アステロイドレース、1
アステロイドレースは、俺の常識を超えた、危険な物なのかもしれない。
これ週一でやっているというが、毎週人が死んでいるのだろうか?
俺が困惑していると、ブライアンが教えてくれる。
「そのオッズはちょっと違うんだ。その一人以外が全滅した場合の金額だから、実際にその額が支払われることはまずない」
「そ、そうか……」
誰も死なずにすめば、実際のオッズは限りなく1に近づくわけだ。
いや、胴元の取り分もあるだろうから、下手をすると投入額を下回るかな?
もしかして、緑数字に賭けると、自動的に半分を赤数字に賭けた事にされるのは、参加者が少ないからか?
単なるテラ銭回収装置だ、と思いたい。
「確か、10年ぐらい前に、一度に三人死んだレースがあったな。まあ、多くてもその程度だ」
「な……」
やっぱり危険なんじゃないか?
仮に、週に一人死んでいるなら、年に五十人だぞ。
どこから、どうやって、そんなにチェイサーを補充しているんだ?
ふと思いついて、俺は、自分の端末でネットにアクセスする。
アステロイドレースの公式サイトを確認。
やはりあったか。チェイサー、一人一人の、プロフィール欄がある。
名前、性別、年齢、身長と体重、女の場合はスリーサイズも。そして、趣味や好きな食べ物、出身地
俺が見たかったのは出身地の項目だ。予想通り、ニュースで最近見たような地名が多い。
紛争地帯、恐慌で経済崩壊した土地、テラフォーミングが進まず棄民政策が取られている惑星。
チェイサーの出身地は、そんな場所ばかりだった。
まるで、行き場のない人間を騙して契約させ、死のレースの参加者に仕立て上げているように見える。
俺の目は、イオーサの出身地の上で止まった。
「サイクラノーシュ?」
予想しなかった懐かしい名前に、思わず声に出して呟いてしまう。
ブライアンが俺の方を変な目で見る。
「どうかしたか?」
「いや……大したことじゃない。ちょっと懐かしい名前を見ただけだ」
俺の故郷、サイクラノーシュが滅んだのは、120年前の話だ。
俺が少し感傷的になっていると、横からブライアンがニヤニヤ笑いながら言う。
「そうそう。一つ言い忘れていることがあった」
「なんだ?」
「レースジェットには、ミサイルがついているんだ」
「は?」
〇
レースジェットは、最小限の機能しかついていない。
コクピットと生命維持装置、粒子エンジン、ミサイル。それらのパーツを平べったい三角形の中に収めただけの、小さな宇宙船だ。
イオーサは、レースジェットの狭苦しいコクピットの中で息をひそめていた。
服装は、宇宙服だ。
宇宙服を着ていれば、コクピットに穴が開くような事があっても命は助かる、と言うが……本当にそんな事になったら、機体がバラバラになっているので、乗っていたチェイサーもバラバラだろう。
だからヘルメットは被っていない。視界が制限される方が危険だ。
イオーサは、コクピットのメインモニターをぼんやりと眺めていた。
「あーあ、今日もバカみたいに盛り上がってんな……」
画面に映し出されているのは、観客席の様子。
たくさんの人が詰めかけて、ワイワイと騒いでいる。
スリルあるショーを眺めている気分なのだろう。
あるいは、ただのギャンブルのつもりで見ているか。
だが、あの中に、自分に賭けている人はいないはずだと、イオーサは知っていた。
チェイサーは、自分が一位になる事に一定額を賭けるよう、強要されている。
つまり、1位にならなければ、損をする。
だからみんな必死で走って、必死で相手を蹴落とそうとする。そして死ぬ。
イオーサのやり方は違った。
イオーサは、もうこの境遇からの脱出を諦めていた。
もちろん死にたくはない。だから、大人しく、控え目に、安全に走りぬくことだけを考えていた。
ただ、最下位はダメだ。
