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海賊王の虎視眈々


「やれやれ、やっと帰ってくれたか」


 庭園のような部屋で、一人の少年……のような外見の男が呟いた。

 ロッセルが警備員のリーダーだと誤解した男。もちろん、警備員などではない。

 マルクス商会のトップよりも、権力を持っている。


 その室内は、無駄に金がかかっていた。

 男のいる場所を囲むように、水が張られ、その外側には本物の樹木が並んでいる。

 もちろん、ここはベガスステーションの中だ。


 パシャリ、と水音がした。水面の上に、メイド服を着た少女が立っていた。

 目を閉じ、胸に手を当て、主に挨拶する。


「戻りました」

「お疲れ様。お茶でも飲む?」

「いただきます」


 メイド服の少女は水面を歩いて、中央の台に上がってくる。

 男が空中で指を振ると、天井から降りてきたロボットアームが、テーブルと椅子を置き、カップやお茶菓子を並べた。

 ポットにお湯を注いで紅茶を入れ始める。


 空中には、モニターもぶら下がっている。

 モニターには、ベガスステーションから去っていく輸送船が映し出されている。

 ロッセルとイオーサも、それに乗っているはずだ。


 メイド服の少女は、それをちらりと見る。


「よかったのですか? 帰してしまって……」

「え? 何がいけないの?」

「マルクス商会から、苦情が届いています。「なぜ鈍足女王を手放したのか」と……」

「身勝手な人だなぁ、それは無視していいよ。こっちは自分の「商品」を適正価格で売っただけだし。それで困るようなら、先に自分で買い取っておけばよかったのにね」


 少年のような男は、ニヤリと笑う。

 男の正体は、ターナー・ギンガ・ミルキーウェイ33世

 人呼んで、海賊王。

 ミルキー海賊団の最高司令官だ。


 ミルキー海賊団。

 名前こそ、キャンディーのようだが、侮ってはいけない。

 宇宙戦艦ランキングの上位100位に入る戦艦を20隻も保有し、人類圏では、帝国軍の次に大きな軍事組織だと言われている。


 ターナーにとっては、マルクス商会など、数ある取引先の一つでしかない。

 多少の不満など知った事ではなかった。

 それに……、マルクス商会が倒産するかもしれない巨大なリスクを取り除いてあげたのだ。感謝されるならともかく、恨まれる意味が解らない。


「いや……、そこで感謝できない程度には無能なのかな。ま、その程度って事だね」

「どういう意味でしょう?」

「イオーサの生存に賭けられてた金額、いくらだと思う?」

「およそ5億クレジットだったかと」


 人口十万人が暮らす宇宙ステーション。その年間予算に匹敵する。

 そんな大金が、イオーサが出場するたびに動いていた。月に一度、年に十二回だ。

 アステロイドレースを管理するミルキー海賊団にとっては、悩みの種だった。


 イオーサは、あまりにも長く生き残りすぎた。

 そして「絶対に死なないチェイサー」と認識されてしまった。


 これが、投資家視点ではどうなるか。

 レースで死人が出なければ、金はそのまま帰ってくる。

 レースでイオーサ以外の誰かが死ねば、金が増えて戻ってくる。


 つまり一次的に大金を預けるだけで、簡単に儲かる。

 結果として、イオーサ生存には、わけのわからない額の金が賭けられるようになった。


 それはいい。

 イベントの活性化はターナーも望むところだ。

 おかげで他のチェイサーにも金が賭けられ、全体としては潤っている。


 だが、イオーサも人間だ。いつかつまらないミスを犯して死んでしまうかもしれない。

 そうなれば、数千人の投資家がロケットエンジンの炎に飛び込む事になる。

 マルクス商会のトップもその筆頭だ。


 そして、それ以上に、ターナーが恐れていた事もあった。


「もしイオーサが、この構造に気が付いてしまったら……自分が、レース中に自殺するだけで、大恐慌を引き起こせる事に気づいてしまったら……」


