのか?」


「いや、選挙のお知らせは来たよ。だけどよ……そんなもの行ったって意味ないだろ」


「と言うことは、貴様は投票に行かぬつもりなのか?」



 投票日もバイトが入りそうだし行く気はない。


 第一、俺の一票程度で何が変わると言うわけでもないだろう。


 足を運ぶだけ時間の無駄だ。



「たわけめ。選挙に行かぬのは愚の骨頂だぞ。そのような考え方だから、貴様の生活はずっとこのままなのだ」


「うるせえよ。それじゃあ選挙に行ったら金持ちになれるのかよ。大体、政治家なんて誰がなっても変わらないんじゃないのか?」



 随分前に政権交代した時も生活が変わったとか豊かになったとか言ったことはなかった。


 選挙に行こうが行くまいが変わらないだろう。



「確かにそうかも知れぬな。優秀な官僚機構を持つ国なら猶更であり、むしろ政治家が変わるごとにコロコロ国の在りようが変わっていては話にならぬ。……だが、そう言って選挙権を放棄することが最も愚かな策なのだ。勇者よ、これを見ろ」



 そう言うと魔王は懐からノートパソコンを取りだし、カタカタとやり始めた。



「wi-fiある?」


「ネット回線なんてものはない」


「あ、そうなの。ならばテザリングをしよう」


 しばらくすると魔王はブラウザを開き、どこかのサイトを表示する。



「これを見ろ、勇者よ」


「うん? 国政選挙における年代別投票率?」


「そうだ、総務省が一般に公開している統計だ。老人世代の投票率が70%を越えているのに対して、10代から30代の投票率は平均以下であろう? これでは貴様達の置かれている不遇な現状は一切変わらぬ」



 投票率が俺の生活と何の関係があると言うのだ。


 そんな疑問を持ったところで魔王が続ける。



「人は対価が無ければ動かぬ。それは政治家も同じであり……いや政治家こそ、こう言った対価に敏感かも知れぬな。……話は逸れたが、この場合の対価と言うのは『票』そのものだ。『票にならない』と判断されれば、その層は切り捨てられる」


「なんだよそれ……。政治家はモノをくれなきゃ動かねえってことかよ……悪じゃねえかよそんなの」


「バカ者、何が悪なものか当たり前だ。お前とてタダ働きは嫌であろう? それは政治家も一緒だ。政治家は『票』を集めた者だけが政治家でいられるのだから、『票』をくれる者に対して働くのは当然だ」



 言われてみればそうか。


 中には無償の奉仕こそ至高なんて奇特な奴もいるが、俺だって自分の未来のため、そして死んだ家族のためって理由で魔王討伐の旅に出たんだ。



「……あ、ああ。それは分かった。だけど、誰が誰に投票したかなんて分からないんじゃないのか?」


 そう、小学校の頃に勉強した記憶があるのだが、この国には確か投票の秘密がある。


 誰が誰に投票したか分からないんじゃ、意味ないじゃないか。



「そうだ。投票の秘密は憲法や関係法令に規定されている。だがしかし、『投票したかどうか』は全く秘密ではない。貴様にも来ていたであろう、選挙のお知らせが。国は住民に選挙のお知らせを発送し、実際に投票所に来た者を集計しているのだ」


「なんだって……」



 知らなかった。


 選挙に行ったか行ってないかすら秘密だと思っていた……。



「その集計結果は住民データに紐付けられ、少なくとも『世代別』、『性別』と言った集団単位で投票率が算出される。この国では重要視されておらんが『独身既婚』、『独り暮らしか家族と同居か』と言ったものでも算出可能だ。つまりだ、貴様のような独身の若者が皆同じ考えで誰も投票に行かなければその集団の投票率は下がり、政治家は『票にならない』と判断してその集団は切り捨てられるのだ」


「……それじゃあ、選挙に行かなければ行かないほど、俺の生活は悪くなるってことか?」


「そうだ。分かりやすいように具体的な例を述べてやろう。つい最近疫病が流行ったであろう? 対応策であるワクチン接種についてこの国の政治家は老人層を優先させたが、これがもし若年世代の投票率が高ければ、『在宅率の高い老人層よりも仕事に行かなければならない働き盛りの層にワクチン接種を優先させよう』となった可能性が大いにあるのだ」


「なん……だと……。政治家は年寄りがほとんどだから、同じ年寄りを優先させてるってことじゃないのか……」



 そんなこと、考えもしなかった。


 ただ政治家なんて連中が愚かなだけだと思っていた。



「貴様の生活が苦しくなるだけならいい、それは選挙に行かぬ貴様の自業自得だ。だがしかし、貴様が投票に行かないという選択が貴様と同じ独身の若者を苦しめているということを忘れるな」


「……」



 なんてことだ……。


 俺が選挙に行かないって事を選択することが、俺自身のことを……そして俺と同じ境遇の奴等を苦しめてたってことかよ……。



「よいか勇者よ。政治思想などというものは何でもよい。与党でも野党でも、当選する見込みのない泡沫候補でも構わぬ。本当によく分からなければくじ引きで決めてもよいし、白票という選択肢だってある。だがしかし、投票に行くと行かぬでは大きな差があることを忘れるな。投票に行かないという選択は、貴様自身の道を閉ざす大きな罪であるのだぞ」


「あ、ああ。分かった」



「それと、『政治家にノーを突き付けるために投票をボイコットしよう』などと言う輩には一切耳を貸すな。政治家に対する否定は対立候補への投票が最も有効なのだ。『現在の政治に満足しているから投票には行かない』と言う考えも持つな。満足なのであれば与党に入れてやらねばその政治は続かぬぞ」



 魔王の言うことはもっともだ。


 俺は選挙というものを舐めていた。



 国民が最も政治に関与できる方法が選挙であり、権利でもある。


 それをみすみす捨てるということは何と愚かな選択なのであろう。



「色々言ったが勇者よ、最後にもう一つだけ言っておく。次の選挙にはワシがこの区から出馬しておるので、何とは言わんがよしなにな。それと、今日ワシが貴様の家に来たのは『たまたま懇意にしている知人の家に遊びに来ただけ』だからな。その辺のところは宜しく頼むぞ」



 そう言うと魔王は俺の部屋の窓を開け、マントから自慢の羽を羽ばたかせながら外へと飛び出していく。


 そして建付けの悪い窓は窓枠からはずれて外に落ちていった。



 ……。


 外に落ちた窓を拾って枠に取り付け直しながら、俺はふと疑問に思ったことを口に出した。


「魔王……あいつ、この国の政治家に立候補できたのか……」

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