星野エリの黒歴史
「星野エリの黒歴史」
エリは今年の六月の文化祭の実行委員会で大胆な提案をして、一躍有名人となってしまったのだった。
エリはよかれと思って、上級生に進言したのだが、一年生のぺいぺいに口を出されたことが三年生の勘にさわったらしく、対立が起こってしまったのだ。
文化祭という生徒にとって大きなイベントであり、関心事であったため、いつの間にか学校中を巻き込む論争になり、エリは少々精神的に疲弊してしまった。それだけ上級生の威圧が強かったのだ。
「でもあのときのエリちゃん、かっこよかったよ。確かに、従来のやり方では効率があまりよくなかったからね。みんなたぶん、本当は分かっていたと思うよ。言えなかっただけで」
文化祭は文化祭実行委員によって大抵のことは決められていくが、毎年、どうしても実行委員には各クラスの中心的人物――派手で目立つような気の強い人――が選ばれる。
文化祭という行事を引っ張っていくにはそういった人が必要不可欠だが、彼らの高い自尊心は時に議論を硬直させ、あらゆる準備を滞らせてしまう。彼らなりのこだわりがどうしてもそうさせてしまうのだ。
だが、そんな彼らに上手く指摘できる人がいなかったので、周りの人たちがかかなくてもいい汗をかいてしまうことになっていた。
そんなときに現れたのがエリだった。
エリは第一回の、四月にある実行委員会のミーティングで作業の効率化について発言したのだった。エリは我ながら良い案を思いついたと思ったが、そんなことは端から他の人にも分かっていたのだ。
いきなり一年が手を挙げたことにも驚いたが、発言内容には驚愕させられたというのが、あの場にいた二年生のだいたいの感想だろう。まさに、馬鹿。
「もうあのことは忘れたいんですっ。今思い出してももう、あの自信満々であんなこと行った自分がなんか恥ずかしくって!」
エリは記憶を反芻したせいで紅潮していた。
「でも、エリちゃんは間違ったことは何も言っていなかったし、恥じることはないよ。むしろ、三年生にも物怖じしないことを賞賛すべきだよ」
「そういう簡単な問題じゃなかったんですって~」
なおも、エリは顔を隠す。
「あのときは俺も驚いたよ。だって、ついこの間、入部してくれた唯一の新入生が学校中の話題になるんだもん。あれは本当におもしろかったなあ」
雑賀はクスクスと笑っている。
「あの日から文化祭が終わるまでの三ヶ月間、ほとんど冷戦状態だったんですよ? 察してください、ほととぎす」
「それはごめんね、ほととぎす」
下校する生徒もまばらになってきたのか、外からは野球部が柔軟体操のために発する声しか聞こえなくなった。
申し訳程度にある薄くて黄色いカーテンがひらひらと、ひっそりと揺れている。
エリはハイソックスから出た膝が冷えてしまったので手のひらでさすった。
「もしかして、寒かった?」
雑賀が立ち上がって、ガタガタの窓を閉めた。やっと閉まりきったところで、部室の空気がぴんっと気をつけするような感じがした。
「ありがとうございます」
「気づかなくてごめんね。スカートは寒いよね」
雑賀はおそらくスカートなど履いたことはない。雑賀は相手の機微を察知し、気を配ることができるのだ。