連続で最下位を取ると、何か罰があるらしい。イオーサは、罰を受けた人間を何人も知っているが、その人たちは何をされたのか、話そうとはしなかったし、なぜか数レース以内に死んだ。
逆に12位以上を取れば、一か月は出場しなくて済む。レースに出れば死の危険があるのだから、出場は減らしたい。
だからイオーサは、常に10位以上をキープするようにはしていた。
「私のオッズはいっくらかなー、1位になったらいっくらかなー……、おおん?」
適当な歌を歌いながら画面を切り替える。9999.9の数字を予想して……
だが、オッズは、9999.7になっていた。どこかのマヌケがイオーサに賭けたようだ。
「いくら賭けたの? えっと……2000クレジット?」
ジェットに搭載された端末は運営権限付きだ。掛けられた金額の詳細を見れる。本名はわからないが、賭けた人間に紐づけられた、払い戻し用の管理番号も表示される。
「随分、大金を投じちゃって……」
1クレジットあれば、菓子パンが一つ買える。イオーサの経済感覚だと、2000クレジットは、半年ほどの生活費に相当する。
この人は、何を思って自分に大金を賭けたのかと、イオーサは思いを巡らせた。
もちろん、イオーサが一位になって一万倍近い払い戻しがあれば、大儲けかもしれないが。それは無理だ。
「ごめんね。今日も私は、1位を取らないよ」
誰かが別のチェイサーに賭けて、全体の金額が増えて、オッズが9999.9に戻った。
ちょうどいいタイミングで画面を見れてよかった、とイオーサは少し嬉しくなる。
「みんな誰に賭けてるの? ……。あ、またカーチスか、稼いでるなぁ」
カーチスというチェイサーに賭けられた金額は2000万クレジットにも達していた。一人でイオーサの一万倍も賭けられている。オッズも2.8まで下がっていた。
対抗は、ネーブル。こちらもオッズ3.2まで下がっている。
掛け金が増えたからと言って、レースで有利になるわけではないが、これだけ金を集めたのだから、運営から褒めてもらえるだろう。
逆に、嫉妬と攻撃も集中する。
油断ならない。何しろ、レースジェットにはミサイルがある。二発も。
「今回は、カーチスとネーブルには近寄らないようにしとこ……」
生き残るならそれが一番だ。
一時間ほど経つと、レースが始まった。
カウントダウンを聞きながら、イオーサは操縦かんを握る。
カウントがゼロになると同時に全員が一斉にスタート。
だが、最初から急加速をする者はいない。全てのジェットは、横一列に並んで進む。
ミサイルは前方にしか撃てないからだ。
ここで前に出たら狙い撃ちされる。
「さてと……」
イオーサは、機体をやや下側に動かした。
コクピットの窓の都合上、下側は見えづらい。万全を期すなら、全ての機体を眺められる位置がいい。
他にも、何機か、同じように下に降りてくる。
カーチスとネーブルは降りてこない。
あの二人は、ここで安全策を取らない。だから上位を狙えるし、掛け金も積みあがる。そういうタイプだ。
「さぁてと、会場は盛り上がってるかな?」
この後、しばらくは波乱はないはず、とイオーサは判断した。
余裕があるうちに、モニターで観客席の様子を確認する。
もちろん、観客席は盛り上がっている。
大声で応援する人、拳を振り上げている人、血走った目でこちら(というか大画面)をにらんでいる人。
その中で、妙な一人を見つけた。
「なんだ、あの人……」
海賊のコスプレをした男……の隣にいるおっさん。
その一人だけ、何かが違う。まるで、苦虫を擂り潰したような顔をしている。周りが盛り上がっているのに、凄く気まずそうな顔をしている。
何か嫌な事でもあったのか。
別に、誰かが事故ったとか、そういう様子はない。
「まあ、いいか」
イオーサは、深く気にしない事にした。第一関門が迫っている。