アステロイドレース、後
レースジェットが走り出し、窓で見える範囲から消えていく。
代わりに、スクリーンが、宇宙空間を走るレースジェットを映し出す。
観客席は異様な盛り上がりを見せている。
「いけぇ、やっちまえぇ」「ぶっころせぇ」「頼む頼む頼む頼む……」
俺にはこいつらの考えが一ミリも理解できなかった。
ブライアンが、俺をつつく。
「なんだよ、しけた顔して。ノリが悪いやつだな」
「いや、想像してたのと、違うような気がしてな」
レースかと思ったら、ほとんど殺し合いじゃないか。
こんな物を娯楽だと言われても困る。
俺は、深く考えずにイオーサに賭けてしまったが、大丈夫だろうか?
金の心配ではない。ただ、最後まで生きていてくれれば、それでいいよ。
レースジェットは、いくつかの集団に分かれていた。
少し下の方に移動したジェットが三機。イオーサもその中にいる。
「やる気がないやつは、ああするんだ。攻撃を受けにくくなるが、最短距離から遠のくから、順位争いでは不利になる」
「安全第一だろ」
死んだら終わりだ。むしろ、全員がそう動いて下の取り合いにならないのが理解できない。
やがて、円形のリングのような物が見えてくる。直径は、100メートルほどだろうか?
「あのリングの中を潜らなければ失格だ」
レースジェットは小型だが、それは宇宙船にしては、という意味だ。
横幅は5メートルぐらいある。
しかも速度が速い。二機か三機が一緒に通ろうとしたら衝突もあるだろう。
先頭を行くジェットが、リングを通過する。後続のジェットも続いて行く。
リングを通過した順位が表示された。
イオーサは12位
オッズが一番低いカーチスは4位ぐらいだった。観客席のあちこちから、落胆の声が聞こえる。
「あれはもう、1位になれないのか?」
「まだわからんさ、お?」
ブライアンが身を乗り出す。何を見たのか? 俺もスクリーンを凝視し、気づいた。
ほとんどのジェットは、小刻みに進路を修正しながら進んでいる。
だが、後ろの方にいるジェットが、進路を固定していた。微動だにしない。
まさか? と思った直後、スクリーンがそのジェットからの視点になる。
いや、すぐに高速で前に飛び出した。これは、ミサイルの視点だ。
「やりやがった!」「ミサイルだ!」「当たれぇ」「外してくれぇ!」
観客も気づいたのか、あちこちから歓声が上がる。
ミサイルは、カーチスの操るジェットの横を通り過ぎ、画面がブラックアウトした。
外したのか?
あちこちから、不満そうな声が上がる。
映像が切り替わった。リプレイのようだ。
ジェットの一機から撃ちだされたミサイルが、派手な光を引きながら飛んでいき、カーチス機の真横を通り抜けて、
花火の様にキラキラと色とりどりの光が飛び散る。
攻撃力より演出としての見栄えを重視しているようだ。
「あいつは、もうダメだな」
ブライアンが教えてくれる。
「ミサイルは二発ある。機体の左右にな。その一発を使っちまった」
「いや、何言ってるんだ。推力変更ノズルぐらいあるだろ」
ブライアンは、ミサイルが無くなった分、片側が重くなって機体のバランスが崩れる、と言いたいようだが。
それなら、推力を少し傾けてバランスを取れればいい。普通はオートで調整される。
推力変更ノズル、軍艦なら必ずそれを使っている。いや、民間の輸送船だってそれぐらいはある。
「あんた軍オタか? 意外と詳しいな」
「ま、まあな」
俺はごまかした。
こんな所で、宇宙軍少佐だなんて自己紹介はできない。
「でも、レースには詳しくない。考えてみろよ。あの安物の機体にそんな高級機能が搭載されてると思うか?」
「なんだと……」
推力変更ノズルがついていない船に、武器なんか積まない。撃った後、バランスが崩れて危険だからだ。
いや、普通じゃないか。ここは死者が出るのが当然のアステロイドレースだ。
「ほらみろ、バランスを崩し始めたぞ」
スクリーンの中央では、そのジェットが蛇行し始めていた。どうにか手動で推力を変更して、まっすぐ飛ぼうとしているようだが、そんな微調整すらできないようだ。
そのジェットは、二発目のミサイルを適当な方向に発射して、ようやくバランスを取り戻した。
だが、その間に、他のジェットは先に行ってしまう。
「あれは、最下位だな……いや、まだわからんが」
「あんなに遅れてるのにか?」
「見てな。すぐにわかるさ」
ブライアンはへらへら笑いながら言う。
本当に、すぐにわかった。別のジェットもミサイルを撃ったのだ。
