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平穏な時間、後


 水着姿のイオーサとマリエアが、水をかけあってはしゃいでいる。

 俺はその光景を、プールサイドのビーチベッドから眺めていた。


 隊員用の娯楽施設として、プールを建設してみた。

 そのテスト運用、という名目の……私的利用だな。

 まあ、こういうのは建設スキルの役得みたいなものだ。


「良かったの? こんなの作っちゃって」


 俺の隣に、同じくビーチベッドを置いて、そこからノーラが聞いてくる。

 咎めているようにも聞こえるが、しっかり水着を用意しているし、片手にはオレンジジュースまで持っている。

 おまえも楽しんでるだろ。


「いけない理由があるか?」

「ないけど。他に優先した方がいい物とか、なかった?」

「特に思いつかないな」


 砲台の設置作業は、順調に進んでいる。

 余ったロボットを、娯楽施設と追加の居住区のために回しているだけだ。


「それに、ここ最近は、水の生成量を増やしているからな。使用量もちょっと増やしたっていいだろう」

「来週には、砲台のオペレーターがわんさか来るのに?」

「だからさ。今は水の生成を止めるわけにはいかないんだ」

「なにそれ?」


 元はと言えば、俺の確認ミスなんだが。


「実は、一部の貨物が届いてなくてな、水のタンクが足りないんだ」

「それは、まずいわね。でも今は足りてるんだし水の生成を……あ、そういう事か」


 ノーラは少し考えこむ。


「えっと、凍らせて外壁に張り付けておくとかじゃダメなの?」

「もうやってる。だが、製氷機はフル稼働しているし、後で解凍する手間を考えると、これ以上はな……」

「で、念のために、プール一個分、余裕を作りたかった。……という言い訳で、プールを私物化したと」

「人聞きの悪いことを言うなよ。おまえだって、ノリノリじゃないか」

「そんなことないけど……」


 ノーラはくすりと笑う。


「まあ、プールはいいだろ。遅かれ早かれ、作るんだから」

「そうね。それで……本題に入りましょうか」


 ノーラは端末に指を滑らせる。

 画面に「それ」が映し出される。

 マリエアが描いた図面だ。


 これは、宇宙のどこかから召喚した謎の図面ではなく、マリエアが一から描いた物だ。

 一部、どうしようもないパーツだけ「たらてくとまざー」に頼っているそうだが、それ以外は、軍が調達可能な物で構成されている。

 試しに一個作ってみたいのだが、大佐の許可が取れそうにない。

 外堀を埋める意味で、ノーラを味方に引き込む。それが今日の目標だった。


「これが、あなたの言う「理論上最強の兵器」なのね?」

「俺が言ったんじゃない。図面を描いたのはマリエアだし、そもそもジャゴンが……」

「はいはい。そう思うんなら、私に見せなきゃよかったじゃない」

「いや……」


 俺は言葉に詰まる。


「俺は、最強だとは言っていない。ただ、その……有効性はわかるだろ?」


 ノーラはため息をつく。


「そうね。これがあなたの言うとおりの性能だとしたら、敵に使わるのは嫌だけど……」

「だろう?」

「でも、これって、結局のところ「変態の考えた対艦ミサイル」でしかないわよね? 途中で撃ち落されたりしないの?」

「それは……どうだろうな」


 対艦ミサイル。

 まあ、分類はそれに近いか。

 実質、特筆する部分は、誘導方式ぐらいの物だ。


「これを一発撃つだけで敵の宇宙戦艦一隻と交換できるならいいけど……現実的には無理があるんじゃないの?」

「それは仕方ない」

「あと、大艦隊が相手だと、最低でも相手の船の数と同じだけ撃たないといけないし……足りないわよね?」

「足りないな……」


 欠点はいくらでも思いつく。

 ノーラは楽しそうに笑う。


「いいこと思いついた。艦隊戦シミュレーターで実験してみましょう」

「いや、それはやらない。無理があることぐらいは俺もわかっている」

「そう? なら、この兵器はボツにしなさい。マリエアには悪いけど、論外よ」


 ノーラは気だるげに言って、ビーチベッドに横になる。


「待ってくれ。ほら、考えてみろ。例えば、ブラッドノーチラスが一隻で突っ込んで来たら、どうだ? これ一発で絶対勝てるぞ」


 俺が言うと、ノーラは寝転がったまま、顔だけを俺の方に向けた。


「なるほど。それは、悪くないわね」

「だろう?」


 あれを低コスト(戦艦に比べれば安い)で止められるなら、試す価値はある。


「でも、これ、本当に作れるの?」

「既に、作れる部分だけは作ってある。動力炉とメインスラスター以外は用意した」


