ラストベガス
別に、ノーラが悪いわけではないとは思うが。
それはともかく、翌日。俺はベガスに来ていた。
建築の女神だとか、艦隊指揮の神だとか、怪しさの塊のような物を信じたわけじゃない。
あんなの、ただの夢だ。
だが、あんな夢を見たのは、俺の深層心理がそれを求めているのかもしれないと思った。一度ぐらい、試してみる価値はあるだろう。
どうせ暇だったし、ここには二度と来れないかもしれないのだから。
アントーラリス星系、第四惑星、ラストベガス。
惑星自体は、金属工業に特化した殺風景な星だ。
ただ一点、ベガスの軌道上を回る、ベガスステーションは、周辺数十光年以内随一の、観光拠点となっている。
ここは巨大なカジノを含む、リゾート施設だ。
基地があるマリリノス星系から七光年。ハイパージャンプ一回で来れる場所。一日に一度、客室付きの輸送船が往復しているので、行き来はそんなに難しくない。
しかし、俺がここに来たのは、今回が始めてだ。
騒がしい感じのリゾート地、特にギャンブルがメインのリゾート地なんて、あんまり趣味じゃない。滞在するだけでも、結構金がかかるし。
まあ、金には困っていない。
軍の給料を200年ほど受け取り続け、そこに利子も加算され、しかも、ほとんど何にも使っていないからな。
〇
そして今、ベガスにたどり着いた俺は、よくわからない場所にいた。
俺の目の前には、何百人もの人がいた。右にも人、左にも人、後ろにも人。
横幅が、10メートルぐらいある通路だ。全員が、一つの方向に向かって歩いている。この先で、何かイベントでもあるのだろうか?
もし、親子連れが多かったら、遊園地の入場ゲートに続いているのかな、と思ったかもしれない。
だが、ここにいるのは、誰も彼も、おっさんばかりだ。しかも、ちょっと目がギラギラしている感じがする。
なんだろう、この異様な雰囲気。違法賭博だろうか。
いや。ここはベガスなんだから、合法的な賭博だと思う。
しかし、俺はここにいていいのだろうか?
どこに行けばいいのかわからなくて、なんとなくついてきてしまったが……。本当は、こんな所でうろうろしていないで、ホテルを探して部屋を取るべきのような気がする。
とにかく、何が起こっているのかわからないのは困る。
誰かに質問しようと辺りを見回して、すぐ近くに変な男を見つけた。
提督帽をかぶってジュストコートを着た、ひげ面の男だ。
昔見た、海賊というのに似た格好をしている。ベルトに銃があるが、まさか、これ本物じゃないだろうな?
本物のわけがないな。きっと、何かのアトラクションのスタッフだろう。ちょうどいい。
「あの、すみません」
「ああ? てめぇ、俺に何か用か?」
おっと、間違えた。
こいつは絶対にスタッフではない。いくらキャラづくりでも、客相手にこの応答はしないだろう。
だが、もう話しかけてしまったからな。聞くだけ聞いてみよう。
「ええと、この行列は、どこに向かってるんだ?」
「ああん? おまえ、知らないで並んでるのかよ。アホか?」
確かに、俺もアホかもしれない。だが、海賊のコスプレをしたアホに言われたくなかった。
「ここについたばかりで、歩いていたら、気が付いたら前にも後ろにも動けなくなってたんだ」
「ああ、初心者ってそういう所あるよな。なあ、おまえ、名前は?」
「ロッセルだ」
「ふうん? ああ、俺はブラ……」
「ブラ?」
海賊もどきの男は、なぜか言いよどむ。なんだ? こいつ、自分の名前を忘れたんじゃないだろうな。
「ブライアン……そう、ブライアンだ。通りすがりの一市民さ」
「そうか」
なんか怪しいな、と思った。もしかして偽名だろうか?
まあ、本名を名乗らないからと言って、罰則があるわけでもないし、どうでもいいか。
「ところで、ブライアンさんよ。この人だかりは、結局、なんなんだ?」
「アステロイドレースだよ」
「それは、この行列に並ばないと見れない物なのか?」
「まさか。別にホテルの部屋でも見れるだろ。けど、スタジアムの巨大スクリーンで見た方がおもしろいに決まってる」
「そうかもな? で、その、アステロイドレースってのは、何なんだ?」
なにか凄いイベントだとしても、はっきり言って、俺は人混みが苦手だ。
ホテルの部屋で見れるんなら、その方がいいんじゃないか?
