表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/30

奴隷売買契約

 イオーサはよろよろと自室に戻り、宇宙服も脱がずにベッドに倒れ込んだ。

 初めて2位を取り、スタッフがあれやこれやと褒めてくれたが……。

 食事をとる気にすら、なれなかった。


「私は、何をしようとした……」


 ボワンゾを、ミサイルで撃とうとした。

 どういうタイミングで撃てば相手が避けられないかは、嫌と言うほど知っていた。今まで全部のミサイルを避けてきたのだから。


 ボワンゾを撃墜し、ナリタからの攻撃を避けて、ゲートを潜れば、1位だ。

 イオーサは、自分にそれができたと確信していた。

 ただボワンゾを殺す覚悟を決めればいい。それだけだった。


 たったそれだけで、最悪に落ちてしまう所だった。


 最後の直線で、イオーサはモニター越しに観客席を見ていた。

 海賊コスプレの男が叫んでいるのを見て、ボワンゾが攻撃態勢に入ると確信した。


 海賊コスプレの隣にいた男。

 イオーサは、あれが自分に2000クレジット投じた人間ではないかと、根拠もなく思っていた。

 イオーサは、ボワンゾに狙いをつける時、その男の顔を見ていた。

 もし、あの男が「撃て」と意思表示をしていたら、イオーサは迷わず撃っていただろう。


 だが、やめろ、と言っているように見えた。

 だから撃たなかった。


「……って、んなわけないか」


 結局は、自分がビビっただけ。イオーサはそう結論付けた。

 重い体に力を入れて、どうにか起き上がった。宇宙服を脱ぎ捨ててロッカーに放り込み、その下に着ていた服は床に脱ぎ捨て、シャワーを浴びる。

 しばらく湯に当たっていると、ぐちゃぐちゃだった頭もすっきりしてきた。


 途端、AIが告げてくる。


「イオーサ・ミュリア。あなたに面会依頼が入っています。名前はロッセル・バイスト、受けますか?」


 知らない名前だ。受ければ、多少はお金を受け取れるが、イオーサは、基本的にその手のやりとりは断っていた。


「適当に断っておいて」

「承知しました。それと、あなたに花束とケーキと野菜ジュースが届いています」

「花束はいつも通り、宇宙空間に捨てといて。待って、ケーキって言った?」


 花束は、マルクス商会からだ。

 マルクス商会は、イオーサが生存する、に滅茶苦茶な大金を投じているらしい。

 そしてレースで死人が出て追加配当が出ると、喜んで花束を贈ってくる。

 今回の死亡は四人。特に、カーチスとネーブルが死んでいる。向こうも大儲けだろう。


 そんな花、見たくなった。

 それでも花に罪はない。だから、死んでいったチェイサー達に献花するつもりで、宇宙に放流させている。


「花束は二つあります。一つはマルクス商会から。もう一つは、ロッセル・バイストからです」

「ロッセル? 誰それ? ……あ!」


 イオーサは、慌ててシャワーを止めた。


「待って! そいつの顔写真とか見れる?」


 壁の一角に表示されたのは、イオーサが予想した通りの顔だった。

 イオーサは、はぁ、とため息をつく。


「ケーキと野菜ジュースも、ロッセル・バイストからです」

「わかった。こいつがくれた物は部屋に運んどいて。マルクス商会からの花束はいつも通りに」

「承知しました」


 イオーサは、髪から水を滴らせながら、シャワールームを出る。

 体の水気を落として、適当な服に袖を通した頃、部屋にロッセルからの贈り物が運ばれてくる。


 花束は、シンプルにバラの花。ケーキは、ラストベガスの有名店の物。

 そして野菜ジュースは、イオーサがプロフィール欄に書いておいたものだ。


「あんな適当に書いたもの、信じちゃって……」


 イオーサは、くすくす笑いながらケーキを食べる。甘かった。


「そうか、ケーキって、こんな味だったんだ……」



 レースの翌日。

 俺は、イオーサと面会ができる事になった。

 手続きは簡単、申し込んで金を払うだけ。金額は、安くはないが、イオーサ生存で払い戻された分とほぼ同じだった。ここで使ってしまおう。

 もちろん先方の同意も必要で、一度は断られたのだが、その直後に了承の返事が来た。中で何かあったのだろうか?


 ベガスステーションの中を、あちこち移動させられた挙句、妙な部屋にたどり着いた。

 厳重な身体検査を受けてから、部屋に通される。

 部屋の真ん中にテーブルがあって、両側に椅子。警備員が、数人、壁際に立っている。

 紳士服を着て、一見非武装に見えるが、丸腰という事はないだろう。


 警備員の中に、少年のような小柄な男がいた。

 そいつだけ立ち位置が少し違う気がした。


 椅子に座って待っていると、向かい側の扉から、赤いドレスを着た少女が出てくる。

 イオーサだ。


「ど、どうも」


 俺は、気後れしてしまって、そう言う事しかできない。

 イオーサも、緊張したように硬く微笑む。


「はじめまして。ええと……私に、何を望むのかしら?」


 いきなりそんな風に言われる。

 何を望むって……特に何も望んではいないが……。じゃあ、俺は何で面会依頼を出したんだ?

