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まだ熱意はあるのか


 その日の夜。(宇宙ステーションなので昼夜はないが時刻はある)

 俺は、部屋でベッドに横たわって考え事をしていた。


 明日は決闘の日だ。

 イオーサはノーラに勝てるだろうか?

 まあ、たぶん無理だろう。

 素人の付け焼刃で覆せるほど、軍の士官教育は甘くない。


 ただ、イオーサが負けた場合の条件がよくわからない。

 イオーサは俺に会えなくなる? その結果、どうなるんだ?

 ノーラが何を思ってそんな条件を突き付けてきたのか、よくわからない。


 一体、ノーラはどうする気なんだ……。

 まあ、そうなった時に、本人に聞けばいいか。


 そんなことよりも、俺が考えているのは、昼間に教授から言われた事だ。

 熱意。俺が艦隊指揮官を目指した理由。

 スキルやステータスよりも大切な物。


 アルゴニス教授もああ見えて、意外とロマンチストなのだろうか?


 まあ、艦隊指揮の神も、わけのわからんことを言っていたからな。

 指揮官なんて、ロマンチストじゃないと、やってられないのかもしれない。


 性格的に向いていない、か。なるほど。確かにその通りだ。俺には向いてない。

 だが、俺には俺のやり方があるわけで……


 コンコン


 扉を遠慮がちにノックする音した。

 俺はベッドから起き上がると、扉の所に行って開ける。

 イオーサがいた。何か悩んでいるように見えた。


「ちょっといい?」

「ああ」


 イオーサは部屋に入ってきた。と思ったら、扉が閉まるなり俺に抱き着く。

 俺はどう反応していいかわからず、わたわたしてしまう。


「お、おい……そんなことしたら、勘違いしちまうぞ」

「勘違いじゃなかったら、どうするの?」

「いや、それは……」


 俺はイオーサを引きはがし、逃げるようにベッドに腰掛ける。

 イオーサは、俺の前に立つ。


「何か、言う事があるんじゃないの?」

「……いや。特に思い当たらない。というか、おまえの方から来たんだろ。何しに来たんだよ」

「何じゃないよ。誘惑に来たんだよ!」

「ゆ、誘惑?」


 何を言ってるんだこいつは。


「だってさ、明日、私が負けちゃったら、会えなくなるでしょ。だから、最後に責任を果たしておこうと思って……」

「責任を果たす?」


 何の責任だ?


「だから……私は、大金を払って、開放してもらえたわけだし、お礼、っていうか……その……」


 イオーサは顔を赤らめながら、もじもじし始める。

 ふむ?


