ブラッドノーチラス、3
ジャミングを受けたレーダーが、いつまで経っても回復しない。
代わりに、船のシステムがドッキングモードになった。
何とドッキングしたんだ?
ここは無人の恒星系、宇宙ステーションなどなかったはず。
「外部の様子を光学で見れないか?」
「やってみます」
シャゴンはいろいろ試して、ついに外部カメラの一つが再起動に成功した。
映し出された映像は……格納庫の中のようだった。
輸送船が丸ごと収容されているのだから、整備用のドックかもしれない。
「ここは、どこですか。見覚えのない場所ですが……」
ブラッドノーチラスに引っ張られたままワープした先が、宇宙ステーションということは、考えにくい。
「ねえ。ブラッドノーチラスはどこに行ったの? 辺りを見回せない?」
イオーサに言われて、シャゴンはカメラをあちこち動かす。
この輸送船の隣に、もう一隻、輸送船があった。
チロプテラ級輸送船、高度なステルス性を持ち、ろくでもない目的にしか使われない事で有名な輸送船だ。
マシンガンの掃射でも受けたのか、表面装甲は破壊され、まるでナイフで切り裂かれたようだ。
ステルスを破るために、装甲表面を傷つけるのは、よくあるやり方だが。
察するに、これも最近捕まった船なのだろう。
捕まった? 誰に?
もちろんブラッドノーチラスだ。
「……まさか、ここは……ブラッドノーチラスの中か?」
巨大な船だと、ドッキングポートのような物を備えていたり、他の船を収容できる場合もある。
輸送船は全長500メートル。ブラッドノーチラスは4000メートル。
内側にそれなりの空間があったとしても、ありえない話ではない。
そんな事を思っていると、どこかから通信が来る。
繋ぐ。
「よう。囚われの身になった気分はどうかな? んんー?」
この声は、どこかで聞いた事があるような気がした
顔を見たら思い出せるだろうか。
だが、モニターに映し出されているのは海賊旗。
顔を見せないつもりか、用心深い奴め。
「あんたは、誰だ?」
「ブラッド、とでも名乗っておこうかな」
ブラッド、知らない名前だ。
いや、仮に海賊が一般人に紛れ込んで宇宙ステーションを歩いていても、同じ名前を名乗るわけがないか。
まあ、知らなくても、頭がおかしい事だけは確信できる。とりあえず、おだてておくか。
「驚いたよ。ただの海賊だと思ったら、艦隊に突っ込んでくるなんて、ずいぶん根性あるじゃないか」
「おうおう。お褒めの言葉いただき光栄だねぇ」
「それに免じて俺たちを開放してくれると嬉しいんだが?」
「それはダメだなぁ。こっちは通商破壊でハズレを引いた挙句、帰り道までハズレを引いたからな。追加報酬ぐらい貰ったって悪くないだろ?」
「なんの話だ?」
通商破壊? こんな所でどんな輸送船が通るって言うんだ?
いや、現に、横に海賊の密輸船みたいなのが捕まっているか。……海賊同士の抗争かな?
俺が思っていると、ブラッドも言う。
「ああ、気にするな。こっちの都合だ」
「そっち都合に、俺たちが付き合う必要はないだろ?」
「軍だってそうさ。俺たちのやってることを勝手に悪と決めつけて、船を沈めて回る。やってることは同じだろ? 違うのは、法の後ろ盾があるかないか、それだけ」
「それが重要だと思うんだが」
「物は言いよう、考え方は人それぞれだな。……ところで、俺の部下が今からそっちに行く。歓迎してやってくれ」
「歓迎?」
「君たちには自由がある。抵抗して死ぬ自由がな。もちろん、素直に投降する自由もある」
「投降するとどうなる?」
「奴隷だな」
「奴隷か……」
それは嫌だな。
「そんな悪いもんじゃない。適性があれば、アステロイドレースでヒーローにもなれるぜ。つい最近、大物が引退しちまったからな……」
「そうか」
大物ってイオーサのことじゃないだろうな。
下手をすると、イオーサは、そっちに出戻りさせられそうだ。
笑えない話だ。
もしかして、あのレースの運営は、海賊の一味だったのか?