 もちろん、アステロイドレースで金が動けば動くほど、海賊は儲かるが……

 いくら稼いだところで、その金で買える物がなくなっていたら意味がない。


 ターナーは、この数年、アステロイドレースを中止にするかどうか、真剣に悩んでいた。

 だが、それはできなかった。マルクス商会が反対するからだ。


 マルクス商会だって、これが危険だとわかっているだろう。

 しかし「他の人はこれで儲けている」という事実から来る焦りで、正しい判断ができなくなってしまう。


 ところが、イオーサが、正面から自分の足で出て行ってくれるという。

 おかげで、ほぼ全ての問題は解決した。

 マルクス商会からの小言など、知った事ではない。


 ロッセルが面会を言い出した時点で、理由をつけて押し付けようかと計画していた。そしたら、ロッセル自身が引き取ると言い出した。おかげで、大金までぶんどれた。

 とてもいい取引だった。ターナーに都合がよすぎて、何かの罠を疑ったぐらいだ。


「同郷の好とはね。なかなか侮れないもんだ」

「ブラッドは性格こそ悪い物の、それがうまく作用したみたいですね」

「その結果が「ここはクソだ」か。いやいや、全くその通りだ。笑えてくるね」


 お茶が入った。

 ロボットアームが、二つのカップに紅茶を注ぐ。

 ターナーは、輸送船の映像を消すと、メイド服を着た少女の方を見る。


「それで? 例の件は本当にバレてない?」

「はい。問題ありません。特にイオーサを引き取ってからの行動は、民間メディアからも監視されていましたからね」


 鈍足女王、引退。

 その情報は、光の速さで裏社会に広がった。

 ロッセルは知らない間にパパラッチに追われていたのだが……、何も知らずに観光を楽しんでいた。

 あんな目立つ動きをするスパイなど、ありえない。

 途中で姿をくらますこともなかった。


「私は、輸送船の出航まで可能な限り張り付いていましたが……。裏方に入り込もうとはしていません。他の軍人と接触した様子もありませんでした」

「まっしろだね」

「はい。我々の計画を察知して、調査しに来た……などという事は、全くありませんでした」

「このタイミングで宇宙軍少佐は怖いからね。最大限に警戒しちゃったけど、大事に至らなくてよかったよ」


 ターナーはニヤリと笑って、紅茶をすすった。

 メイド服の少女はクッキーを手に取る。


「これは、お土産用のクッキーですね。ロッセルが買っているのを見ましたよ」

「別にここで食べたっていいだろ。実際おいしいんだから」


 二人は、もそもそとクッキーを食べる。


「……でも、本当によかったのですか? ロッセルを帰してしまって」

「うん? 他に選択肢があったかな?」

「誰か……例えば、ブラッドに命じれば、あの輸送船を沈める事は可能だと思いますが?」

「いやいや。なんでそんな物騒なの? 殺さないよ。こういうのはね、何事もなく、何も気づかれず、普通にお帰りいただくのが、一番いいんだから」


 軍人が死んだら、軍の調査が入る。

 海賊同士で抗争を始めようという時に、そんな横やりは困る。


 ターナーは、カップを静かにテーブルに置いた。


「それで? 肝心の、アルパカ海賊団は何をしてる?」

「スパイが三名、ベガスステーションに入り込んでいます。今は、イオーサ関連の情報収集に集中しているようです。殺しますか?」

「泳がせよう。少なくとも、出航の直前までは」

「わかりました。常に位置を把握しておきます」


 出航は、遅れてもせいぜい三日後だ。それまで無駄なあがきをすればいい。

 そういう意味でも、ターナーはロッセルに感謝していた。

 こんな時期に、無関係かつ対応不要の大騒ぎを起こしてくれるなんて。


 これで、アルパカ海賊団は、情報戦で大きく出遅れる事だろう。

 ターナーは酷薄な笑みを浮かべる。


「さあ、略奪を始めようか」


おかしい、建築スキルの出番が……ない?

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