陣形効果
そして、なんだかんだで二日が過ぎた。
今日も俺は艦隊戦シミュレータ―室へと向かう。
艦隊戦シミュレーター室には、いくつものビリヤード台のような物がある。
ヴィジャボードと呼ばれるその台は、艦隊指揮用の端末だ。
対象とする恒星系の、惑星などの位置が表示され、艦隊のホログラムが浮いている。
艦隊指揮官は、これを操作して艦隊を導く。
ここにあるヴィジャボードは、各旗艦のCICにある物と同じ仕様だ。
既にイオーサは来ていてた。どこで手に入れたのか、軍の制服を着ている。
そして多数の観客も。
決闘の噂を聞きつけて、暇な奴らが様子見に来ているようだ。
明日の決闘本番では、さらに増えるだろうな。
何人かが集まって、イオーサに艦隊戦のイロハを教えている。
今は、陣形効果の基礎を叩き込んでいるところのようだ。
イオーサの隣には壮年の男が立っていて……、
って……戦術学の権威、アルゴニス教授じゃないか! こんな所で何してんの?
「陣形には大きく分けて、四種類ある。戦列砲撃、交代防御、一点突撃、分散突撃だ」
アルゴニス教授は滔々と語る。
完全に、授業が始まっていた。
「戦列砲撃は、火力に特化した陣形だ。全ての戦艦を一列、あるいは複数の列にならべて面を形成し、全ての砲を同時に撃つ」
「はい」
イオーサも生徒に徹している。
戦列砲撃。人間が、地球に住み、帆船を操っていた頃から続く、メジャーな陣形だ。
艦隊決戦と聞けば、多くの人間がこの陣形を思い浮かべる。
一般的な戦艦は、砲塔がついていて、横方向に対して攻撃を集中できるようになっている。
その火力を有効活用するには、一列に並んで行進しながら撃てばいい。
もちろん装甲も側面に重点的に配置されている。
「もちろん欠点もある。この陣形では攻撃効果を高めるために一つの面を形成する。つまり投影面積も増える」
「とうえいめんせき?」
「例えば、ある戦艦を狙って撃たれたのに外れた攻撃が、隣の戦艦に当たったりする。ダメージを受けやすくなる。と言えばわかるか」
「わかります」
利点はそのまま欠点になる。
防御力の高い戦艦を並べなければいけない。
「では次だ。交代防御は一部の戦艦が前に出てシールドを張り、破られる前に次の戦艦と交代する。投影面積は減るが、後ろで休んでいる戦艦は攻撃に参加できないので、火力も下がる」
「それは……どんなメリットがあるんですか?」
「時間稼ぎに向いている。他の場所にいる友軍を待っている時、あるいは敵が何かの理由で急いでいる時……敵に油断させたい時も使える」
イオーサは少し考えた後、質問する。
「もしかして、今回の決闘だけで言うと、あまり使わない方がいい陣形ですか?」
「そうだな。援軍は来ない。次だ」
アルゴニス教授は、ウィジャボードを操作する。
空中に艦隊のホログラムが二つ浮かぶ。
もう一つは一点突撃、もう一つは交代防御だ。
艦隊のホログラムが、一塊になって突撃し、交代防御をしていた艦隊が蹴散らされる。
「突撃は、基本的に相手の陣形を崩すために使う。うまく敵陣の内側を食い破れば、大ダメージを与える事ができる。ただ、到達前に迎撃態勢をとられてしまえば、全滅だ。戦況をよく見て、タイミングを計る必要がある」
「……」
イオーサは、何か考え込んでいた。
突撃に関しては、イオーサの専門分野ともいえる。決闘でもその戦術を使う気なのかもしれない。
「最後の分散突撃だが。とても難易度が高いので、初心者にはお勧めできない」
「初心者向きではない……。でも、それは」
「そうだ。艦隊戦の奥義だ。実際の戦場では、分散突撃を使うか、あるいは敵の分散突撃に対応する陣形を選択する事になる」
「分散突撃か……」
