ロッセルとノーラ
「私さ、意外と軍人に向いてるかもね」
イオーサは、ステーキをナイフで斬りながら、そう言った。
ここは基地の娯楽区画にあるレストランだ。
今、イオーサは赤いドレスを着ている。俺もタキシードだ。
このレストラン、料理は美味いが、ドレスコードがうるさいのが欠点だ。
「調子に乗るなよ。今回は、運が良かっただけだ」
「そうかな。あの戦術はきっと何回やっても勝てる戦術だよ」
「無理だ。同じ戦術が二度通用するわけがない。ノーラはそういうやつだ」
というか、大体の場合は、一度目すら通じなかったんだけどな。
「ロッセルもさ、艦隊指揮官、向いてると思うよ。今までうまくいかなかったのは、一人だったからでしょ。私と組めば最強だよ、最強」
「どうかな……。仮に向いてたとしても、俺は建築家だ。今から艦隊指揮官には、なれないよ」
それに、これはこれで悪くないと、思えるようになった。気がする。
きっとイオーサのおかげだ。
イオーサは、肉をもぐもぐとほおばり、思い出したように言う。
「ところでさ、さっきノーラと会って来たの?」
「ああ。昇進のお祝いを渡して来たよ」
「そう……それだけ?」
イオーサは俺をじっと見る。何か、疑われているような気がする。
「それだけだぞ」
「何もされなかった?」
「されてないが……」
「例えば……抱き着かれたりとか、キスされたりとかは?」
「何を言ってるんだ、おまえは……」
こいつは、ノーラの事を、何か勘違いしているんじゃないか?
「それじゃ私の事は? 何か言ってた?」
「ああ。えーと、これからもよろしくってさ」
俺は曖昧にぼかした。
それから俺は、イオーサの右腕を指さす。
「なあ、その腕輪、何の意味があるんだ?」
「何って、ロッセルが買ってくれたんじゃん」
「選んだのはおまえだろ」
何か意味があるのか、と思ったのだが……。
イオーサは、いたずらっぽくニヤリと笑う。
「これはね、私はロッセルの所有物です、っていう証」
「は?」
何を言ってるんだ、こいつは。
「あーもう。ロッセルって、本当に鈍いよね。今夜、時間をかけて教えてあげる」
「んんん?」
「ほら、早く食べたら? 料理冷めちゃうよ」
「あ、ああ……」
〇
少し時間が戻る。
決闘が終わった後、ノーラは黙ってシミュレーター室からいなくなってしまった。
ハルニアに言われて、俺はノーラの部屋へと向かった。
扉をノックすると、返事があって、疲れた顔をしたノーラが出てきた。
「何の用よ……」
目が赤いようにも見えた。泣いていたのかもしれない。
負けたのが、そんなに悔しかったのだろうか。
とりあえず慰めてみる。
「その、アレだ。うまくいかない時も、あるだろ?」
「勝った側に慰められても、嬉しくないわね」
「すねるなよ……」
「すねてない……。入りなさいよ」
部屋に招かれる。
きれいに片付いた部屋だった。
小さなテーブルと椅子がいくつかあって、俺とノーラは椅子に座って向かい合う。
今のノーラは妙にしおらしい。
いつもと様子が違って、反応に困る。
「もしかして、俺が勝ったのは初めてかな」
「二、三回はあるでしょ……。違った、四回」
「数えてるのか?」
「あなたとの模擬戦は覚えてるわよ、全部」
「そうか」
俺は、よく思い出せない。ただ必死にやって、負けたという記憶しか残っていない。
そういうのを、全部詳細に思い出せるかどうかが、才能なのだろうか。
ノーラは微笑む。
「心配しなくても、約束はちゃんと守るわよ」
「約束?」
「私があなたの部下になるって約束。忘れたの?」
「忘れてないさ。これからも一緒だな」
「……」
「そうだ、向こうで基地を作ったら、艦隊戦シミュレータも設置するってのはどうだ? また、暇な時に模擬戦で遊べるぞ」
「はいはい、楽しそうでなによりね。……はぁ、あなた、そんな事を言うために、私の部屋まで来たの?」
ノーラは苦笑する。ようやく元気が出てきたようで何よりだ。
そろそろ、目的を果たそう。
「実はな。ここに来たのは、これを渡すためなんだ」
俺はプレゼントの包みを差し出す。
「なにこれ?」
「昇進のプレゼント兼、ラストベガスのお土産だよ。忘れたのか?」
「ああ、そんなのもあったわね。開けていい?」
「どうぞ」
ノーラはあまり期待していなさそうな顔で包みを開け、中から出てきた腕輪に目を丸くした
「いや、ちょっと待って……これは、どういう事?」
「見ての通りだが……気に入らなかったか?」
「欲しかったけど、欲しかったけど……ああ、でも……」
ノーラは額に手を当て目を閉じ、何かを我慢するように数秒の間じっとしていた。
そして首をかしげる。
「うん、どうかしら。冷静に考えたら、それほど欲しかったわけじゃないかもって思えてきた」
「どっちだよ?」
「いえ、もらっておくわ。ありがとう」
ノーラは嬉しそうに腕輪を腕に嵌める。
それから、はっとしたように俺を見る。
「待って? この腕輪、誰が選んだの?」
「誰って、俺が選んだ……いや、イオーサと相談したけどな」
「……でもイオーサも、似たような腕輪をつけてなかった?」
「一緒に買ったんだ。クリスタルの所が色違いのが欲しいって」
「なんで?」
ノーラはすがるような目で俺を見る。
「俺に聞かれてもわからんが……お揃いの腕輪をつけたかったとかじゃないのか?」
何か違うような気もしたが、俺としてはそう答えるしかない。
そう言えば、ノーラがどうしてイオーサに意地悪するのか、理由を聞いていなかった。
お揃いは嫌だとか言いだすのだろうか?
「やっぱり、嫌だったか?」
「別に。文句を言うつもりはないわ。負けたし……」
「そうか」
関係ないだろ、と思ったが、ノーラの中では違う事になっているのかもしれない。
女心はよくわからない。
「理由は、どうしても知りたかったら、本人に聞けばいいだろ」
「嫌よ……」
「頼むから、仲良くしてくれよ」
ノーラは俺に部下になる。
そしてイオーサは、俺の元を離れる予定はない。
つまり二人は頻繁に顔を合わせる事になる。
そのたびにケンカされたら困る。
「残念だけど、好きになれそうにない、って伝えて置いて」
「どうして?」
ノーラは答えなかった。
「ところで、今夜、一緒にディナーでもどう?」
「あー、悪い。先約があるんだ」
俺が言うと、ノーラは顔をしかめる。
「相手はイオーサ?」
「ま、まあな」
昨日の夜、勝ったらそうしようと約束をした。
実際勝ったからな。この約束は破れない。
「そうだ。なんなら、おまえも一緒に……」
「ダメに決まってるでしょ。イオーサだって嫌がるわよ」
「そうか?」
「私だって空気ぐらい読むわ。勝者の権利を侵害したりしない」
「権利? 俺の知らない所で、何かイオーサと取り決めがあったのか?」
俺が、わけがわからず聞くと、ノーラは深いため息をつく。
「あなたって、本当に指揮官の適性がないわね」
意味がわからん。
鈍感スキルさんもログアウトしろよ