最終話「槙原太陽と栗藤つむぎ」
「………………栗藤」
「ま、槙原くん……」
今の会話を俺に聞かれてしまったと思ったのか、栗藤は頬を赤らめた。
「栗藤…………」
俺は一歩、二歩と歩み寄り、栗藤の手をとった。
「ずっと……ずっと、初めて会った時から…………」
両手が震えているのが、自分でも分かる。
「一年半……。栗藤が森川と付き合ってた時も、俺の事なんか全く知らなかった時から――」
計らずも、目元から零れ落ちる涙。俺はそれを拭う事なく、握った両手に力を込めた。
「ずっと……ずっと、栗藤さんの事が好きでした…………!!」
「そしてこれからも……ずっと、いつまでも……。栗藤さんの事だけを好きでいます…………!!」
――言った。言ってしまった。
遂に…………、俺は一年半分、彼女への全ての想いを言葉に乗せて言い放った。
そして…………。
栗藤の目からも溢れ出す、大粒の涙。
彼女はその泣き顔を隠すかの様に、俺の胸元に飛び込んだ。
「――――――!」
笑っているのか泣いているのか、どちらともおぼつかない泣き声。
――俺は肩口から両手を回し、力の限り抱きしめた。
***
――そして、一年後。
俺は相変わらず、朝のバスの最後列で漫画雑誌を読んでいる。
両耳のイヤホンは、もう俺には必要無い。携帯音楽プレイヤーごと、机の上に置きっ放しだ。
『○○停留所――』
次第にスピードを緩め、いつもの停留所でバスは止まった。
扉が開き、人が乗り込んでくる。
俺は、漫画雑誌を閉じ、鞄の上へと投げ捨てた。
――――風になびく、艶やかな黒髪。豊潤な唇に細い脚。
「太陽!」
彼女は満面の笑みをこちらに向け、俺も名前を呼び返した。
――――白く澄んだ肌の上に乗った整えられた顔のパーツは、道行く人の目を惹きとめる。
バスに乗っている男性は一人の例外無く彼女を振り返り、女性はその美貌を羨んだ。
彼女は真っ直ぐ俺の元へと歩いてくると、周囲の目など気にする事なく隣に座った。
「おはよ!」
「おはよう。テスト勉強した?」
「バッチリ! 今回は負けないよー!」
「本当? じゃあ、負けたら一週間昼飯オゴリね」
「え……、それはちょっと……」
「バッチリじゃないの?」
「バッチリだけど……」
――思わず、笑みが零れる。つむぎもまた、つられた様に笑った。
「……なあ、つむぎ…………」
「何?」
――ふと、言いたくなった。
「好きだよ。一生」
――つむぎは気恥ずかしそうに困った様な顔をして、そして、笑った。
「私も!」
漏れ出す笑みは、どこから来るものか分からない。
俺は座席の上で、つむぎの手を握った。
――――槙原太陽と栗藤つむぎ。
いつものバスの、いつもの席。
並んだ背中は、いつまでも幸せそうで――――。