エピローグ
ベッドで眠りについたことまでは覚えている。
気が付くと、俺は真っ白い部屋にいた。
これは、見覚えがあるような気がするんだけど、なんだったかな。
「私の領域ですよ」
頭にビルの模型を乗せた女性がいた。
「誰……あ、建築の女神様でしたね」
忘れてた。そんなのもいたな。
「む? さてはあなた、私の事を忘れていましたね」
「とんでもない。ほら、俺だって最近はいろいろ建築していましたよ? 明日からも建築建築です。女神さまのお世話になりっぱなしですよ」
「……まあいいでしょう」
建築の女神は、咳払いする。
「あの、今回は何の用でしょう?」
「特に用はありませんが、いい機会だと思ったので様子を見に来ました。これからも建築に励むように」
「もちろんです」
仕事だからな。
言われなくたってやるとも。
「あなたが今いる地域は、もうすぐ、人類にとって重要な土地になります。その時に、あなたの建てた基地が拠点となるのです」
「本当ですか?」
まあ、今までの支配地域から100光年以上離れた恒星系に、いきなり新しい基地を作りに行くのも妙な話だ。
軍の上層部が、何を見て判断したのかは知らないが、何か理由があるのだろう。
それも、1年や2年ではなく、100年単位の長期的な展望が……。
俺の立場で考えても、仕方ないことだがな。
「神なのに、人間ばかりを贔屓していいんですか?」
「見ての通り、私は人間専用の神なので、人類が滅んでしまうと困るのですよ」
「そうですか」
そして建築の女神は、思い出したように言う。
「それと、マリエアは大切にするように」
「は?」
言われなくてもそうするつもりだが……なんで建築の女神がそれを言う?
「マリエアは、建築系のスキルは持ってないと思いますが、そのうち発現するんですか?」
「いえ、それはないと思います。というか、あれは私ではなく……別の神の領分なんですけど……」
また別の神が?
「なんで、いつも伝言役を押し付けられてるんですか?」
「あなたが他の神と親和性が低すぎるからです。私も困ってるんですよ。なんなんですか、本当に……」
「……すみません」
とりあえず謝ってしまうが、なんだか納得がいかない。
「ところで、つかぬ事をお聞きしますが……艦隊指揮の神様は、今日はいらっしゃらないのですか?」
俺が言った途端、建築の女神は遠くに視線を移す。
「ノーラは凄かったですね。300隻の艦隊で1500隻の海賊に挑んで、被害ゼロ、撃沈650、残りも逃亡。海賊側の練度が低く混乱状態にあったとは言え、並大抵の人間にできることではありませんよ」
「そうでしょう。艦隊指揮の神もお喜びでは?」
「ノーラを激励に行った可能性はありますね。しかし、なぜあなたの所に来るのですか?」
「ぐぬぬ……」
〇
「まさか、カルナバルが負けるとはね。これはアルパカ海賊団も終わりかな」
庭園のような部屋で、一人の少年……のような外見の男、ターナー・ギンガ・ミルキーウェイが呟いた。
ベガスステーションの秘密の部屋。
中央の台座を囲むように水が張られていて、その外側には本物の木が生えている。
天井からアームが伸び、その一つにモニターがぶら下げられている。
その画面には、セラエノ星系で行われた艦隊戦の様子が映し出されていた。
「なんだろうね。戦況をひっくり返したこれは、軍の新兵器かな……」
巨大戦艦アスカロンを一撃で破壊した、謎の攻撃。
その正体がわからない。
ターナーは、軍の所有する兵器の一覧を調べているが、それらしき物は見当たらない。
開発中の兵器に、こんな効果を持つ物があるとも思えない。
仮にあったとしても、そんな物が辺境の未完成の基地に配備されているわけがない。
「何か未確認の要素があるな……何だろう?」
考え込んでいると、背後で、バシャリと水音がした。
ターナーが振り返ると、メイド服を着た少女が腰まで水に浸かっていた。
「あれ? テルメダ? 今日はどうしたんだい、水に落ちたりして」
言ってから、最近二か月ぐらい顔を見ていなかったと気づいた。
メイド服の少女は、ザバザバと水をかき分けながら台座に上がると、苛立ったように服についた水草を払う。
「……あなたが行けと言ったから、仕方なく行ってきたんですよ、アルパカ海賊団の本拠地に」
「ああ、そうだったね。バックドア、仕掛けてくれたんだ。お疲れ様」
ターナーはうっかり忘れていたのだが、そんな事は面にも出さずメイド服の少女をねぎらう。
「酷い目にあいましたよ。本当に、何度捕まると思ったか」
「感謝してるよ……実際、こういうのも見れるようになったし」
ターナーはモニターに映る艦隊戦を指さす。
アルパカ海賊団に仕掛けたバックドアがなければ、現時点では、何か大きな戦闘があった、ぐらいにしか情報が入ってこなかっただろう。
「なんですか、これは……」
「見ての通り、艦隊戦だよ。カルナバルが軍の基地に仕掛けて、負けた」
「何をとち狂ってそんな事を……」
「さあ? 前後のやり取りを見ても、何を考えてたのかわからないんだよね。言葉の端に反乱の兆候があるような気がするけど……親分にケンカを売るならともかく、軍にケンカを売ってて、全然意味がわからなかった」
「……」
「これだけ船が沈むとアルパカ海賊団の活動もやりづらくなるだろうね」
「つまり、縄張りが開くのですね?」
「そうだね。うちが全部持っていけるならいいけど、実際には他の海賊も出てくるからね……」
終わりのない縄張り争いが広がっていくことになるだろう。
そうやって海賊同士が消耗していき、最終的に勝つのは軍。
世界はそういう仕組みになっている。
「で、ナクアの鍵はどうなったんですか?」
「それもよくわからない。アルパカ海賊団は、今も必死に何かを探してるみたいだし」
「ナクアの鍵を探しているのでは?」
「いや……それが、ちょっと違うっぽい。物じゃなくて人を探してるような感じがする」
「誰を?」
モニターの映像が切り替わる。
アルパカ海賊団のメンバー数人が写った写真。その中央に、やや場違いな一人の少女がいる。
「この子どもを探してるみたいなんだけど……知ってる?」
「いえ、私に聞かれましても?」
「だよね。もしかしたら、ここにいるかもしれない。それならカルナバルの行動にも説明がつく」
ターナーは画面を切り替える。
セラエノ星系に建設中の、軍の基地が映し出される。
「というわけで……君さ、今度は軍の宇宙ステーションに潜入してくれない?」
「軍は無理でしょう」
「そこをなんとか」
「……物理的に不可能です。あなたの力で軍の基地にメイド喫茶を開店させる事ができるとでも言うなら、話は別ですけどね」
メイド服の少女は、盛大なフラグを建ててしまったが、それはまた別の話。
とりあえず、第一部完です
ここまでお読みいいただき、ありがとうございました
またね





