シミュレーターでの決闘、2
ノーラは苛立っていた。
艦隊戦は、ノーラの思い通りに進んでいく。
イオーサ艦隊は散り散りに逃げていき、あとは追撃して殲滅するだけだ。
勝って当たり前の勝負に勝った。それだけのこと。
だが、思い通りにならない物もある。
「なんなのよ、あの女。ロッセルは、私が、私が先に……」
愚痴をこぼしながら、ノーラは艦隊を動かす。陣形は、一点突撃を選択するか一瞬迷い、ここは戦列砲撃で我慢した。
最後尾を飛んでいる装甲ガウス艦の数隻を轟沈させる。
大半を取り逃がすことになるが、それでも状況はこちらが優勢。
深追いは危険だ。
ロッセルがついているなら、イオーサ艦隊は逃げ道に機雷をばらまくだろう。
「ロッセルが、ついている、か……」
当然のこととも言えるが、ロッセルはイオーサ側についた。
ノーラが決闘に勝った場合、イオーサはロッセルに近づけなくなる。
そんな条件を突き付けた理由は単純。
たんに、ロッセルの隣にイオーサがいるのが嫌だっただけだ。
「こんなことしたら嫌われるかな。いっそ、勝った時の内容を変えた方が? いやでも、他に何があるっていうのよ。一緒にデートするとか? そんなの決闘の条件にできるわけないし……ああ、どうしたらよかったのよ……」
ノーラは深いため息をつく。
イオーサは、この決闘が始まる前に拳を見せつけてきた。
だが、本当に見せたかったのは腕輪だと、ノーラは感じていた。
あの腕輪はロッセルに買ってもらったに違いない。
ノーラは、昇進のお祝いすらもらえていないのに。
「……うらやましい」
ノーラは唇を噛みしめると、ヴィジャボードに集中する。
逃げていくイオーサ艦隊は、恒星の近くに終結しつつあった。
先行するレーザー艦が円を描くような軌道になり、そこに装甲ガウス艦が合流していく。
「ウロボロス陣か。やっぱり動かしてるのはロッセルね。」
ロッセルとは何度も模擬戦をしている。
そもそも、ノーラが最初にロッセルと親しくなったのも、シミュレーターの模擬戦の相手としてだった。
当時、ノーラは艦隊指揮官の道を志していたが、伸び悩んでいた。
それで休日も訓練しようと、艦隊戦シミュレーターを使いに行ったら、ロッセルと会った。
ロッセルは既に指揮官の道を諦めたらしい。
それでも、未練があって、たまにシミュレーターをやっているのだと言う。
ロッセルとの模擬戦は、ある意味、新鮮だった。
毎回わけのわからない構成と作戦を見れたし、その目的と対応を考えるのは楽しかった。
そんな事を続けているうちに、何かの壁を越えたのか、ノーラは授業でもいい成績が取れるようになった。
ノーラは、指揮官の座を手に入れたが、その後も、両方が同時に休日になった時は、シミュレーターを借り切って、一日中模擬戦をやった。
そのまま、夕食を取る事もあった。だが、最後の一線までは踏み込めなかった。
「こんなことになって、次のチャンスはあるのかしらね……」
ノーラは大きなため息をつく。
「やっぱり、間違えたかなぁ」
〇
実況席でハルニアは声を張り上げる。
『あーっと、出ました。ウロボロス陣形です』
ウロボロス陣形は、交代防御の亜種だ。
四段ぐらいに並んだ艦隊が、そのまま自分のしっぽを追いかけて、円形を作る。
つまり、四段の円形の壁となる。
今、正面に来ている戦艦のシールドを破っても、すぐに後ろに回っていってしまうので、撃沈には時間がかかる。
時間稼ぎに向いた陣形だ。
この陣形を崩すなら、一点突撃が基本だ。
しかし今は中央に工作艦が待機している。
迂闊に突っ込めば、機雷原の真ん中で包囲される事になる。
『これはたぶん、ロッセルさんがやっていますね』
『なぜわかるんだ?』
アルゴニス教授の疑問はもっともだ。
イオーサだって、教本の内容を頭に詰め込んだなら、これぐらいはできてもおかしくない。
『それは簡単ですよ。今までも、ノーラさんは、たまにロッセルさんと休日に艦隊戦シミュレーターで模擬戦をしていたようなのですが……』
『ん? 休日に?』
アルゴニス教授が首を傾げるが、ハルニアは話を続ける。
『ロッセルさんは、いろいろな陣形を取るけど、最終的にはウロボロス陣形に収束することが多いらしいです』
『待て待て。私の考えが正しいとすると、それは大声で言わない方が良いのでは?』
『あ、そうですね。えーと……、ところで教授、ウロボロス陣形の弱点と言えば?』
『上と下だろう。あれはどうにもならん』
宇宙戦艦は立体的に動く。
横に対する防御を完璧にしただけでは、意味がない。
戦艦を円形に動かして壁を作るという陣形。軸線側の防御は何もない。
敵がそこに布陣して攻撃してきたら、反撃すらできずにダメージを受けてしまう。
『よくみると、装甲ガウス艦を上と下に使っていますね。最初からこの陣形を選ぶつもりだったのでしょうか?』
『だが、ここからどうする気だ? 交代防御は援軍待ちの場合のみ有効。昨日もその会話をしたばかりのはずだが……』
援軍は来ない。このままではじりじりと消耗していくだけだ。
『というか、陣形は、これで本当にいいんですか? これ、回転軸が恒星に対して垂直になるように布陣すれば、下側を塞げますよね』
『そうだな。そして上側には機雷を撒く。そうすればある程度は時間を稼げるはずだ』
『そうしない理由は何でしょうか?』
アルゴニス教授は少し考え、モニターを指さす。
『ノーラ艦隊を、軸線の上に誘導したいのではないか? だが……二択だぞ?』
『どっちが当たりでしょうか?』
『さあな。案外、迷わせて時間を稼いでいるだけかもしれん』
実際、ノーラ艦隊の動きは乱れていた。
『ノーラ艦隊、50隻ずつ六つに分裂しています。これは、アレですね?』
『戦列砲撃の分散型だ』
攻撃は一カ所に集中させた方が強い。
その常識を利用した陣形だ。
敵は、攻撃を、どこか一カ所に集中させてくるだろう。
その攻撃を受けた部分だけ、交代防御をやって身を守る。
その間に、他の部分が集中砲火を浴びせる。
ウロボロス陣形のもう一つの弱点が、これだった。
艦隊全てが交代防御をするしかないので、ダメージレースで負けてしまう。
『ノーラさん、これ大好きなんだよなぁ……』
『最後までコントロールしきれるなら、効果的な陣形だ。ノーラはやりきるだろう』
『イオーサ艦隊、万事休すか? ロッセルさんも、ここまでは読んでいるはずですよね?』
『次の陣形に移るべきだが……なんだろうな。ここから対抗策は、ちょっと思いつかないな』
強いて言うなら、イオーサ艦隊も戦列砲撃になれば、対等には持ち込める。
だが、それができるなら、最初からそうするべきだ。
既に、一割ほどが沈んでいる状態で、相手と同じ動きをしても遅い。
ハルニアは何か、策でもあるのかとイオーサ艦隊を見回し……
『あれ? イオーサ艦隊、ちょっと船の数が足りなくないですか? 高速艦が見当たりませんよ? 観測船も、減っていますね』
『なるほど。やはりそれが狙いか。だが、間に合うかな』