 いや、アレだな。ここですべきは、アレの話しかない。


「なあ。サイクラノーシュの出身だというのは、本当か?」

「えっ?」


 イオーサは目を丸くする。


「ええ、本当だけれど……それが?」

「実は、俺もなんだ」


 サイクラノーシュは、俺の生まれ故郷の惑星だ。

 そして120年前、テラフォーマーの暴走により、滅びた。

 惑星中の全ての炭素化合物が、装置に吸収されてしまったのだ。全ての動植物、石灰岩、二酸化炭素、もちろん人間も。

 200年前、軍に入ってからは、殆ど帰っていなかった俺が難を逃れたのは、運が良かっただけだ。


 あの瞬間に惑星上にいた全ての人間は死んだ。

 そして今も、着陸どころか接近すら許可されていない。


「そう、なんだ? どのあたりに住んでた?」

「ヒペリオの中央区だ」

「へぇ……私は、テレースに住んでいた。50歳までだけど」

「どうして無事だったんだ?」


 あのテラフォ災害が起きる直前まで、住んでいたことになる。直前に引っ越したとか、そういう事だろうか?

 イオーサはため息をつく。


「私の両親は、ちょっとした会社を経営してたんだけど、何かの取引で失敗したとかで、凄い額の借金を作って……自殺しちゃって」

「う、うむ」


 思った以上に重い身の上話が始まった。


「それで、私は、気づいたら、借金を返すために働かなきゃいけないことになってた、らしい」

「らしい?」


 何かがおかしいのでは、と思っていると、警備員の一人、少年のようにも見えるやつが、出てくる。

 ここのリーダーだろうか? 


「失礼ながら、口を挟ませていただきます。契約は全て合法的に行われました」

「本当に?」

「当然です。こちらの資料によれば、当時のミュリア家の資産状況は、非常に悪化しており、借金の担保にできるような物は一人娘のイオーサしか残っていませんでした」


 だからさ、人間を担保に使うのが本当に合法なのか、って聞いてるんだけど?

 まあ、どこかの法律では有効なんだろうな。そうじゃなきゃ、こんな奴隷みたいな扱いを、堂々と120年も続けていられるわけがない。


「そういうわけで、私は合法的に誘拐された。……こことは別の場所に、チェイサーの育成所みたいなのがあるんだけど、そこについて、初めて聞いたニュースが、テラフォ災害だった。運がよかったね、って言われたっけ」


 イオーサは、ひきつった笑みを浮かべる。

 俺はイオーサの方に手を伸ばす。

 イオーサはちらりとその手を見て、一瞬腕を上げかけたが、テーブル越しでは手を伸ばしても届かないと思ったのか、行動には移さなかった。

 俺も腕を引っ込める。


「今は、幸せか?」

「さあ? どっちでもないかな」

「自由に、なりたくないのか?」

「それは……でも、借金があるから」

「それは、120年働いても、返せないような金額か?」


 イオーサは、警備員リーダーの方を見る。


「ねえ、私の借金、あとどれぐらいだっけ?」

「およそ400万クレジットです」


 かなり大きな家が建つな。

 大金、と言えば大金だ。俺の年収、40年分ぐらいだ。いや、階級が上がったから昇給もするだろうし、37年分かな?

 200年の間、溜まる一方だった貯金を崩せば、余裕で支払える。


「俺が、それを建て替える、って言ったら、どうなる?」

「イオーサはあなたの物ですね」

「物って……奴隷売買は禁止されているだろう」

「奴隷ではありません。独占的無期限専属雇用契約です」


 なんかゴチャゴチャした法律用語が出てきたが、それは奴隷と同じだろ。

 イオーサは、戸惑っているようだった。


「一応、本人の意見を聞きたい。どう思ってる?」

「私は……ここで、ずっとレースをして、死ぬんだと、思ってた。でも……もう一度、外に行けるなら……」


 イオーサは泣くのを我慢しているようにも見えた。

 警備員リーダーは、俺の方を、虫か何かのように見る。


「お金があればいいという物ではありませんよ?」

「なら、何が必要なんだ?」

「覚悟はあるのですか? 彼女を幸せにする覚悟が」


 警備員のくせに、随分と首を突っ込んでくるな。こいつは、雇い主の意向とか気にしないタイプなのか?


「少なくともここよりはマシだ」

「大金を払ってまで助けたいと思う理由を聞いているのです。こう言っては何ですが、女なんて、他にいくらでもいるでしょう?」

「あんただって、レースを見てたらわかるさ。こいつは、あそこに居てはいけない種類の人間だ」

「……あなたが、観客席にいる人たちと、趣味が合わなかったように?」


 よく見てるな。こいつ、昨日の会場のどこかにいたのか?


「ここは、いくらなんでも趣味が悪すぎる。人間の心を持ってたら、耐えられないだろ」

「……あなたは、我々が人の心を失っていると、そうおっしゃるのですか?」

「あー、いや。気を悪くしたら謝るよ。言い方が良くなかったかもしれない。けど……」

「けど?」

「主張の本筋を変えるつもりはない。ここは、クソだ」

「……」


 俺と警備員リーダーは、数秒の間、無言で睨み合った。


「わかりました。では、この書類を全て熟読したうえで、問題なければサインをお願いします」


 警備員のリーダーが、懐から何かを取り出しテーブルの上に置く。

 20枚ぐらいの紙束だった。

 一つ一つ読んでいく。イオーサの引き渡しに必要な契約書類のようだ。


 すげぇな。紙の書類なんて、軍に入隊した時ぐらいしか見たことないぞ。

 しかも今日の日付が入っている。……え? どうなっている?


「ちょっと待て? この書類はなんだ? 何で用意してある?」

「必要になると思ったので」

「いや……、なんであんたが持ってくる?」


 何かがおかしい気がしてきた。


「俺はあんたを警備員だと思っていたが、もしかして違った?」

「法律書類を作成できる資格を持っている、とだけ答えておきます」


 え? この書類、おまえが作ったのかよ?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