海賊王の反省会
ロッセルたちが、シミュレーターで戦っていた頃、宇宙の別の場所では、別の事が起こっていた。
〇
ある宇宙戦艦の格納庫にて。
少年のような外見の男、ターナー・ギンガ・ミルキーウェイは、呆然と立ち尽くしていた。
「テルメダ」
「はい」
「これは、賭けに負けた、という事なのだろうか」
「どうでしょうね……」
ターナーの斜め後ろに立つメイド服の少女は、首をかしげる。
二人の前には、コンテナがある。
たった今、部下の手によって、かかっていた鍵を、レーザーカッターで破壊し、強引に開封した。
コンテナの中には鉄骨が詰め込まれていた。
大きさがまちまちだ。何かを解体した時の廃材にも見える。
「見たところ、価値にして、5万クレジットぐらいでしょう。量だけは多いですからね。どこかに売り払いますか?」
「ちょっと、それを考えるのは後にしようか」
出撃のコストを考えると、大赤字だ。
ことの始まりは、対立組織、アルパカ海賊団に潜入させたスパイからの情報だった。
アルパカ海賊団は『ナクアの鍵』を手に入れた、らしい。
宇宙一の至宝、と言っても過言ではない物だ。
これがあれば、最新の技術を好きなだけ引き出せる。
大規模な組織が保有すれば、軍事も商売も思いのままだ。
海賊としてはなんとしても手に入れたい物だった。
だがナクアの鍵は、高性能のスーパーコンピューターとセットでなければ運用できない物。
アルパカ海賊団は、要塞化した本拠地にスパコンを配備し、そこにナクアの鍵を移送しようとしていた。
ナクアの鍵は、ターナーも長年探していた物だ。
本拠地への移送が終わってしまえば、さすがに手は出せない。
だから、輸送する船を襲って、奪う事にした。
激しい艦隊戦になったが、戦闘はミルキー海賊団の勝利に終わった。
敵はアルパカ海賊団の第三位、フォックスの率いる大艦隊。
それなりに強かったが、ミルキー海賊団の敵ではない。
相手の出す船の数は、スパイからの情報でわかっている。
それより多くの戦艦を出す。勝つ方法は、それに限る。
ナクアの鍵を壊さないように旗艦を沈めるのは避けたので、少し手間取りはした。
それがなければもっと楽に片付いていただろう。
そして、その結果が、このゴミのつまったコンテナだった。
メイド服の少女が、ポンと手をうつ。
「そうだ。実は、このゴミに見える物が、宇宙一の至宝『ナクアの鍵』なのでは?」
「まさか、さすがにそれは……」
「でもあれとか、巨大な鍵かもしれませんよ」
メイド服の少女が指さすのは、鉄骨の一本。
棒状の先端に何かゴチャゴチャした物がついていて、角度によっては鍵のようにも見えなくもない。
ターナーは、メイド服の少女を白い目で見る。
「じゃあ、対応する鍵穴は君が探しておいてくれ」
「冗談です」
「……笑えないなぁ」
「それはさておき、そもそも、ナクアの鍵と言うのは、どのような形をしているのですか?」
「わからない。スパイからの情報でも、そこがはっきりしない」
実際に外見を知っている人間は、アルパカ団の中でも数が限られるらしい。
このコンテナを任されたフォックスすら、中身がこんな物だとは知らなかった可能性もある。
「案外、本当にこの中に詰め込まれているのかもしれませんよ」
「スパコンとセットで使うと言うからには、もうちょっとそれらしい形をしているはずだろ……。ケーブルを指すコネクタとか、あるいは無線通信の機能とか……」
「一応、調べさせておきます」
「そうだね。あと、いい結果が出なくても、念のため、このコンテナはどこかに保管しておこう」
ターナーとメイド服の少女は格納庫を出る。
廊下を歩きながらターナーは呟く。
「とりあえず、今回はハズレだった、ということにして、次の動きを考える……。本物は、今どこにある?」
「既にアルパカ団の本拠地にあるのでは?」
「それはないよ。フォックスが囮をやる理由がない」
「なら、まだ基地にあるかもしれません。このまま奪いに行きますか?」
メイド服の少女は好戦的な事を言う。
だが、ターナーは、あまり乗り気ではなかった。
「グローリウスの艦隊と正面からやりあう事になるよ?」
「勝てませんか?」
「やれば勝てると思うけど、被害を考えると、ちょっとまずいな。それと……」
「それと?」
「無事に制圧したとして、さっきのコンテナと似たような物が、十万個ぐらい出てきたら、どうする? あの基地なら、実際、それぐらいの荷物はあるだろ」
「悪夢ですね。そもそもコンテナに入っているとも限りませんが……」
「なおさら候補が増えるね。基地攻めは論外だ」
二人は廊下の端にたどり着き、エレベーターに乗り込む。
「では? 次の輸送を待ちますか? あるいは、もう既に出ているかも……」
「実際、それっぽい船団が既に五件、確認されている。向こうも、情報漏れはわかっていたのかな」
「潜入させたスパイがばれていたと?」
「いないわけがない、と考えているだろうね」
ターナーは肩をすくめる。
もちろん敵だってスパイを使ってくる。
実際、ミルキー団の中でも、敵のスパイらしき輩は、何人か目星をつけてある。
いつか、偽の情報を渡して、罠にかける時のために泳がせてある。
「しかし、フォックスすらも囮に使ったという事は、我々に負けることも想定の範囲だったのでは?」
「だろうね。思った以上に用心深い」
「宇宙に二つとない物ですよ。万が一の可能性にも備えるでしょう」
「実際には、他にもあるはずなんだけどね、ナクアの鍵シリーズ」
ナクアの鍵。
それは実体が見えない。曖昧な噂の域を出ない。
だが、確実に存在する。
今後の世界の情勢を左右するような、何かが。
エレベーターが目的の階に到着する。
そこは、この戦艦のCIC。
ヴィジャボードを前に、ターナーの部下たちが、議論している。
ボードの上に映し出されているのは、星系図だ。
この周辺、二百光年以内の、星々が映し出されている。
今は、アルパカ海賊団の保有する艦船を、逐一、追跡して、移動先を予想している所だった。
「とりあえず、それっぽい輸送船を、片っ端から襲っていくしかないな。怪しいのは?」
「これと、これですね。どちらもフォックスの艦隊と同規模の艦隊です」
部下の一人が答える。
ターナーは、別の、規模は小さいが、それらしい航路を通っている船を指す。
「こっちはどうなの?」
「そちらは、船の数が少ないですよ。可能性は低いと思われます」
「どうかな。また裏をかいてくるんじゃないか?」
「裏をかく、ですか? それなら、むしろこちらの……」
部下が説明し、ターナーも意見を言い、議論が白熱していく。
それを一歩引いたところで見ていたメイド服の少女は、呆れたように呟く。
「これは、完全に抗争ですね」
「ん? ああ。できれば、あまり長引かせたくないね」
「しかし、ここに映っている船が全てではないでしょう。知らないうちに輸送が完了していたら、どうするおつもりですか?」
「それは……」
ターナーは、何か言い返そうとし、ため息をついて首を振った。
状況が、非常に芳しくないのは、よくわかっていた。
「そうだね。一か月経ってもダメだったら、アルパカ団の本拠地のコンピューターにバックドアを仕掛けて、データーをコピーする方針に切り替えよう。テルメダ、やり方の講習を受けといて」
「ずいぶん簡単に言ってくれますけど、もしかして、私がそれを仕掛けに行くんですか?」