次々に、あちこちで光の花が咲き乱れる。
一機のジェットが、とうとう被弾し、爆発した。
「うぉおおおおお!」「避けろよぉぉお!」「よっしゃぁっ」
興奮する者、嘆く者、そしてなぜか喜ぶ者。
「死人が出れば、儲かるからな」
「人の命は、金じゃあ買えない」
「そう言うなよ。おまえだって得する話だぞ。なんでイオーサを選んだのか知らないが、半分は生存の方に掛かるだろ? そっちの配当金は上がるからな」
「……そうだな」
俺は、今までこのレースのシステムに潜む闇を理解していなかった。
生存の方に賭けるという事は、そいつ以外が死ぬ事を望むのに等しい。
いや、1位になる方に賭けるという考えが、そもそもマズイのではないか? だって、1位になるって事は、他のやつを蹴落とすって事だろ? ミサイルとかを使って……。
俺は、イオーサが無茶をしないでくれる事を祈った。
レースは続く。
進路の先に、何かジャガイモのような物がいくつも浮いていた。直径500メートルぐらいある巨大なジャガイモだ。
「あれは?」
「小惑星だ。もちろん本物じゃないぞ。ハリボテだ。ぶつかったら即死だけどな」
避けていく、と言うわけにはいかない。
アステロイド地帯の真ん中に、円形のリングがある。あれを通らなければ失格だ。
後ろの方を飛んでいたジェットが、ミサイルを撃った。一機ではない。三機が連携して六発のミサイルを撃ち込む。
なんだあいつら、裏で繋がってるのか?
ミサイルは、小惑星のハリボテに全弾命中した。
ハリボテが砕け散り、広範囲に残骸がまき散らされる。
何機かのジェットが急制動をかけた。だが止まりきれない。一機が残骸に突っ込んで爆発した。
「何やってんだー」「くそっ、ルーキなんかに賭けるんじゃなかった……」
ほかのジェットは、細かい制動をかけて破片をよけながら進む。
カーチスはすごかった。ほとんど減速せず、破片が一番多い地域に突っ込んでいく。ネーブルも別の隙間を見つけて、突入していった。
ある意味、イオーサも凄い。カーチスが通ったルートを正確になぞって、突破する。
ジェットの全てがアステロイド地帯を潜り抜けた時点で、観客席は落ち着いてきた。
今の順位は、1位がカーチス、2位がネーブル、3位がボワンゾ、4位がイオーサ、5位ナリタ……。
「やっぱりカーチスか」「ボワンゾって誰だよ」「鈍足女王が4位まで上がってるぞ……」
ブライアンも、うんうんと頷いている。
「あとは、ゴールまで行くだけだな。順位はそんなに変わらない」
「つまり、やっと終わりか」
「そうとは限らんさ。ほとんどのジェットは最後までミサイルを温存するからな」
ゴール前、最後のリングが見えてきた。
このままいけば、カーチスが1位になるだろう。だが……
ネーブルが勝負を仕掛けた。カーチスをミサイルで撃ち落そうと、進路固定したのだ。最後のリングを潜る一瞬、避けられない。
「あっ、あっ、バカ! 何やってんだあいつ!」
これで俺も理解した。ブライアンはネーブルの方に賭けていたのだ。
例え一位になれずとも、せめて生還すれば、金の一部が払い戻されるからな。
ゴール前の直線で、ミサイル攻撃するために進路固定。
そんなの後ろから見たらいい的だ。ケツを狙ってくださいって言っているような物だぞ。
ネーブルは、カーチス目掛けてミサイルを撃った。
そして同時に、ネーブルは、後ろにいたボワンゾに撃たれた。
カーチスとネーブルの機体はミサイルが命中し、爆散した。二人とも即死だろう。
だが、俺は別の所を見ていた。
イオーサも、機体を進路固定していたのだ。
そして、5位を走るナリタにミサイルを撃たれた。
イオーサは、ミサイルを撃たなかった。ナリタに撃たれたミサイルを最小限の動きで避けて、リングを通過する。
1位ボワンゾ(52.4)、2位イオーサ(9999.9)、3位ナリタ(16.5)
その後は、特に波乱もなく他のジェットがリングを通過していく。
レースは終わったが、会場は大荒れだった。
本命と対抗が死亡。オッズ52.4のボワンゾが1位。
主催者は頭を抱えているだろう。
「はっはっは。四人も死んだか、記録更新だな。金は戻ってこないが、生で見れてよかったよ」
俺の隣で、ブライアンが楽しそうに笑う。
俺は今すぐ帰りたくなってきた。
だが、船は明日までないし、やる事もできてしまった。
なんか予定の三倍ぐらいかかってしまった
次回、やっと主人公とヒロインが顔を合わせます!