第17話「鳴動」
「クリスマス、近いな……」
放課後。気だるそうに机に付した葉山が、そう呟いた。
「…………そうだな」
様々な考えが頭を過ぎる中で、俺はとりあえずそう返す。
「お前、良いのか?」
「……何がだ」
「分かってるだろ」
分かっている。栗藤の事を言っているのだろう。
「別に、どうしようもねーよ」
「…………告白、しろよ」
俺は、動揺が顔に出そうになるのを必死に押さえ込み、平静を装う。
「…………お前、好きなんだろ? 栗藤さんの事」
「……どうだろな」
葉山の視線を背中に感じながら、俺は教室を出た。
第17話「鳴動」
バス停に向かうと、そこには栗藤が立っている。
「こんちは」
彼女はこちらに気付くと、可愛らしい笑顔を向ける。俺はそれに相応しい返事を返し、彼女はまたそれに対して言葉を連ねる。
一見して、彼氏と彼女であるかの様な風景。それは気分が良く、楽しく、心地の良いものであった。
――バスに乗り込むと、二人で最後列の席へと座る。
そうして、栗藤がバスから降りるまで、絶え間無く会話を重ねる。喩えようも無く楽しい筈のひと時。しかしこの日の俺は、会話を楽しみつつ、心のどこかでもやもやしたものを抱えていた。
(俺は……好きなのか? 栗藤の事を…………)
その答えは、本当に分からない。
一緒にいると嬉しい。話していると楽しい。――でもそれは、友人関係としてくるものではないのか?
……何故なら俺はもう、栗藤を可愛いと思ってはいない筈だ。だとしたら、一緒にいて楽しいと感じるのは、友達だから――――。
分からない。
全ては、“未練”なのだろうか。一年半という年月が貯め込んだ愛情を、今少しずつ支払い続けているだけなのだろうか。
(………………)
分からない。
俺は……一体、栗藤の事をどう思っているのだろう。
「ねえ槙原くん、聞いてる!?」
少し考え込んでしまっていると、栗藤が俺の肩を揺らした。
「あっ、ああ。聞いてるよ」
「ほんとに?」
栗藤は不満そうに、元々膨らんだ顔を更に膨らませた。
「まあ私そろそろだから、降りるね」
そう言って栗藤は足元の鞄を持ち上げ、立ち上がった。
(えっ…………)
本能的に。頭で考えた訳でなく、思わずその腕を掴みそうになる。
そして、理解した。
(ああ…………、これか)
栗藤は、定期券を運転手に見せ、バスを降りる。
一分でも。一秒でも。刹那の一瞬さえ、少しでも長く一緒にいたいと感じる。
それが、“好き”だ。
バスが栗藤を通り過ぎようとした時、俺は窓の外に目をやった。
彼女は、俺に向かって手を振っていた。
「………………」
そして、理解した。これが――。
***
「葉山さん!」
槙原を先に帰し、葉山が一人で残った放課後の廊下。隼平が葉山を呼び止めた。
「お、どーした?」
「あの、前栗藤さんの事好きな奴がいるって言ったじゃないすか」
「以前は、学校中そんな奴だらけだったからな。つーかお前もだろ」
「俺は、栗藤さんがブスになった時点で止めましたよ!」
隼平は両手で否定のジェスチャーをとる。
「……まあ、それが一般的だ」
「いやそれが実は、土愛はまだ栗藤さんの事が好きとか言ってて…………」
――葉山の胸に、小さな黒い塊が落ちる。
「それで?」
「それであいつ、今度栗藤さんに告るとか言ってたんすよ? マジ信じられないっすよね! いやそりゃ、確かに栗藤さんって性格も良いかもしれないですけど、やっぱり顔がアレじゃどうしようもないって言うか――」