決闘の申し込み
マリリノスの基地に帰って来た。
輸送船からシャトルバス (宇宙用)に乗り換えて、宇宙港に向かう。
バスの周囲を、コンテナドローンが飛び回っている。
「軍事基地って言うから身構えてたけど、なんか普通だよね。もっとこう、戦艦がズラッと並んでるのかと思った」
「ここは貨物用だからな。輸送船しかない。戦艦は別の所にある」
イオーサは、辺りをきょろきょろ見回している。そんなに戦艦が見たいのかと思ったら、妙なことを言い出す。
「ノーラって人は、来てないの?」
「え? いや、来てるわけないだろ。俺は休暇中だが、あいつは仕事があるはずだし」
そもそも、わざわざ来ないだろ。……俺はそう思っていた。
バスがステーションにドッキングする。エアロックを潜った先は、待合室だ。
沢山のベンチが並んでいて、これから輸送船に向かう客が待っている。
それとは少し離れた所で、柱に寄り掛かるようにしてポツンと一人で座っている軍服ワンピースがいた。
……え、なんでいるんだ?
俺が困惑していると、ノーラもこちらに気づき、近づいてくる。
何か別の用があったわけではなく、本当に俺を待っていたらしい。
「ロッセル。帰って来たのね」
「あ、ああ。そりゃ帰ってくるさ」
「急にベガスに行くなんて言うから、頭がどうかしたのかと思ったけれど……え?」
ノーラは俺の隣に立つイオーサの方を見る。
「えっと、お知り合い、かしら?」
「あ、あーいや。これは……個人的な、部下?」
買った。という言葉が口から飛び出しそうになり、どうにか抑える。
この状況で正しい表現が思いつかない。身請け、って合ってるのか?
「イオーサです。よろしく」
イオーサは言って、横から俺に抱き着いてくる。
ノーラの顔が引きつった。
視線が、俺とイオーサの顔を交互に行ったり来たりした後、叫ぶ!
「何くっついてるの! 離れなさい!」
「恋人でもない人にそんな風に言われる筋合いはないでーす」
「きーっ! なんでよぉ! こんなことになると知っていたら無理してでも付いて行ったのにぃ……」
何だこのやりとり? 意味が解らない。
「す、すみません。あの、本当にあのイオーサさんですか?」
急に横から声がかかる。
知らない男がそこにいた。シャトルバスに乗り込む列から、抜け出して来たようだ。
イオーサは、そっちを見る。
「あのって、どの?」
「鈍そ……えっと、アステロイドレースのチェイサーだった……」
「ああうん。鈍足女王ね。私だよ」
何の話だ? というか、この男は何を知っている?
「イオーサの知り合いなのか?」
「いや、ニュースで見たので、つい……。え、一緒にいたのに知らないんですか?」
「見てないぞ。何の話だ」
「これですよ、これ」
男は、端末の画面を俺に見せる。
そこには大手ニュースサイトのトップ記事が表示されていた。
『鈍足女王、電撃引退!? アステロイドレースのイオーサ。一度も一位を取らないまま、チェイサーを引退!』
俺はイオーサの方を見る。
「おまえ、結構な有名人だったのか?」
「まあ、120年もやってれば、それなりには?」
イオーサはちょっと得意げにほほ笑んだ後、男の方に言う。
「ごめんね。引退しちゃった」
「それはいいんです。なんと言うか、危険な競技でしたからね。無事なまま引退できて、よかった。お幸せに!」
男はそれだけ言って、シャトルバスへと乗り込んでいった。……お幸せに?
待合室から人が消える。残されるのは、俺とイオーサとノーラ。
ノーラは、何かぶつぶつと口の中でつぶやいている。出遅れた、とか。アイドル性まで、とか。勝てない、とか。
しかもイオーサに恨みがましい視線を向けている。
大丈夫だろうか?
