4話 初めの一歩
目が覚める。窓から光が入り込み丁度いい涼けさのある心地のいい朝だ。しかし起きた少年はその心地よさは感じられず音のしなかなった家に寂しさを感じていた。
『母さん…』
少年のか細い声は静寂にのまれる。少年は一昨日に母をなくし昨日に送ったばかりだ。たった2日で立ち直れと言われても難しい。ブルーな気分でいると鈍器といっても差し支えのない踵が少年の顔面に落ちてきた。
『いったぁぁ!』
たまらず声を上げる。そして睨め付けるのはいつの間にか自分と同じベットに入っていた20前後の男だ。
『む、あぁ…おはようバード朝飯ない?』
『おはようございます!今朝はいい踵落としでしたね。朝飯は今から作りますよ』
皮肉を込めて返事し、朝飯の準備に取り掛かる。
『ってすごい豪勢だな。いい腕してるぜ』
一瞬で作られたとは考えられない料理に驚きつつ座る。
『えぇ料理の腕に関しては母に鍛えられましたし、踵落としさんの持ってた食べ物もそろそろ腐りかけそうでしたから一気に使っちゃいました』
『踵落としさんはやめて。ごめんて謝るから…』
『まあ、いいですよ。もう痛くありませんし』
少年は笑い。青年も料理に舌鼓しながら朝飯を食べ始める。
──
『そういや俺今日旅に出るわ』
バードにそう伝える。
『え、そ、そうなんですか…』
『ああ、ずっと世話になるのは心苦しいしな』
バードの顔色は暗くなった。仕方あるまい俺だって旅の途中だし、バードからついて行きたいとは言われてない。やはり本人の意思が大事だ。まぁ見る限りついて行きたいとは思っているはずだ、だが言われない限り連れてかない。
そうしてくれるはず…と言う生半可な気持ちではダメなんだ。
──
正直バリードさんなら『ついてこい』といってくれると思っていた。でもそんなことはなかった、彼には彼の人生があるのだと思い知らされた。家の中では答えは見つけられずいつの間にか村に出ていた。
どうやら一昨日にバリードさんが村の人を返り討ちにしたお陰で誰も僕には手を出しては来なかった。それでも視線は痛かった。歩きに歩き村の端、母の墓がある丘へ来ていた。
『ねぇ母さん。バリードさんもう旅に出るんだって、…でも僕まだ迷ってるんだ』
この丘は村を一望できる。美しい村だ、村人を除けば…だけど。
そして嫌いな村でもあった、でも村から離れようと思うと母のことがよぎる思い出深い故郷でもある。
バリードさん。母さんを助けようとしてくれた人で僕に別れの大切さを教えてくれた。彼について行きたいとは思う、でもそう思う度母さんのことを思い出してしまう。この中途半端な気持ちでは生きていけない、そう自覚している。
悩んでいると丘に登ってくる気配を感じた。
『やっぱりここか、バード。別れの挨拶したかったんだが見つからなくて探してたんだぞー』
バリードさんだ。
『ああ、すいません…ほんとに行かれるんですね』
『あぁ』
この人は自由だ。僕はたった3日程度の時間でもこの人を尊敬する様になった。この人みたく生きてみたいとは思う。そういえばバリードさんはなんの為に危険な旅に身を置くのだろう。
『あの!バリードさんはどうして旅に出るんですか?』
背中を向けてもう行くであろう彼に聞く。
『どうして、か。そうだな、俺は夢を叶える為に旅を始めたな』
『夢…ですか?』
『あぁ、といっても幼い頃に思い付いた無駄にスケールの大きい夢だけどな。それも抽象的なもので、歴史に名前を残したいってものなんだ』
いまいち理解が追いつかない夢だった。
『例えばこれから先の未来でさ酒を交わして人達がいたり、夜の街を歩いていたり、歌を歌ってる人がいたりしてその皆が一度は俺の詩聞いたことがあったりして、これは誰の詩だーとか話になるんだよ。それって終わりのないことで詩の文化がなくなるまで続く。皆が俺を知っているんだ。これ以上に嬉しいことなんてないだろう?』
『まぁ、つまりは俺が生きていた証拠を残してたいんだ。無謀だろう』
バリードさんは茶化すように言ったがその覚悟は痛いほど伝わった。何かに全うする人生これが「バリードさんの自由」なんだ。
僕は何がしたいんだろう。夢は未だに見つからない。でも目標は出来たのかもしれない。
「僕はバリードさんみたくなりたい。」
僕には知識がない、ずっとこの村にいたから。
僕には経験がない、長く生きていないから。
僕が何を目指したいのかはあったとしても今のままでは何かわからない。
でも知る行為は自由だ。僕は判らないを判る為に旅に行きたいんだ。今はまだ理由としては中途半端だろう、でもいつか夢を見つけるんだ。
『バリードさん!お願いします!僕も連れて行ってください。雑用でもなんでもします。僕には夢はないけれどそれを見つける為に旅に行きたいんです!』
『バード…わかった。お前を連れて行く。だがしかしお前には技術も何もない、だから毎日勉強の日々だろう。いいな』
威厳を持つ言い方をしたかったのだろう。でも格好つかない人だ。凄くニヤけている。
『じゃあお前の準備が出来次第にしようか。別れは済ましておけよ』
準備といっても何もないし別れを告げるのは母さんだけだ。僕は墓石に向き直る。
『母さん。僕行ってくるね、ちょっと不安もあるけどきっと乗り越えてみせる。立派な大人になってまた帰ってくるよ』
胸が熱くなる。もう帰って来れないかもしれない、でもこれから体験するであろう物事にワクワクしている。
『もういいのか?』
あと少しで村から出るというところで聞いてくる。
『はい、続きは今度にします。沢山の土産話と一緒に』
『そうか、楽しみだな』
『はい!』
村から出る。今回は前とは違く帰れないかもしれないという事はわかっていけどそれでも行く。さようなら母さん。必ず帰るよ。
暖かい追い風が吹く、僕の心にいつの間にか不安は消えていた。
旅に出ます。きっと母さんも見守ってくれているでしょう