一方、ブライアンは、俺がアステロイドレースを知らないとは思わなかったらしい。
「おいおい? 今週のレースはあと一時間で始まるんだそ。それ目当てで来たんじゃないのかよ」
「いや、知らん」
仮に知ってたら、一時間前なんてギリギリには来ない。
「何も知らないのか。それで当日に来るとは、運がいいんだな」
「夢枕でアドバイスを受けてな……」
「なら、それが運命だったんだろうな」
ブライアンはニヤリと笑った。
その後、ブライアンがしてくれた説明をまとめると、こうだ。
アステロイドレースとは、一種のレース競技。
レースジェットと呼ばれる一人乗りの宇宙船が16機出場して、競走する。
どのジェットが一位になるか、金を掛ける事もできる……というか、そっちがメイン。
ジェットのパイロットは「チェイサー」と呼ばれる。
一位になるジェットを的中させるには、チェイサーの個人情報を確認するのが大事。
なるほどね。
どこかで、競馬、ってやつを聞いた事があるが、それと大差なさそうだ。
「スタジアムって言うけど、宇宙船が走り回れるほど広くはないよな?」
「そりゃそうだ。スタートとゴールは窓から直接見れるが、後は映像で補足されるな」
「やっぱり、部屋で見ても同じなんじゃ……」
そんな話をしているうちに、行列が動き出した。俺たちはスタジアムの中に入る。
数千人が収容できそうな階段状の座席。
外が見える巨大な窓。その向こうは星々が輝く宇宙空間だ。そこに、16隻の小型宇宙船が浮いている。
俺たちは、中間ぐらいの席に座った。
「で? あんたは誰に賭けるんだ?」
「賭け事はしないタイプだ」
「ここまで来たのが運命なら、賭けるのも運命じゃないのか?」
いや、神からの指示は「女を買え」だった。賭け事はたぶん運命ではない。
それに俺は賭け事が嫌いだ。
負ければ悔しいし金を失う。そして勝つと金が増える。
だが、俺はここに金を使いに来ている。嬉しく金を失いたいのだ。心が求めるのは賭け事とは真逆の物だ。
そんな俺の気も知らず、ブライアンは説明を続ける。
「これが、今日のチェイサーの一覧だ。よくわからないなら、オッズが高い所に賭けるんだな」
「それで勝てるのか?」
「それはぁ……神のみぞ知る、だな」
ブライアンは大げさに肩をすくめて見せる。
一覧表には、16人のチェイサーの名前と顔写真、前回出場時の順位、そしてオッズが表示されている。
美少女美少年を取り揃えているようだ。顔も大事なのかな?
「このオッズは、変動制なんだよな?」
「ああ。みんなが同じ所に賭ければ、オッズは下がる仕組みだ」
つまり、勝てないと思われているから、オッズが低くなる。
じゃあオッズが高い所に賭けたら、ダメなんじゃないか?
「おいおい、初心者がけち臭い事を考えたってダメさ。低い所に賭けてもダメな時はダメなんだ。だったらハイリスクハイリターン。それが男の人生だ」
そんな人生は知らん。ここ200年、俺は安全第一でやってきた。
まあ、これは娯楽だからな。人気のない選手に応援のつもりで小金を投じるのもいいか。
そう思いながら、緑色の数字を確認していく。
ほとんどのチェイサーは、5.35とか、12.33とかだ。
その中で、999.99倍、という数字が表示されている。なんだこりゃ?
「なあ、こいつだけ、妙にオッズが高いんだが」
表示バグだろうか?
ブライアンも、驚いて画面を凝視し、納得したように頷く。
「ああ、イオーサか。やべーな、とうとうカンストかよ。さすがにそいつはダメだ。他のやつにしな」
「なんでこんなに期待されてないんだ?」
「……そいつは、100年以上、出場し続けている歴戦の選手だ。だが、一度も一位を取ったことがない」
「一度も?」
「特にここ50年ぐらいは、必ず8位から10位の間に入る。もう、やる気がないんだな」
それは、やる気の問題なのか?
俺はしばらく画面を眺めていて、緑の数字の下に、赤い数字もあるのに気づいた。
「なあ、下の赤い数字はなんだ?」
「そいつはレースを生き延びるかどうかだな。そっちだけに賭ける事もできる」
一位を取るという事は、生存も意味するので、緑に賭けた金の半分は赤の方に行くらしい。
こっちのオッズは4倍から6倍の間で安定している。イオーサだけは1.5倍まで下がっていた。
しかし、なんか不吉すぎないか? まるで、レース中に死人が出るみたいな言い方にも聞こえる。
やはり違法賭博なのでは?
この世界では合法です(白目)