弱小天文部員、星野エリの放課後
「夏はいいんですけどね。冬はやっぱり寒いです。タイツをはいていればマシなんですけど」
「あれは温かそうだよね。男子のスラックスも冬服は裏起毛とかだったらいいのになあ」
「それいいですね! そしたら私もスラックスがいいです」
東光高校では、男子は詰襟、女子はブレザーと決まっている。
ジェンダーフリーが叫ばれている昨今でも、その波がこの古い木造校舎まで届くにはまだまだ時間がかかるだろう。
「女子もスラックスを着られるようにすればいいのにね。スカートだと色々と気を使うだろうし、なんだか大変そう」
「センパイ、よく見てますねぇ……」
エリは雑賀に意味ありげな視線をおくる。
それを雑賀は持ち前の笑顔でかわした。
「他意はないよ」
「もちろん、分かってますって」
エリは向かいの壁に貼ってあるカレンダーを見るふりをして、横目で雑賀を眺めていた。
顔だけ見れば中性的な面立ちだが、エリのそれよりもずっと広い肩幅や骨張った手を見るとやはり男の人だと感じさせられる。
エリの見た限り、雑賀は頭が良く、性格も大らかで、容姿も決して悪くないむしろ良い。こんな人になんで彼女がいないのだろうと時々、不思議に思うのだった。
もしかすると、元々そういったことにあまり興味がないのかもしれない――エリはそんなことを考えているうちに、ほっとしたような、寂しいような、なんとも言いがたい気持ちなった。
「センパイってなんで彼女いないんですか?」
気がついたらエリは口に出していた。
「なんでだろうねー。俺が知りたいよ」
雑賀はエリが来るまで読んでいた文を探しだすために、ページをぱらぱらと捲っていた。
「私が思うに、センパイってモテない理由がないと思うんですよ。才色兼備じゃないですか」
「……そんなこと初めて言われたよ。というか、才色兼備って、女の人に使う言葉じゃないかな」
少し困惑した表情で雑賀が答えた。
「そんなのどっちでも変わらないですよ」
エリは無意識のまま、雑賀をじっと観察するように見つめていた。
雑賀はそんなエリの視線から逃げるように、手元のアルファベットに目を落とした。
「うーん。俺はできれば、才色兼備よりも、文武両道でありたいかな。やっぱり人間、勉強のほかにも 何か一芸できたほうがおもしろいと思うんだ」
「じゃあ、センパイの一芸って何ですか?」
雑賀は手を止めて、天井を見つめた。
「俺にはそういうのないんだよねー。本当は何かできたらよかったんだけど、エリちゃんみたいに」