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第1話「愛の条件」

「だっ、誰だお前は!!」と指を差して罵倒したい気持ちを必死に抑える。

 あの細い脚、か弱い背中、整った顔が……

 肉付きの良い脚、がっちりとした背中、ふくよかな顔……しかしそれでいて、確実に面影のある顔。

 俺は完全に放心し、ぐったりと頭を下げる。

(バ、バカな…… こんな事が…………)

 耳に入ってくる栗藤さんの笑い声が、やけに他人事のようだった。



 第1話「愛の条件(basis of love)」



「栗藤さんがブスになった?」

 友人の葉山が、驚いた顔をして俺の言葉を繰り返した。

「何言ってんだ。あの栗藤さんがブスになる訳ねーだろ」

 葉山は呆れた様に俺の言葉を聞き流す。

「ほ、本当なんだって……お前一回見てみろって」

「あーはいはい。その内な。てか栗藤さん最近学校休んでんじゃねーのかよ」

 そう言って葉山は教室の外を眺める。その時、計った様に丁度栗藤さんが教室の前を横切った。

「!! なっ……あれ、今の栗藤さん!?」

「だから言ったろーが……」

 俺はうなだれ、机に突っ伏した。

(く、くそ〜……。なんでこんな事に…………)

 この珍事は即座に学年、学校中に知れ渡った。ファンの多かった彼女の変貌ぶりに驚いた人間は多く、男子は皆栗藤さんの変貌を嘆いた。

「あ〜あ。じゃあもうこの学年は高嶺さんがダントツだな」

 葉山は両手を頭の後ろで組みながら言った。

 高嶺美華(たかみね みか)。学年一の美女と言われていた栗藤さんに次ぐ美女で、清楚な栗藤さんに対して長いまつ毛に程好く化粧の乗った肌。他人を嘲笑うかの様な鋭い瞳は正に女王様のそれであった。

(ちげーんだよ……俺が栗藤さんの事を好きでいたのは、顔だけじゃなくて……、もっと…………)

 涙が出そうになった。それを葉山には悟られたくなく、俺は顔を隠した。

 高校入学以来、一年半に及ぶ大恋愛(片想い)のあっけない幕切れを感じた。



 放課後、俺は葉山たちと暫く教室に残ってから帰路につく。こんな事、以前は殆ど無かった。栗藤さんは常に授業が終わった後すぐのバスに乗る為、俺もそれに乗るようにしていたのだ。

(でも……もういいんだ。栗藤さんはもう……)

 俺は校門前のバス停で十分程バスを待ち、そして乗り込んだ。中には誰もいない。俺はいつもの席ではなく、一番後ろの窓際に座った。

 バスに乗っている時間はとても退屈だった。この一年半、この時間をこれほど持て余した事は無い。俺は鞄の中から読みかけの漫画雑誌を取り出し、それを膝の上で開いた。


 十五分程経った後、信号の所でバスが停止した。開いた窓の隙間から女性の甲高い笑い声が聞こえてきて、俺は窓の外に目をやった。

(うわっ……すっげー美人)

 二十代半ばであろうか。露出度の高い服装、大人の魅力を醸し出す唇。気付けば俺は、すっかり見入ってしまっていた。

(やっぱ女性ってのは何より美人じゃねーとな。性格よりまずは顔、これが鉄則)

 俺は変わり果てた栗藤さんの顔を頭の中に思い浮かべ、そしてすぐにそれをかき消した。

(ソフトクリーム……食べてえな)

 女性が右手に持つソフトクリームを眺めながらそう思った。

 信号が青に変わる。バスは女性を追い越してしまい、俺は後ろを振り返る。

 女性は笑いながら、手に持っていたソフトクリームのカップを道路に放り投げた。その瞬間、その女性に見入ってしまっていた自分がアホらしくなった。

(…………、マジかよ。いくら美人でもお前みたいな奴は願い下げだ)

 俺は前を向き直し、再び膝元の漫画雑誌に目を落とした。

(やっぱ、顔だけ良くても駄目なんだよなあ。顔も良くて性格も良い……、そんなの、栗藤さんしかありえねーよ…………)

 今度は昔の栗藤さんの顔を思い浮かべ、暫くそれに想いを寄せる。

(やべ、泣く……)

 俺は手元の漫画雑誌の内容に意識を寄せた。気を紛らわせないと冗談抜きに泣いてしまいそうだ。

 少しして信号が再び赤を示し、バスは少し揺れた後停止した。

 再び窓の外に目をやると、ソフトクリームを舐めながら歩く栗藤さんの姿が目に映った。

(!! 栗藤さん……!)

 一瞬胸がときめいた気がしたが、それは気のせいだ。もう彼女を見ても胸をときめかせる事は無い。

(あ、そういやここいつものバス停の辺りか……。塾かな? つーかソフトクリームなんか食ってんじゃねーよ。痩せろよ)

 俺は呆れて視線を逸らそうとしたが、三週間前までの俺ならこんなチャンスを逃すはずが無い。どうにも勿体無いような気がして、結局視線を逸らす事は出来なかった。

 その時、栗藤さんは丁度ソフトクリームを舐め終えた。ゴミ箱を探しているのだろうか? 辺りをキョロキョロと見回している。しかし辺りにその様なものは無く、俺は栗藤さんがどうするのか眺めていた。

 ――栗藤さんは二、三度辺りを見回した後、そのソフトクリームのカップを鞄の中にしまい込んだ。


 胸の鼓動が、波を打つ。


 漏れ出す笑みは、どこから来るものか分からない。

 俺は漫画雑誌を鞄にしまい込み、満足気に目を瞑った。

もう少しで世に晒されていた変換ミス

(でも……もういいんだ。栗富士山はもう……)

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