平穏な時間、前
倉庫の片隅にはストレージが設置してある。
高さ一メートル半ほどの、箱型の機械。
ストレージとは、データーを保管しておくための装置。昔の習慣で、ハードディスクと呼ぶ人もいる。
これはマリエアに要求されて買ってやった、サーバータイプの物。
宇宙戦艦の設計図を、ネジ一本の設計図まで含めて、丸ごと記録しておけるぐらいの容量がある。
値段は、高いと言えば高いのだが……俺が仕事で使う宇宙ステーションの設計用は、それを何台も使うからな。
業務用としては、こんなもんか、と納得できなくもない範囲だ。
個人用としては……やっぱり高いな。
マリエアがそのストレージの前で、祈りをささげていた。
「あいつ、何やってるんだ?」
ジャケットに着替えて出てきたイオーサに聞いてみるが、返事は芳しくない。
「わかんない。設置された時も、二時間ぐらい祈ってたけど」
「そうか……」
「コンピューターをあがめる宗教とかに入ってる、とか?」
「なぁに。サイバニストは無害だよ。大体の場合はな」
この宇宙には、機械を神と崇める宗教がある、らしい。
宗教観は人それぞれだからな、個人の範囲でなら、好きな神に祈ればいい。
機械にも休息を、とか主張し始めたら要注意だが、今のところは放置しておいても問題ないだろう。
「出かけるからな、留守番してろよ!」
俺が声をかけてもマリエアは返事をしなかった。
出かけることは、朝にも伝えておいたから大丈夫だろうと判断して、俺とイオーサは倉庫を出た。
ごちゃごちゃした通路を通り抜けて、大通りがある場所へと向かう。
イオーサは俺に手を絡めてくる。
「なんか、二人っきりになるの、久しぶりだね」
「……そうだな」
マリリノスを出てから数か月、だいたい別の誰かが傍にいる感じだった。
「今日はどこ行くの?」
「一応仕事だぞ。工場区画を視察に行く」
工場区画は、倉庫区画の隣に建てた。
駅とも近いし、この先、宇宙ステーションが拡大していく時に、何かと役に立つだろう。
〇
自動運転タクシーに乗り、工場区画へと向かう。
既に宇宙ステーションはかなり広がっていて、徒歩で移動できる限界を超えている。
道路は、まるで地下道のように、壁と天井で囲まれ、等間隔でランプが灯っている。
そこを沢山の車が走っている。
殆どは、貨物のスモールコンテナを運ぶためのトラックだ。
建設中の工場に資材を送っている。
イオーサは、すれ違うトラックの列を視線で追う。
「すごいよね。数か月で、ずいぶん大きくなった」
「まあな。けど、本番はこれからだ」
「マリリノスは五十年やったんだっけ?」
「ああ。ここもそれぐらいやる事になるだろうな」
一年あれば基本的な施設は揃うし、二十年もあれば大部隊用の施設もほぼ完成する。
そこから追加で三十年もかかるのは、細かい注文に答えていくからだ。
使ってみて初めて気づく不便さもある。
その点、ここでの仕事は、快調な滑り出しとは言えなかった。
作る前から不便だとわかっていて作った施設がある。司令部だ。
「……やっぱり、まずかったかな」
俺がぼやくと、イオーサが脇をつついてくる。
「何? まだ悩んでるの?」
「いや、仕事の内容自体はベストを尽くしたさ。ただ、できれば、ああいうのは、他の部分を整えてからやるべきだ」
「他の部分って、例えば?」
「そうだな。やっぱり、位置が良くないな。全ての施設の中央に当たる部分に作りたい。そのためには……他の施設をある程度、な……」
適切な建築とは、輸送距離を最短にすることだ。
もちろん、どこの施設も物資を消費する。
だから、一番物資の消費量が多い施設を中央に置いて、二番目三番目の施設を周りに並べていく。
宇宙ステーションで最も物資を消費するのは、人間が集まる場所。
そして宇宙ステーションで最も人間が集まるのは、司令部だ。
次点で造船所だが、これは要求する物資の種類が違うので、別の場所に作る。
あとは、娯楽施設とショッピングモールか。
司令部はこのままでは拡張できないし、娯楽施設などは……駅に隣接するブロックにはまだ余裕があるから、そこでなんとかするか。
「でもさ、後で引っ越すから別にいいって言ってなかった?」
「もちろん、いずれはな。……この道路が、交通渋滞で埋まる前に、なんとかしないとならない」
下手をすると、引っ越し先も仮設という事もありえる。
〇
工場区画についた。
大きなガラス窓の向こうでは、ロボットアームがドリルで何かを削っている。
イオーサは、顔をガラスに張り付くほど近づけて、機械が動く様子を見ている。
「あれは何をしてるの?」