「その……お礼って言うのは、性的な意味で?」

「そのつもりだよ。最初の日から……」


 確かに、ベガスでも、妙にべたべたしてくるとは思っていた。


「あのさ。ロッセルは、私と、そういう事をしたいと思ってたわけじゃないの?」

「いや……それはどうかな」

「本当に? 例えば、私が男だったとしても、同じように大金払った?」

「……」


 答えづらい質問だ。


「自分でもよくわからん」

「わからないって」

「そもそも、完璧に同じ条件でも、同じ判断をするとは限らないだろ。そこに条件を変えた仮定の話を持ち出されてもな……」

「あっそう……」


 イオーサは俺の煮え切らない返事に呆れたのか、ため息をつくと、俺の隣に座り、体を預けてくる。


「私にも聞こえてたよ、負けてもいいって……」


 昼間の事だ。

 アルゴニス教授からそう言われた。


「逆だろ。あれは挑発だ」

「挑発? なんで?」

「熱意のない人間は成長しないとも言っていたからな。負ける気で戦うなんて、熱意の対極じゃないか」


 教授なりに発破をかけたつもりなのだろう。

 あるいは、ここで諦めるなら本当にダメだと判じるか。


「でもさ、勝てると思う?」

「難しいだろうな」


 ノーラは、強い。

 艦隊指揮にかけては、指揮官コース落第の俺よりは上だ。二人の休みが重なった時に模擬戦をやった、何度も。だから嫌でもわかる。

 そして今のイオーサは、明らかに俺以下。

 これはどうにもならない。適性以前に、年季が違う。


「私も、何が相手でもやってやるって思ってたんだけど……あれは」

「どうやっても無理か?」

「五年か十年ぐらい勉強したら、絶対追いついてみせるよ」

「十年ねぇ……」


 俺は、二十年ぐらい、アルゴニス教授の授業を受けたんだけどな。

 せめて、この経験値をそのまま持ち込めれば……いや、待てよ。


「たしか、カンニングは禁止されていないな」

「え? カンニング? 何を持ち込むの?」

「俺を持ち込めばいい」


 イオーサは目を見開く。


「いいの? いや……それで勝てるの?」

「無理だな。他にも何かが必要だ」

「アルゴニス教授とかは?」

「それは無理だ。たぶん同意を得られない。他の士官もダメだろうな」


 俺の手が届く範囲で何か……。何も思いつかないな。



 モニターの中では宇宙戦艦の艦隊が撃ち合いをしていた。

 昔の映画だ。艦隊戦をテーマにしている。

 ベッドに座る俺の隣で、イオーサは寝転がって、つまらなそうにモニターを眺めている。


「これ、随分、戦力差があるような気がするけど。主人公側が不利すぎない?」

「まあな、そういうもんだ」


 実際の戦闘でもそうだ。

 相手と同じ数だけ出して余りは遊ばせておこう、なんてことをやる指揮官はいない。

 開戦すれば、どちらかが有利に、どちらかが不利になる。


 アルゴニス教授に言わせると、早めに有利不利を判断して、不利を悟ったら撤退するのが正しい指揮官の在り方、らしい。


「でもその理屈だと、少数の方は諦めて撤退した方がいいんじゃないの?」

「それは、前半でいろいろやり取りがあっただろ。わかってても退けない理由があるんだよ」

「不利なのに、退けない理由……」


 イオーサは頬杖をついて考え込む。


「ねぇ。ロッセルは、こういうのが好きで、艦隊司令官を目指したの?」

「悪いか?」

「別に悪くはないけど……。でも、今回の決闘の参考にはならなくない? この主人公、なんかぼんやりした指示しか出してないし……」

「それは仕方ない。あんまり詳しく説明されたって、視聴者にはわからないからな」

「そうかもしれないけど……」


 イオーサは納得いかないのか、ベッドの上でごろごろ転がり始めた。

 放っておくと、転がり落ちそうに見えたので、俺は腕を掴んで止めさせた。


「そもそも、これはエンタメだからな。あんまり戦術の精度にケチをつけても意味がないんだが」

「そんな予防線張るぐらいなら最初から見せなきゃいいじゃん……」

「むぅ……」


 痛い所をついてくるな。


「でもさ、めっちゃ不利なのに、退けない理由があるのって、私も同じだよね」

「そうだな」

「じゃあこの決闘は、私が主人公なんだ」

「確かに、いきなりケンカを吹っ掛けられる所からして、そんな感じだな」


 最終的に、勝てると約束されていれば、問題ないのだが。

 この世には、主人公補正なんてない。


「あーあ。戦艦一隻で決闘するんだったら、絶対勝てたのに……」


 イオーサは不満を漏らす。


 いや、待てよ。

 この不満は、割と現実的じゃないか?

 ノーラに決闘の条件を変更するように要求すればいいだけだからだ。

 もちろん、ノーラは同意しないだろうけど。


 問題点はそこかもしれない。

 戦いとは、相手の土俵に合わせることではない。

 戦場を、自分の得意分野に引き寄せることにある。これもアルゴニス教授の教えだが。


「イオーサ。戦艦一隻と、戦艦三百隻、何が違うんだ?」

「だって、見る所が多すぎて、いろいろ複雑だし……」

「……単純にしたらどうなる? 絶対勝てるようになるのか?」

「え?」


 イオーサは驚いて顔を上げる。


「実はな……方法は、あると言えば、ある」

「あるの?」

「もうちょっと見てれば、そこで実演されるぞ」


 俺はモニターで続く映画を指さした。

 そのまま真似するのは難しいが、似たような状況を作り出す方法は、一応ある。


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