第二話「上の上には上がいる」
とある昼下がり、大学構内の木の下のベンチ。
(……槙原太陽がつむぎと付き合ったのは、『確信』があったからだ)
大和は、二人について思いを馳せていた。
(いつか、つむぎは元に戻る。きっと元の体重まで痩せる……その『確信』があったからこそ、槙原はあんな不細工と付き合う事を決心した)
誰かと付き合うという事は、何らかの見返りを求めるという事。それは金であったり、優越感だったり、好きな人と共にいたいというただ純粋な願いであったり。当時のつむぎにはそれが無い。
(あの時期のつむぎと付き合うからには、『予め元に戻る事を知っていた』……。それしか考えられない。それならば、元に戻るまでは多少目を瞑って付き合うのも我慢出来ない事では無い)
大和は、その考えこそが正しいと信じて疑わなかった。太陽が当時のつむぎと付き合ったのは、先々の見返りを求めていたからだと。
大和は、つむぎと付き合いたい。太陽をしっかりと拒絶した上で、自分の元に戻ってきて欲しい。
(槙原太陽があまりにも邪魔すぎる。奴さえいなければ全ては丸く収まると言うのに)
大和は心中蔑んだ。
(しかし、不細工だった時期の自分を選んでくれた槙原の事をつむぎは信用し切っているだろう。それはあまりに厄介すぎる……そもそも、『この俺の元に戻ってこようとしない時点で、つむぎは他の男には目もくれないだろう』……)
空気が張り詰め、春先の優しい風が止んだ様な気がした。
(だが……『槙原が他の女の事を好きになる事はあり得る』。非常に低い可能性だが、それは常にあり得る。奴らが別れるとすれば、それしか無い……喧嘩別れを待っているつもりなど毛頭無い)
大和は、つむぎが好きで仕方が無い。好きで好きで、今も、それが目的で同じ大学に入学した程に。
その為ならば何でもする。大和の中には歪んだ決意があった。
(それには、魅力的な女が必要だ……つむぎ以下ではあるが、とにかく槙原の好みを捉えていればそれで良い)
大和は立ち上がり、メインストリートを歩き出した。
(高校の同級生なら、高嶺美華や黒木栞……高嶺の奴は槙原の好みという感じでは無いな。しかし、黒木……奴ならあるいは)
――吹き出した春風がなびかせる、おそらくは地毛であろう優しい茶髪。
(黒木の連絡先は当然残してあるし、彼氏もいないはず……槙原さえ奴の趣味に合えば、俺が何とか……)
――地毛だろうと思わせるのは、その顔はあまりにも日本人離れしているから。小柄に良く似合うショートボブ、それは一歩一歩足を動かす度に小刻みに弾み、これでもかと言わんばかりに春の空気に馴染んでいる。
その女は大和の逆方向から歩いてきて、二人は必然にすれ違う。
(!!?)
反射的に、大和は女の後姿を振り返ってしまった。
――その容姿たるや、肩を並べる者などたとえ芸能界を探したって見つかるだろうか。
(バカな……)
大和は呆然と、女の後ろ姿を睨んでいる。
女はあまりにも美しく、異常な程に愛らしく、思わず大和はその肩を掴んだ。