アルパカ海賊団、現三位
ロッセルたちがブラッドノーチラスと戦った恒星系。
そこには今、アルパカ海賊団の船団が潜んでいた。
その船団の中でも威容を誇る巨大戦艦、アスカロン。
全長3000メートル、槍の様に細長い船だ。
「間違いない。例のチロプテラ級の残骸だな」
アスカロンのCICに玉座のような椅子を置いて、ふんぞり返っている男がいた。
アルパカ海賊団、序列三位、カルナバル。
ヴァイキングを思わせるマントを羽織り、頭の両脇に角が生えた兜を被っている。
カルナバルは、元三位のフォックスが戦死したため、四位から三位に繰り上がった。
そのせいか、どことなく周囲から舐められている感はある。
その面目躍如のためにも、今回は率先して成功を収める必要があった。
誰よりも早く「ナクアの鍵」を回収するのだ。
とはいえ、ナクアの鍵は、ミルキー海賊団のブラッドノーチラスに奪われてしまったようだ。
少なくとも、アルパカ団の本部ではそういう事になっている。
取り返すためには、ミルキー海賊団と正面からやりあわなければならないのでは、という流れになり……意見が割れた。
一部の冷静な者は、ミルキー海賊団に勝つのは不可能。あるいはどうにか勝てたとしても、お互いに大きな被害を受け、軍や他の海賊団に殲滅されてしまう、などと言っている。
今は、好戦派と嫌戦派で、争いが絶えない。
「あの輸送船に「ナクアの鍵」が積み込まれていたんですね?」
カルナバルの隣に立つ細身の男が聞く。
マートス。
元は軍人で、艦隊指揮官を目指していたそうだが、途中で色々あって軍をやめたらしい。
「ああ。そして運悪く、ブラッドノーチラスに捕まった」
ブラッドノーチラス。
ミルキー海賊団の持つ巨大艦の一つだ。
巨大艦ゆえに、正面からの撃ち合いに強く。それでいて探知能力や搦め手にも長けているという……非常に狡猾な船だ。
今回も、ステルス化したチロプテラ級を捕縛し、まんまと逃げ去った
そして、そろそろ三か月が過ぎようという今。
カルナバルたちは、ワープの痕跡を辿って、どうにかこの無人の恒星系にまでたどり着いた。
ここは、複数の船団が行き来していて、痕跡を追うのは難しいだろう、と思いながらも捜索を続け、やっとチロプテラ級の残骸を発見したのだ。
「それで? ブラッドは、何でこんな所で奪った船を自爆させたんだろうな?」
「用済みだったからでは?」
「それなら、自分の基地まで持って帰って解体したってよかった……。あるいは、もっと早い段階で捨ててもいい。どうしてここで?」
カルナバルが聞くと、マートスは少し考えてから答える。
「船内の残っていた海賊が、自爆を試みた、というのはどうでしょう?」
「んー? そんな殊勝な奴らだったかな……」
「では……何か事故で爆発しそうになったとか」
「……おまえ、それ、本気で言ってるのか?」
宇宙船の動力炉が、そんな簡単に爆発するようでは困る。
マートスは少し考えた後、言い直す。
「では、こういうのはどうですか? ブラッドノーチラスは、この恒星系にワープした後、二回短距離ワープで移動してから、さらに短距離ワープで逃げています。これは怪しい」
「そうだな、確かに怪しい。だが、何があったと言うんだ?」
「例えば、敵と、戦って負けた……。いえ、むしろ、勝った、という事も考えられます」
「は? どうして勝つと逃げなきゃならなくなるんだ?」
カルナバルは身を乗り出す。
「勝ったというのは、敵の船団から輸送船を捕まえて逃げる事に成功した、という意味です」
「ふむ?」
「しかし、捕まえた輸送船が思わぬ抵抗をした。その結果、何か深刻な問題が発生し、チロプテラ級を捨てるしかなくなった……」
「なるほど。話は通るな……」
「でしょう?」
マートスはホッとしたように言う。
この男が、自分を恐れている事を、カルナバルはよくわかっていた。
「で? その輸送船はどうなった? ここにあるのは、チロプテラ級の残骸だけだが?」
「逃げ切ったのでしょうね」
「まあ、それはいいだろう……」
