優しい陽だまり
エリには、肩のところが少し温かいような気がした。
温かい、というより、暖かい。
優しい陽だまりの中にいるような心地。
この陽だまりの正体を探ることに意識を集中させていたら、視界がぼやけてきた。
「ああ。エリちゃん。おはよう」
雑賀は濃い茶色のセーターを着ていた。
「おはよう、ございます?」
「気持ち良さそうに寝てたいたよ」
エリが体を起こすと、肩からずっしり重いものがごとりと落ちた。
「ん?」
雑賀が手を伸ばして、落ちたものを拾い上げた。
黒くて大きな布――詰襟だった。
「風邪引くといけないと思ったんだけど、他にいいものがなくって」
「それ、センパイのですか?」
「うん、そうだよ?」
雑賀の言葉には「それがどうかした?」という意味が含まれていた。
「……どうりで、ぽかぽかした中にいるなーって思ったんです」
「温かかくなっていたんだね。それなら安心だよ」
雑賀は自分の詰襟に袖を通した。
「そうじゃ、ないんです。なんかこう、暖かい空気に包まれた、温泉に浸かっているみたいな、ぽかぽかっと……」
エリはまだ完全に覚醒していない頭を回転させて、適切な言葉を見つけようとしたが、かえって分かりにくくなってしまった。
「エリちゃん?」
エリは起こした上体を、またもや机に倒してしまった。試験勉強の疲れが溜まっていたらしい。
「私、センパイの暖かいの、すごく、落ち着くんです……」
「えっ?」
エリは再び眠りの世界へと出かけてしまった。
束ねていない、亜麻色のミディアムヘアが、机の上に放射線状に広がっている。
雑賀はエリの頬にかかった髪を耳にそっとかけた。
雑賀の指先には、冷たく、さらさらとしたエリの髪の感触が残っていた。