いや、反社と繋がりがあるのは、最初からわかっていた事だが。
聞きたいことが、もう思いつかないな、と思っていると、ブラッドの方から質問される。
「ところで、あんたの声、どっかで聞いた事がある気がするんだよな? 会ったことある?」
「海賊の知り合いはいない」
「だよな。やっぱり気のせいか。30分後にまた呼び出すから、それまでにどうするか決めとけよ」
通信が切れた。
30分って何だろうな?
向こうの突入の用意が整うまでの時間かな?
イオーサが、思いつめたように言う。
「ねえロッセル。私を交渉のカードに使えばいいよ。そしたらさ……」
「他に生き残る方法が思いつかなかったらそうするかもな」
イオーサの価値はイオーサの物だ。自分のために使えばいい。
俺は俺のやり方で問題に立ち向かう。
「ジャゴン。ここから逃げ出す事はできるか?」
「難しいですね」
「なぜだ?」
「まず、レーダーが回復していません。しかも船はドッキングアームで固定されていて、逃げられそうにありません」
「その二つをどうにか解決したら?」
「出航は可能です。ただ、ここは閉鎖格納庫のようです。ゲートを開けないと逃げられません。それと、またトラクタービームに捕まるかも」
なかなか難易度が高い。
だが、問題は大きく分けて四つあり、前半二つを解決すれば、タイムリミットを伸ばせそうだ。
「30分あったら、何をどこまでできる?」
「とりあえず、レーダーをなんとかしてみます」
「今すぐ取り掛かってくれ。俺は……ちょっと作戦を思いついた。実行可能かどうか、調べてくる」
〇
25分後、俺とイオーサはブリッジに戻って来た。
「レーダーはどうなった?」
俺が聞くと、ジャゴンは笑顔で答える。
「たぶん問題は解決しました。外部にバレない方法でのテストをすべてクリア。再起動しますか?」
「いいぞ。再起動はもう少し待ってくれ。敵は今、何をしている?」
「ええと……エアロックに取りついていますね。扉をこじ開けて、侵入してくるつもりでは?」
映像が出る。
宇宙服を着た数人が集まり、電動カッターのようなものでエアロックを破壊しようとしていた。
船の内側で戦いになったら、戦力が足りない。
そうなる前に、なんとかしなければ。
「入ってくる前に行動を起こそう。イオーサ、いけるか?」
「オッケー」
イオーサは、輸送ドローンを操作するための座席に座り、準備を始めた。
ジャゴンが驚く。
「え? 動かせるんですか?」
「うん。これ、レースジェットとそんな変わらないみたいだし、いけるでしょ」
「敵は、右舷側についてるぞ? どこから出る?」
俺が聞くと、イオーサは答える。
「後ろ側から出て、一気に行くよ!」
イオーサは、輸送ドローンを船の後ろ側から発進させる。
輸送ドローンは、輸送船の船体すれすれを飛んで、海賊たちに体当たりした。
海賊たちがボーリングのピンか何かの様に吹っ飛ぶ。
あの分だと、宇宙服に穴が開いているかもしれない。
ブラッドから通信が来た。
「おい! てめぇら! なんて事してくれやがる!」
「切れ。もう交渉は無理だ」
「はい」
ジャゴンが通信を切り、回線を閉じる。
格納庫内に新手が出現した。
海賊たちは、突撃を警戒したのか、小型の宇宙船に乗ってやってくる。数は3隻。
こちらも、追加で4隻の輸送ドローンを出す。
これは、俺が適当に操って、必要だと思ったらイオーサにコントロールを渡すことにする。
しかし海賊たちも驚いただろう。
まさか、格納庫の中で艦隊戦が始まるとは思っていなかっただろうからな。