とりあえず、一つの謎に対する答えは得た。
問題は、ナクアの鍵が、今どこにあるかだ。
「マートス。逃げた輸送船が、ナクアの鍵を持って行ったという事はあり得るか?」
「正直、ちょっと考えにくいですね。ただ……」
マートスは慎重に言う。
「例のあれに関しては、話は別ですよ。もしかすると、ありえるかも……」
「あれか……」
CICのモニターに、一枚の写真が映し出された。
写真の中央に映っているのは、まるで流血のように赤黒いドレスを着た女性だ。アルパカ海賊団の二位、グローリウス。
周囲に何人かの部下。
そして、不承そうな顔で立たされている一人の少女。
この少女が誰なのか、カルナバルもマートスも知らない。
ただ、団長からは厳命されている。「必ず生きたままで連れてこい」と。
この少女も、ナクアの鍵と共に行方不明になっている。
「どうして、生きたまま、と指定するんだ?」
「グローリウスの娘……あるいは団長の……それにしては顔が似てない気もするな」
「そもそも、正体を明かさない理由がないのでは?」
「わざわざ、ナクアの鍵とセットで送った。何か関係があるんだろう。だが……」
カルナバルとマートスは、考え込む。
どうにかして、この少女が重要人物として扱われる理由を推測しようとする。
しかし、さすがに、その少女、マリエア・ナクアこそがナクアの鍵そのもの、という答えにはたどり着けなかった。
「まあいい。団長が何を考えているのかわからないのは、今に始まった事じゃない」
カルナバルはため息をつくと椅子から立ち上がる。
CICの隅にある冷蔵庫からワインを引っ張り出し、ラッパ飲みする。
「よし。とりあえず、このガキを最優先で探す」
「ナクアの鍵は?」
「後回しだ。いいか、チロプテラ級は、ブラッドノーチラスから放り出された。その時に、そのガキも逃げたと仮定する……その後どうなる?」
「誰かに拾われたのでしょう。近くにいた別の輸送船とか……」
「その輸送船は、どこの船だ? どこに向かっていた?」
マートスはすぐに答える。
「軍の船でしょうね」
「根拠は?」
「この近く、といっても数十光年先ですが。今、軍が新しい基地を作っています」
「セラエノ、だったかな?」
「そうです。そのセラエノとマリリノスを結んだ線上にあります」
「全く……。目の上のタンコブだな」
おかげで、この辺りは軍の船が定期的に行きかっている。
調査は見つからないように進める必要があって、全く捗らない。
「つまり、このガキはセラエノにいると。そういう事だな?」
「可能性の話ですよ?」
「さっきまでは、どこにいるか見当もつかなかった。今は二分の一だ」
言ってから、二分の一は違うだろう、とカルナバル自身、思った。
トーマスが何も言ってこないので続ける。
「しかも軍の施設に保護されているなら、確認する方法はいくらでもある。急ぐ必要はない」
カルナバルは、ニヤニヤと笑う。既に獲物を手中に捉えた後の事を考えていた。
「あの、この少女を捕まえて、どうするんですか」
マートスが不安そうに聞く。
何が不安だというのか。
「それは、見つけてから考える……」
とりあえず、聞き取りはする。
団長にしか秘密を洩らさないのなら……拷問もやむをえない。
ただ、そこまでやってしまうと、団長に献上できなくなる、という問題はあった。
それも構わない、情報を得られれば、それでいい。
「このガキは、確実に何かを知っている。ナクアの鍵の秘密を、だ。その秘密は、俺が手に入れる」
カルナバルはニヤリと笑う。
いくら点数稼ぎをしても、一位と二位は追い越せない。あの二人は不動の地位だ。
全てを乗っ取るなら、直接的に潰す必要がある。
まずは、ナクアの鍵を手に入れる。しかもその事を明かさない。
裏で力を蓄え、いずれはアルパカ海賊団の全てを指揮下に置く。
だから、軍の基地を襲う。
例の少女を入手できればよし。
あるいは、基地すらも無傷で手に入れて自分の物にできたとしたら?
カルナバルの夢は尽きない。
「……船を集めろ。戦争だ!」