イオーサは考え込んでいる。自分が使おうと思っているのか。
無理はするなよ、と思った。
分散突撃は難しい。俺もアルゴニス教授の授業を受けたのだが、その辺りで脱落した。
頭ではわかっていても、操作が間に合わないのだ。
「ノーラは、分散突撃を使ってくると思いますか?」
「それは……どうかなぁ。使うかもしれないし、使わないかもしれない……」
アルゴニス教授は、困ったように頭をかく。
どちらかに肩入れしたくないのだろう。ノーラもかっての教え子の一人だからな。
それに相手の裏をかくのが戦略だ。
ノーラだってバカじゃない。ここで教授が何か答えたら、その裏をかくか、裏の裏をかいてくる。
「敵に分散突撃を使われた場合の対応は?」
「分散突撃は、タイミングを合わせるのが難しい。というか、まず合わない。仕掛けられた側は、近い物から各個撃破すればいい。戦列砲撃を少し多面的にした感じの陣形が一番効率がいいな」
「こんな感じですか?」
イオーサが艦隊を操作する。
アルゴニス教授が横から手を出す。
「いや、こうだろう。……だが、場合によって少し変わる。ちょっと私が実践してみせよう」
アルゴニス教授は、近くにいた士官を指名する。
「おい、君。ちょっと突撃役をやってくれ」
その士官は、隣のヴィジャボードで艦隊を操作する。アルゴニス教授の艦隊に、バラバラに突撃し、見事に全滅した。
だがアルゴニス教授は不満そうだ。
「おい! 手を抜いたら見本にならないだろ。もっと本気でやってくれ」
「やってますよ!」
「タイミングがズレすぎだ。これが試験ならおまえは落第だぞ。もう一度だ」
「……あの、教授」
存在を忘れられかけたイオーサが遠慮がちに声をかける。
アルゴニス教授は、はっとして、そちらに向きなおる。
「そうだった。今はこっちが優先だったな」
「この、対応の仕方は、場合によって変わるんですよね?」
「そうだ。演習の数をこなして全て覚えるしかない」
「決闘は明日なんですけど……」
一日で、全てを練習するのは無理だろう。
「そうだなぁ。かなりの場合に対応できる陣形もあるのだが、今、これを教えてしまうのは……」
アルゴニス教授は、何か考えていたが、俺の方を見る。
ここにいる事に、気づいてはいたのか。
「ロッセル。私はそろそろ次の授業に行かなければならない。彼女の事は、君が何とかするかね?」
「いや、俺は……指揮官コースを脱落した身なので……」
とはいえ、俺が何とかしなければならないだろう。
他に頼る相手もいない。
みんな何かしら仕事があるし、今ここに来るような暇な奴は、責任なんか感じてないからな。
「実は昨日、君が私の生徒だった頃の成績表を見返したのだが……。君には熱意があった。ただ性格が、根本的に艦隊指揮官に向いていない。そう書かれていた」
「そうですか……」
「それが諦めた理由かね?」
「は?」
「性格が向いていないとか、スキルだのステータスがどうとか、それは重要ではない。それらが揃っていても、その仕事に就くとは限らん」
「はあ……」
教授が何を言っているのか、よくわからなかった。
「熱意のない人間は成長しない。成長しようという意志がないからだ。君はどうだ? まだ熱意はあるかね?」
熱意か。そんな事を言われてもな。
教授は部屋から出ていくときに、俺の隣で立ち止まり、小声で耳打ちしてくる。
「これはシミュレーターだからな。実際の艦隊戦とは違う。負けても死なない」
「あの、教授?」
「一度、派手に負けてみるのも、悪くないと思うがね」
「……」
返事を待たずに、教授はシミュレーター室を出て行った。
俺はどう答えればいいかわからなかった。
陣形は難しいからね、仕方ないね