 本当は完成とテスト運用までやってみたかったのだが、作業用ロボット五体と戦艦一隻を解体しなければならないので、ダメだった。

 作業用ロボットは数に余裕がないし……戦艦に手を出すのは、さすがにまずい。


「今の時点でも大佐にバレたら大目玉よ」

「どうしてだ? 倉庫に置いてある荷物の位置を、少し動かしただけだ」

「……横領犯って、だいたいそういう言い訳をするのよね」


 ノーラがため息交じりに言う。

 その時、通信が入った。アーニック大佐からだ。

 俺とノーラは顔を見合わせる。


「と、盗聴されているとか?」

「まさか……そんなわけが……」


 やり過ごそうと思って、十秒ほど待ってみたが、コール音は途切れない。

 仕方がないので繋ぐ。


「……何をしていた、遅いぞ」

「すみません」

「しかも、二人を別々に呼び出したつもりだが……なぜ同じ場所にいる?」

「上司と部下が、仲がいいと、いけませんか?」


 ノーラが言うと、大佐は顔をしかめる。


「仲が悪いよりはマシだが、仲が良すぎるのも感心せんな」


 大佐の言う事ももっともだ。

 ここは一応、軍隊だからな。

 時には、死んでこいと命じなければならない状況もある。

 上司部下の関係で情が移りすぎると、いざという時に、脆くなる。


「それで、何か連絡ですか?」

「うむ。実はな、昨日、妙な問い合わせがあったらしい」

「問い合わせ、とは?」

「この少女を知らないか、という連絡があった。この宇宙ステーションにだ」


 マリエアの写真が映し出される。


「それは、誰かがマリエアを探している、ということですか?」


 嫌な予感がする。

 俺は、少し前までは、マリエアを早く元居た場所に返してやりたい、と思っていたのだが……最近は少し違う。

 マリエアは、設計図を呼び出す能力を、俺に隠そうともしない。

 つまり、元居た場所でも、同じようなことをやらされていて、しかも、それが不自然な現象だと教えられていない。


 軍の機密を盗み出すことを、何とも思っていないような人間に育てられたのだ。

 海賊とかテロリストとか、そういうやからだろう。


「名前は「マリエア・アルマ」らしい。ただし、記憶喪失になっている可能性がある、とかなんとか」

「はぁ……」


 その記憶喪失設定は何の意味がある?

 アルマなんて名前じゃない、とか言い出した場合への保険か?


「ここ数百光年以内のデータベースで照会したが、その名前で登録されている人間は、五人ほどいた。ただし、顔が一致する者は一人もいない。もちろん現時点で行方不明の者もいない」

「そう、ですか……」


 ノーラが口を挟む。


「あの、何かが妙ですよ。マリリノスじゃなくて、直接こっちに問い合わせてきたんですね?」

「そうだ。問い合わせてきた者は、クラウス・アルマと名乗ったが、たぶん、これも偽名だ」

「相手の目的は?」

「知らん。だが、連絡にはAIが自動対応した。録音を確認したが「名前が間違っているのでは?」と聞き返してしまっている」


 検索の速さと人間対応のうまさが生み出した弊害だ。

 そんな人物はいない、と否定しなかった。

 その返事を聞くことが相手側の目的だろうか?

 だとしたら、次の動きは何だ? ……マリエアの奪還か?


「大佐。もし、この件で何かあったら、次は自分が直接連絡を受けます」

「わかった。バイスト少佐に繋がるように設定しておく」


 通話は途切れた。


「……誰かが、マリエアを探しているのか? 写真はあるが、名前は知らない?」

「アルパカ海賊団かしら? あるいは、ブラッドノーチラスで写真を撮られていたなら、ミルキー海賊団かも?」

「どちらかと言ったら、アルパカ海賊団だろう。ミルキー側は、そこまで入れ込む理由がないはずだ」


 むしろ、ミルキー海賊団が来るとしたら、ターゲットは俺だろう。


「マリエアを次の輸送船で、マリリノスに送って……いや、それはダメか。ステーションの外に出したら襲いやすくなる。じゃあ、大艦隊を呼び寄せる? ……こんな不確実な根拠じゃ動いてくれない。ああ、どうしたらいいのよ……」


 ノーラは頭を抱える。

 様子がおかしいと思ったのか、イオーサとマリエアもこっちに来る。


「考えすぎだぞ。ここは建設中とはいえ、軍の基地だ。こんな薄弱な根拠だけで、襲撃を仕掛けるバカがいるわけない。そうだろ?」


 俺はノーラを落ち着かせようとするが、それを打ち破るように、警報が鳴り響いた。


 ああ、うっかりしていたよ。

 バカじゃなきゃ、海賊なんかにならないよな。


酔っ払いと海賊に、理屈は通じない!

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