「あっ、あのだな。お土産と昇進のお祝いを兼ねて……」
俺が声をかけようとすると、それを遮るように、ノーラはイオーサに指を突き付け、叫んだ。
「決闘よ!」
〇
待合室で立ち話も何なので、近くの喫茶店に移動した。
三人でテーブルを囲み、コーヒーを飲む。
イオーサとノーラは、やや険悪な感じだった。
仲良くして欲しいんだが……。
よくわからないが、イオーサとノーラが決闘するらしい。
どうしてこうなった?
ノーラが勝った場合、イオーサは二度と俺に近づかない。
イオーサが勝った場合、ノーラは俺の部下になる。
それが決闘の条件だ。
うむ。全く意味が解らん。
とりあえず、理解できる範囲から質問してみよう。
「ノーラが俺の部下になるって言うのは、どういう意味だ」
俺が聞くとノーラは答える。
「近いうちに、あなたは、セラエノに新しい基地を建てに行く。その時の輸送船の護衛は私の艦隊が担当する事になったわ」
「そうなのか?」
「現地に到着した後も、しばらくは警護するけど。基地が完成した後の、駐留艦隊はまだ確定していないわ。その担当に私が立候補する。その要望は100%通るはず。部下になるというのはそういう意味よ」
「なるほど」
いくら軍隊でも、好きに命令を出せるわけではない。
俺とノーラは指揮系統が違うからだ。勝手に命令を出したら越権行為になる。
しかし、俺とノーラがセラエノに固定されるなら、指揮系統も更新される。
俺は少佐でノーラは大尉だからな。部下、と言えば部下だ。
「いいのか? それをやると、永遠に俺の階級を追い越せなくなるぞ」
「どうかしら? 私が負けたら、そうなるかもね」
ノーラは涼しい顔で言う。
勝てる自信があるから決闘を申し込んだ、という事だろう。
「どちらかと言うと、おまえが勝った時の条件が理解できないんだが……」
イオーサは俺の所有物と言うわけではない。
だが、一応、引き取った以上、イオーサの面倒を見る必要もある。
なんで、無理やり引き離そうとするんだ? そんな事して、イオーサはこれからどうするんだ。意地悪することないだろ。
「イオーサの何がいけないんだ?」
「さあね……自分で考えなさい」
ノーラは嫌々と首を振る。
「この唐変木」と呟いたようにも聞こえた。
唐変木とは、偏屈で気が効かない人、という意味のはず。イオーサは、別に気が利かない風には見えないが?
いや、もしかして俺が悪いのか?
俺がイオーサに無理やり言う事を聞かせていると思われているのか?
それなら、誤解を解いておきたいのだが……。
一方、イオーサは決闘を受ける気らしい。
「決闘って何すんの? 殴り合いとか? 剣? 銃?」
「艦隊戦よ。シミュレーターでね」
妥当な所だ。
だが、それはノーラに有利すぎるのではないか?
「そちらも練習したいだろうし、決闘は三日後でいいかしら? 細かい条件は、後でメールするわ」
ノーラは言い捨て、ツカツカと足音を立てて歩き去った。
怒ってるなぁ。おかげでプレゼントを渡し損ねたぞ。
「練習って、どんなことをするの?」
「そうだな……、艦隊戦用シミュレーターの使い方はわかるか?」
「……わかるわけないじゃん。使ったことないんだから」
「だよな。俺が教える」
三日でか。基本操作を覚えるぐらいなら、なんとかなるかもしれない。
しかし、ノーラは小規模の艦隊とはいえ指揮官。文字通り、艦隊戦のプロだ。
素人の付け焼刃で勝てる相手ではない。
「まあ、あんまり気負わずに行こう。負けても大した害があるわけじゃない」
「ううん、私は絶対勝つ」
イオーサは拳を握る。
「ここで負けたらダメだもん。私に大金を払った事、後悔させないから」
「それとこれとは関係なくないか?」
おまえの価値は、他にもいっぱいあると思うが。