シミュレーターでの決闘、1
決闘の日。
俺たちは艦隊戦シミュレーター室に集まった。
「逃げずに来たことを誉めてあげるわ」
ノーラは不敵に笑う。完全に勝つ自信があるようだ。
それはそうだろう。
ノーラは軍属。艦隊指揮の専門家。
一方、イオーサは三日前までシミュレーターに触ったこともなかった。
勝つのは当然。負けたら恥というレベルではない。
「私たちは負けないもん」
イオーサは戦意を失っていないことを示すかのように拳を握って見せる。
ノーラの目つきが鋭くなった。
それにしても……観客が集まりすぎている気がする。
壁際に階段席が作られている。
そこに座っているのは、明らかに二百人を超えているし、端の方には、実況席のような物まで作られている。
実況席にいるのは、ノーラの副官のハルニア。
その隣には解説役としてアルゴニス教授が控えている。
これはなんだ? いつから、決闘は見世物になったんだ?
まあいい。誰に見られていても勝てばいいだけだ。
「ああ、それとイオーサ一人では無理だと思ったので、俺も参加する事にした」
「なんですって?」
ノーラは目を丸くする。
それは驚くだろうな。当日になってこんなことを言い出されたら。
「なあ、考えても見ろよ。イオーサが勝ったり負けたりした場合、得したり損したりするのは俺だぞ?」
「それは、そうかもしれないわね」
ノーラは唇をかむ。
俺が敵に回っても、勝てるかを考えているようだ。そして、勝てると判断したらしい。
「仕方ないわね。好きにしなさい。もちろん、助っ人はロッセルだけよ」
「わかってるさ」
だが、これで勝算が見えてきた。
俺たちは、それぞれ防音された部屋に入る。
模擬戦をする時は、お互いの作戦を盗み聞きできないように、別室で操作するのが習わしだ。
この部屋も、CICを模している。
部屋に入ったところで、イオーサが俺の背中をつつく。
「ねえ。本当に、勝てると思う?」
「五分五分だろうな」
ただ、一番の問題点だった「俺の持ち込み」の許可は得た。
あとは、ノーラがどこまでこちらの作戦を読んでくるか、だろう。
ノーラはイオーサを舐めているはず。
この策は読めない、はずだ。
〇
実況席のハルニアはマイクのスイッチを入れ、声を張り上げる。
『さー、始まりました。赤コーナ! 最年少の女性艦隊指揮官、ノーラ・スプリット! 対する挑戦者は! 噂の鈍足女王、イオーサ・ミュリア!』
『待った。挑戦者はイオーサでいいのか? この決闘はノーラの方が言い出したらしいが……』
アルゴニス教授は、首をひねりながら指摘する。
対戦内容には興味があったのだが、思ったより騒がしくなっているうえに、実況席にまで引きずり込まれてしまい、少し困っていた。
『いいんですよ、教授。新参者が挑戦者になるんです』
『鈍足女王とはなんのことだ?』
『イオーサさんは、最近までラストベガスのアステロイドレースに選手として出場していました。そこでの異名ですね』
『アステロイドレースとは?』
『小型の宇宙船で競走するレースです。ですが、その経験は、艦隊戦には生かせそうにない、というのが一般の見方です……』
『確かに。戦闘機向きだな。あるいは……』
アルゴニス教授は何かを言いかけたが、少し考え、やめた。
『さて、みなさん。画面にご注目。両者の艦隊が一斉にワープアウトしてきます』
画面には、それぞれ300隻ずつの艦隊が出現していた。
事前の協議により、数は揃えてある。
『ノーラさんの艦隊の内訳は、レーザー艦200隻、ガウス艦100隻。教授。どう思われますか?』
『ストレートな構成だな。正面から全力で叩き潰すつもりだろう』
レーザー艦は、その名の通りレーザー兵器を搭載した戦艦。
ガウス艦は、電磁力を使って金属砲弾を撃ちだす、レールガンなどを搭載した戦艦を指す。
戦艦は金属の装甲とエネルギーによるシールドに守られている
レーザーは、シールドを切り裂くが装甲には効果が低い。逆にガウス砲は、シールドには効果が低いが装甲を貫通する。
つまり、レーザーでシールドを剥がしてから、ガウス艦でトドメを指す、というのが基本戦術になる。
『一方、イオーサさんは……なんだこれ?』
『高速ガウス艦30隻、レーザー艦120隻、装甲ガウス艦120隻、工作艦20隻、観測船10隻』
高速ガウス艦は、速度に特化し艦の前面に固定されたガウス砲を持つ、威力偵察に向く船だ。ガウス砲を連射しながら高速で接敵し、機雷をばらまきながら逃げる、という使い方をする。
装甲ガウス艦は、装甲とシールドを多めにしたガウス艦。
