シミュレーターでの決闘、3
俺が見る限り、状況はよくなかった。
ウロボロス陣形の弱点は、上と下。
だがそれは、上手く使えば、敵の艦隊をそこに誘導することもできる。
もちろん、ノーラはそれも知っている。
やはり、今更こんなのに引っかかるわけないか。
「誘いに乗ってこないな……」
「どうすんの? これ、間に合う?」
イオーサは厳しい目でヴィジャボードを見つめている。
旗艦を含む20隻の高速艦は、恒星の横を疾走していた。
最短距離で回り込むために、燃え上るフレアに触りそうなぐらいの至近距離をだ。
これが「援軍」だ。
交代防御は援軍待ちの陣形だ。
この決闘では援軍は来ない。なら、自分自身で援軍を作り出せばいい。
というか、単に艦隊の一部を分割しただけだが。
これを、恒星の周りを一周させて、ノーラ艦隊の背後からぶつける。
目標はノーラの旗艦。
ルール上、敵の旗艦を沈めればシミュレーターは終了だ。
俺は、ノーラ相手に無茶な模擬戦を何度も仕掛けたが、このタイプは一度も実行したことがない。
やらなかった理由は単純で、こんなの間に合うわけがないからだ。
分割した艦隊では攻撃も防御も難しい。
適切なタイミングで投入できなければ、各個撃破されるだけだ。
だから、自分一人でやっている時は使わなかった。
だが今回はイオーサがいる。
アステロイドレースに鍛えられたイオーサに操作させれば、成功するのでは、と思ったのだが……同じようにはいかないだろうか。
イオーサがそわそわし始める。
「そっち、今からでも陣形を変えた方が良くない?」
「ダメだ。ノーラ相手にそんな事をしたら叩き潰される」
艦隊は、陣形の変更中が一番脆い。
迂闊な動きを見せれば、あっという間に崩れ落ちてしまう。
これがノーラなら、集中砲火の中でも自由自在に艦隊を操って見せるのだろうけど……今更思うが、なんなんだあいつ、チートかよ。
そう思っている俺の想いを実証するかのように、ノーラ艦隊の陣形が変化した。
なんだ、狙いを変えたのか?
「あ、まずい、観測船が……」
陣形の中央に隠していた観測船を狙われている。1隻が沈んだ。
俺がウロボロス陣を好む本当の理由がこれだ。
円を描いた中央は安全地帯になる。そこに大事な船を隠しておける。
奇策を使おうとすると、防御力の低い船を混ぜることになるから、どうしてもこういう戦略になる。
もちろん、何度も模擬戦をしたノーラがそれを知らないわけがない。
今回、守ろうとしているのが工作艦ではなく観測船の方だとバレてしまったようだ。
観測船が必要なのは、ノーラの旗艦の位置を特定するためだ。
この作戦は、頭部クリティカル狙い。
旗艦がどこにあるかわからなくなったら、勝機を失う。
俺は、観測船と工作艦の位置を変え、ウロボロス陣も少し傾けた。
ノーラもすぐに即応してくる。
イオーサは、俺とノーラの艦隊の動きを見て、顔をしかめる。
「それ、消耗戦にならない?」
「なってる。急いでくれ」
「急いでるけど、これ以上は後ろのがついてこれない……」
〇
観客席は、少し騒がしくなっていた。
アルゴニス教授が、ロッセルの考えていそうなことを解説し、観客がその内容について近くの人と議論しているためだ。
『さあて、妙な感じで盛り上がってまいりましたが……この後はどうなるでしょう』
『ノーラがどこまで気づいているかによるだろう』
たった今、ウロボロス陣の中央にいた観測船が壊滅した。
観測船の残り5隻は、ウロボロス陣から少し離れた所にいる。
『ノーラさんは、あっちは沈めに行かないんでしょうか?』
『迷っているようにも見えるな。あれが本命なのか、戦力を分散させる囮なのか、判断がつかないようだ』
『教授のお考えでは、本命だと?』
『ああ。ノーラがドローン空母を持ってきていたら、今頃は沈んでいただろうな』
そんな事を言っているうちに、ノーラは艦隊を出す決断をしたようだ。
10隻のレーザー艦が観測船の方に行く。
観測船は全力で逃げていく。速度は観測船の方が早いので、ノーラの戦艦は追いつけない。
だが……戦闘地域から離れすぎてしまえば、ノーラ艦隊の観測はできない。
既にイオーサ艦隊は、50隻ほどが沈んでいた。
ノーラ艦隊からレーザー艦が10隻減っても、有利は覆らない。
『これ、ロッセルさんの勝ち筋は消えましたよね?』
『まだだ。最後の計測データーで、今、旗艦がどこにあるかは特定できているはずだ。しかし、次にノーラが陣形を変えたら、わからなくなるだろうな』
『イオーサ艦隊の旗艦は今どこに……んー、微妙ですね』
距離が、少し遠い。到着までに、あと10分ほどかかるだろう。
『ノーラが陣形を変える様子はないな。ロッセルの作戦には、気づいていないのか?』
『どうも冷静さに欠けますね。ノーラさんらしくないなぁ』
ハルニアは表向きはそう言うが、もちろんノーラが冷静さを失っている理由は見当がついていた。
というか、わかっていないのは、ロッセルだけだ。
〇
観測船が全滅した。
これで、俺のウロボロス陣はもう動かせない。動かせばノーラの陣形も変わってしまう。
あとはただ、全滅するまで眺めているだけだ。
「突撃コースに入った。あと5分」
「ノーラの旗艦は、ここだ」
ノーラもさすがにこちらの狙いに気づいたか、陣形を崩して、高速艦に火力を集中させ始める。
俺はウロボロス陣の攻撃対象を、ノーラの旗艦周辺に変更した。
もう俺にできる事はない。
この突撃が成功すれば勝ち、失敗したら負けだ。
「よし、後は教えたとおりにやれ」
「わかってる」
20隻の高速艦が陣形を組む。
チームパシュート陣形。
一点突撃の基本だ。
突撃すれば先頭の戦艦が集中攻撃を受ける。
前面のシールドが剥げたら、先頭は交代。その戦艦は横にずれて少し速度を落とし、最後尾につく。
交代防御の理論を突撃に生かした動き方だ。
イオーサは戦艦一つ一つのシールド残量を見ながら、攻撃を避け、時にあえて受け、ギリギリで後ろに下がらせる。
この操作だけは、全てイオーサに任せる。
この状況は、アステロイドレースの、リング付近の駆け引きに近い。
イオーサは、戦艦にガウス砲を撃たせる。
ノーラ旗艦の周辺で、何隻かの戦艦が次々と爆散していく。
陣形の中央に突入。
戦艦の1隻をノーラの旗艦にわざと衝突させて、残り19隻は戦艦と戦艦の隙間をすり抜けた。
機雷散布。
撤退時に、後ろから砲撃を受けて、さらに5隻ほどが沈んだが、こちらの旗艦はなんとか無事だった。
「つ、疲れた……」
イオーサは本当に疲れ切った表情で言う。
「よくやった。残りは後が片づける」
旗艦が沈んだ後でも、少しの間、シミュレーターは続く。
もうノーラは指示を出せないが、残った戦艦は、NPCとして、半人前程度の動きはする。
この期間中に、こちらの旗艦も沈んだら勝負は引き分けになってしまう。
だから徹底的にやる。
ウロボロス陣には、もう一つ利点がある。
回転する流れを、そのまま一点突撃に変更できるのだ。
指揮官を失って烏合の衆となったノーラ艦隊の生き残り。数だけは多いが、さすがの俺でも余裕で壊滅できる。
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