神、呆れてため息をつく
俺とイオーサが乗った、ゴンドラは、建物と建物の間を通る水路をゆっくりと進んでいた。
ここは、ベガスステーションだ。宇宙ステーションの中のはずなのだが……。
宇宙ステーションの中に、水路があるのだ。
まるで惑星上であるかのように、屋外っぽく作られ、天井には空も描かれている。
金のある観光地ってのは、恐ろしい。
俺は、周りの景色に圧倒されていたが、イオーサは、むしろゴンドラの方が気になるようだった。
「船ってさ、こんな穏やかな物もあるんだね」
「そりゃあるだろう」
観光用だからな。レース用とは何もかもが違う。
ゴンドラの終点で降りる。
この辺りは、ショッピングモールになっているらしい。
「実は、買い物をしたいんだ」
「うん」
「ノーラに、昇進のお祝いを買って行きたいんだが、何を選べばいいかわからなくてな。選ぶのを手伝ってくれ」
「いいけど、どんな人?」
「どんな人と言われてもな……」
俺はイオーサに、ノーラから昇進祝いを貰ったことなどを説明する。
「その人、ロッセルさんの恋人なの?」
「え? いや、そういうんじゃないぞ」
「ふーん?」
イオーサは何か言いたそうに俺の顔をじろじろと見つめ、俺に腕を絡めてくる。
「イオーサ?」
「ほら、行こうよ。ノーラさんとは、いつ会ったの?」
やや引っ張られるようにして歩く。
「ずいぶん昔だな。あいつが入隊した直後ぐらいじゃないか?」
「長い付き合いなんだ?」
「まあな……」
「じゃあ、ここかなぁ」
イオーサが選んだのは、アクセサリーの専門店だった。
「ここ、予算的にどう?」
「まあいいんじゃないか」
ネクタールの値段を調べたら、500クレジットぐらいするらしい。お返しも兼ねているので、最低でもそれと同じぐらいの価値の物が必要だろう。
「これとか、良さそうな気がする」
「そうか? おまえ、試しにつけてみてくれ」
イオーサが選んだのはブレスレット。金属の腕輪で、半透明のクリスタルが嵌っている。
俺はイオーサに試着させてみる。
イオーサは調子に乗っていろんなポーズをとる。
「なるほど。いい感じだな」
「これ、このまま買っちゃう?」
「いや、ノーラは……こっちの方が似合うような気がするな」
俺は、石が緑色の物を選んだ。
イオーサは、上目遣いに俺を見る。
「あ、あのさ。私にも同じの買ってよ。クリスタルは色違いで」
「ん? いいぞ。何色にする?」
「赤がいい」
〇
その後も、俺とイオーサは、ベガスステーションのあちこちを回って、おしゃれなレストランでディナーを食べてから、ホテルに戻って来た。
ホテルの部屋には、大きなジャグジーがあった。窓から夜景……リアルに作られた映像だと思うが……が見れる。
俺とイオーサは、水着を着てそれに入る。
イオーサは疲れたのか、眠そうな目で夜景を見ている。
「今日は、楽しかったぁ」
「ああ」
「120年も、ベガスにいたのに、こんな所だなんて知らなかった」
「そうか……」
表と裏ではいろいろ違うからな。
「名残惜しいか? 一応、明日の船を予約してあるけど、もう二、三日、延期する事もできるぞ」
「惜しくは、ないかな……」
「そうか」
どちらかと言うと、嫌な思い出の方が多いのだろう。
「ねえ。そんなことよりさ、ノーラってどんな関係の人なの?」
こんなこと聞いてもいいのかな、という躊躇いを感じた。
「昼間も話しただろ? どんな関係でもない。ただ、昔からよく顔を合わせるってだけで……」
「本当に? 恋人とかじゃないんだ?」
「ああ」
何でそんな事を気にするのだろう。
「そもそも、ロッセルは、恋人とかいるの? あるいは結婚してるとか?」
「ないって。恋人なんかいたことないさ」
「ふーん?」
「いけないか?」
「別に。ただ、もったいないなぁ、って思って」
「もったいないって、何が?」
「……、うりゃっ」
イオーサは急に抱き着いてくる。
「な、なんだよ」
「にゃー」
わけがわからない。
俺の両手は、置き所なく、宙をさまよう。イオーサは、全身どこも柔らかい。
いや、自分から抱き着いて来るぐらいなら、別にいいか、と思い、俺もイオーサの背中に手を回す。
俺とイオーサは、抱き合ったまま、しばらくぼんやりとしていた。
「おまえ、寝落ちしそうだぞ?」
「うん……そうだね」
風呂を上がる。
イオーサは、体も拭かずにふらふらと歩き、ベッドに倒れ込む。
「あ、待て待て、濡れたままはダメだろ」
「うーん?」
イオーサは、ボーッとした表情で立ちあがって考えた後、その場で水着を脱ぎ捨て始める。
寝ぼけているのか、平然と素っ裸になってしまった。
「お、おい……何か着ろよ」
俺はあまり見ないようにしながら、タオルで水気を拭いた後、バスローブを羽織らせた。
イオーサは、うみゅーん、とかわけのわからない鳴き声を上げながら、俺に抱き着いてくる。
俺は戸惑いながらも、軽く背中を叩く。
「よ、よしよし。でも、こういうのはダメだぞ。俺だって男なんだから……」
返事はなかった。腕の中からすうすうと寝息が聞こえる。
今日は、一杯楽しんで疲れただろうからな。
よし。俺も寝るか。
〇
気が付くと、真っ白な部屋にいた。
目の前には、頭にビルの模型を乗せた女性がいた。建築の女神だ。
つまらなそうな顔で、ゴチャゴチャした飾りがついた杖を素振りしている。
「えっと、なんで呼び出されたんでしょうか」
俺が聞くと、建築の女神は振り返った。
なぜか呆れているように見えた。
「さあて、どうしてでしょうね。ああ、それ、使い方わかりますか?」
女神が何かを指さす。
いつの間にか、そこにはテーブルがあって、何かの機械が置かれていた。
あれは映画で見た事がある。電話機だ。
プルルルルルルル
着信音が鳴った。受話器を持ち上げる。
これは顔の横に当てるんだっけ? なんて上と下が同じ形なんだ? 向きはこれでいいんだよな?
「はああああああ……」
相手は、開口一番、わざとらしいため息だった。
艦隊指揮の神だ。
何かお説教の気配を感じる。
「どうしてこんな事になったのかな。私の指示が不完全だったのだろうか?」
「俺が、何か、しましたでしょうか?」
よくわからないが、俺の行動が神の不興を買ってしまったようだ。
まずいぞ。どこで失敗した?
何一つ、悪いことはしていないと思うのだが……
「前回、私は言ったはずだ。女を買え、と。確かに言った」
あっ……、はい。そんなのもありましたね。
決して忘れていたわけでは……ないとも言い切れない。
これは、うっかりしていた。ベガスに来たのは、本来、そういう目的だった。
それなのに、到着早々アステロイドレースを観戦し、イオーサのことでゴタゴタしていて……気が付いたら、こんな状況になっていた。
滞在をもう一日延ばすか? いや、イオーサになんて言うんだ、どう考えても無理だ。
「そして何かね? 君は、文字通り女を買ったというわけだ。文字通りにだよ」
「……」
「はああああああああ……」
何か言わなければいけない、そう思った。
しかし、言葉が出てこなかった。
艦隊指揮の神は、乾いた声で俺に問う。
「私は、どうしたらいいんだろう? 笑えばいいのかな?」
本当にすみません。