工作艦は、機雷散布などの作業に向いているが、武器と装甲はあまりつんでいない船。
観測船は……観測機材を大量に搭載した非武装船だ。
『種類が多すぎて、わけがわかりませんね。イオーサさんが、これを?』
『たぶん、ロッセルが考えたのだろう。あいつは、ろくでもない構成ばかり試す』
『これもその一つなのでしょうか?』
『必要な船の種類を増やすと、いざと言う時に補充が難しい。レーザー艦とガウス艦で統一した艦隊で勝つやりかたを覚えなければ、指揮官としてはやっていけない』
アルゴニス教授は、やれやれと首を振った。
ハルニアが、聞き捨てならないと言いたげな顔になる。
『混成艦隊は、弱いという事ですか?』
『いや、強い。少なくとも、特定の状況なら、適切な組み合わせの方が効率は良くなる……それが問題なのだ』
『……と言いますと?』
『ロッセルのような性格は、艦隊指揮官に向いていない。効率性の低さに我慢できないのだな』
『効率は高い方がいいと思いますが?』
『狙った状況が発生すればな。それが失敗したら全てが終わりだ。実際の戦場では、自分の思い通りに進む物なんて一つもない。不確定な未来に、部下の命を賭けてはいかんのだよ』
アルゴニス教授は、深いため息をつく。
『なるほど。ちなみにロッセルさんの作戦は何だと思いますか?』
『ある程度、推測はつくな。例えば、高速艦を……』
教授が言いかけたところで、観客席から歓声が上がる。
艦隊が動き出したのだ。
イオーサ艦隊は、ノーラ艦隊の周囲を回るような動きを取り、ノーラ艦隊は大まかな位置は変えず、船を並べ替えてそれに対応する。
『イオーサ艦隊は、恒星を背に向けるポジションを狙っているようだな』
『ノーラさんは、それを阻止しようとしませんね』
『大して意味がないと思っているのだろう。実際、拘るほどのことじゃないからな』
ノーラからは逆光になって見づらくなる。
センサーの精度は下がるが、全く見えなくなるわけではない。
そして撃ち合いが始まった。
明らかにイオーサ艦隊が不利だ。
指揮能力がどうこう言う前に、砲撃戦向けの船の数が違う。
あっという間に、レーザー艦が10隻ほど爆散する。
『イオーサ艦隊、撃ち負けています! 混成艦隊にしたのが裏目に出たか……あ、これは逃げるのかな?』
『ここまでは、ロッセルも想定しているはずだがな』
せめて逃げる所は手際よくやる、と思っていた。
ところが、イオーサ艦隊は、逃げながら分散し始める。
高速艦はもちろん先を行く。観測船もやや速度が速めの船だ。
一方、装甲ガウス艦は、どうしても速度が遅い。ノーラ艦隊は最後尾の船に集中攻撃を加えて、何隻か沈めてしまう。
このまま壊滅かと思われたが、ノーラは深追いしなかった。
『イオーサ艦隊は機雷の散布を始めたな。だが、ノーラもそれを読んで速度を落としたようだ』
『戦場は移動しますね……恒星の方に逃げているのかな?』
『ノーラ艦隊と逆方向に逃げるなら、当然そうなるが……もしかすると、最初から恒星付近で戦いたかったのかもしれないな』
『何が狙いんなんでしょうか』
『まだわからん。というか、観測船は何に使うんだ? いや、前にも似たような構成を見た覚えがあるな……』
アルゴニス教授は、手元の端末で、過去の授業の履歴を検索し始める。
『あ、ちなみに、旗艦はどこですか?』
旗艦は、指揮官が乗って、そこから指示を出すための船だ。
指揮官室がある以外に、他の戦艦との違いはない。
ただ、そこから指示を出している、という設定になっている以上、シミュレーターでも旗艦は設定するし、旗艦が沈没した時点で勝敗が決する。
旗艦に指定したからと言って、特別に防御力が強いわけではない。攻撃を受ければ簡単に沈む。
『ノーラ艦隊は、レーザー艦だな。初手から自分で介入していくタイプだ。イオーサ艦隊は……ほう、高速艦か』
『なるほど、艦隊が分散したのはわざとですね。装甲ガウス艦を囮にして、旗艦を先に安全な場所に逃がしたんですね』
ハルニアは納得したように頷く。
実戦でそんな事をしたら、一人で逃げた指揮官と罵られ、部下の信頼を失ってしまう。だがシミュレーターなら、一度は試してみたい作戦だ。ハルニアはそう思った。
だが、アルゴニス教授は首を振る。
『いや違うな。この構成で勝ちを取りに行くとしたら……狙いはこれしかない』
『え? 教授はもうわかったんですか? ロッセルさんの狙いが?』
『そうだな、独創的なアイディアだ。あとは、本当に実行可能かどうか……』
『教授、一人で納得しないでください。解説! 解説をお願いします!』