「レーザークリスタルだ。レーザー砲の部品に使う。作るのに時間がかかるパーツだから、先に量産を開始させた」
「そのうちレーザー砲も作るんだ?」
「もちろん。砲身を作る機械の設置が、もうすぐ終わる事になっている」
割と時間がかかる工程だ。
「レーザー砲を作るって事は、宇宙戦艦も作るって事?」
「いずれな。だが、それはまだ先の話だ。今は、防衛用の砲台だな」
「そういうのって、最初に作った方が良くない?」
「砲台を運用するには、オペレーターが必要だ。つまり、居住区を建てないといけない。整備用の部品も、いくら必要になるかわからないし。他所から持ってくる量を減らすためにも、現地生産した方がいい」
「それまで無防備でもいいってこと?」
「俺もそう思うんだが……今の所、この基地に大した価値はないからな。敵も来ないだろう、護衛艦隊がいれば問題ない、というのが上層部の考えだ」
実際の所、攻める側がその気になったら、来るときは来ると思うのだが。
建設中の基地が一つ潰れても、軍全体から見ればさほど大きな被害ではない、という考えなのだろう。
そんな投げやりな計画の元、現場に出されるこっちの気分にもなって欲しい。
イオーサは、ため息をつく。
「なんか、建設っていろいろ大変なんだね。機械は黙々仕事してるだけでいいのに」
「まったくだ。悩みがなさそうでうらやましいよな」
俺はイオーサの隣で、しばらくの間、働くロボットアームをぼんやりと眺めていた。
ふと、イオーサは、思い出したように言う。
「もしかして、サイバニストってやつも、毎日こんな気分なのかな?」
「いや、それは違うだろ」
工場見学と宗教とを同列に語ってどうする。
〇
他にもいくつかの工場を視察してから、俺たちは倉庫に帰って来た。
「マリエア。帰ったぞ。ドーナツのお土産もあるぞ……って、おい!」
「何? ……マリエア!」
マリエアは、出かける前と同じ場所にいた。
床にうずくまり、汗だくで、苦しそうに呻いている。
俺とイオーサは駆け寄って、肩を叩く。
「おい、しっかりしろ。どこか痛いのか?」
「どうしよう? 医療施設まで運ぶ?」
「待って、あと、少し……」
マリエアは熱に浮かされたような顔で、ストレージを指さす。
ストレージがカリカリと音を立てていた。
あちこちのランプが明滅し、ふぉーん、という機械的に発生しえない音が鳴り響く。
どこかから、データを受け取っている最中のようにも見えた。
これは、何だ? 何をしている?
〇
「もぐもぐ、もぐもぐ」
「……」
「……」
ドーナツを食べるマリエア。元気そうで何よりだ。
「マリエア。体調はどうだ?」
「んぐっ、元気ですよ」
「それならいいが……。さっきのは、なんだ?」
「新しい設計図を受け取ってました」
さっき確認したが、ストレージ内に、数時間前には存在しなかった巨大なファイルが放り込まれていた。
あのファイルは、どこから来たのだろう。
ストレージには、電源以外の線が繋がっていないことを確認済みだ。
無線機能もない。マリエアが、そういう機種を指定した。
「おまえ、ワープドライブの設計図は、どこから持ってきたんだ?」
「どこからって、宇宙のどこかから……」
「曖昧なことを言うな。設計図は誰が描いたんだ?」
「誰? ……たらてくとまざー?」
かわいく首をかしげて見せても、ごまかされないぞ。
タラテクトってなんだ? 蜘蛛か?
なんで疑問形なんだ?
「おまえは、自分でもどこの誰が描いたのかわからない設計図を、呼び出しているのか?」
「なんて言ったらいいんでしょうね。誰が描いたかはわかってるんだけど、正式な名前を知らなくて」
「知らない?」
「挨拶する機能が、実装されてないんだと思います」
「そうか……」
意味が解らん。
この宗教は、速攻で禁止したいのだが……そもそもこれは宗教なのだろうか?
俺の知る宗教は、だいたいの場合、人間が一方的に祈るだけで、見返りはない。
だがこれは……軍事機密の塊を返してくる。
しかも、明らかに物理法則を破っている。
俺は何かを見落としているのか? あるいはマリエアが嘘をついて大掛かりな手品を……だが、それだとワープドライブの設計図が、説明がつかない。
俺はイオーサの方を見た。
イオーサは、黙って首を横に振る。
マリエアは次のドーナツに手を伸ばそうとした後、俺の方を上目遣いで見る。
「それでですね、設計図を解凍したいんですけど、スパコンに繋いでくれませんか?」
「……うむ」
承諾の返事をする以外に、俺に何ができるというのか。
乗りかけた船、という段階すら、とっくの昔に超えている。
もう降りれないぞ。





