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第16話「降雨は予告してくれはしない」

「え? あそこの商店、栗藤の親戚がやってるの?」

「うん。だからたまに手伝ってるんだ」

 朝、大勢の人で混み合ったバスの風景。槙原と栗藤は肩を並べて立っていた。

「贔屓にするよ」

「ほんと? 喜ぶよ」



 第16話「降雨は予告してくれはしない」



「栗藤さんが働いてた店に行く? バーカ一人で行けよ」

 隼平は不機嫌そうに直哉を突き払う。

「なっ……お前、あんだけ栗藤さん栗藤さん言ってたくせに!」

「美人だったからな。今はもう知らん」

 そう言って隼平は、人差し指で直哉の額を突いた。

「例の店、行きたいなら一人で行け。俺は行かねーぞ」

「………………」

 直哉は悔しそうに、右手で額を擦っていた。



 ***



(くそ〜隼平め、どうしようもない奴だ!!)

 放課後、直哉は一人で雪道を歩いていた。

 口から出る白い息、赤い頬。両手を擦り合わせながら、商店への道を少し駆け足で進む。

(バチ当たっちまえ!)

 直哉が、悔しさ混じりに足元の氷を蹴飛ばした時、雫が一滴頬を伝った。

(雨か…………、帰りはバスだな。確かあの店のすぐ傍にバス停があったよな)

 久しぶりに降る雨。直哉は両足のペースを更に早め、少し小走りの様な形で商店へと向かった。



「………………」

 少し息を切らしながら直哉が商店へと着いた時、雨は本降りになってきていた。

(栗藤さん……いるかな)

 会いたいという期待と、実際に会った時の緊張への不安とを抱えながら、自動ドアへと進む。

 客が来た事を示す機械音と共に自動ドアが開くと、直哉は栗藤と目が合った。

「いらっしゃいませー」

(――――!)

 寒さのそれとは違う理由で、赤らむ頬。

 直哉はすぐさま目を逸らした。

「あ、確か……大分前にも来てくれたよね」

(! 覚えててくれた――)

 ――直哉は一応、栗藤とどんな会話を交わすか想定を繰り返していた。

 しかしそんなものは何の意味も成す事無く、案の定直哉の頭の中は真っ白になっていた。

「………………!!」

 直哉はそそくさと、何か申し訳ない事をしているかの様に商品を取り、レジへと向かう。

 何か話し掛けられている事も、自分がそれにどんな対応をしているかも分からない。ただただ機械的に会計を済まし、余韻を挟む事なく店を飛び出る。

「………………!」

 店を出ると直哉は大きく息を吐き、久しぶりに呼吸をした感覚を味わった。

(は、話せた…………!!)

 直哉の体を内側から埋め尽くす、心地の良い興奮。外の寒さも、今は大して気にならない。

(………………、でも……)

 直哉は、麻柄とは違う。

 好きである事に変わりはなくとも、栗藤つむぎが太ったという事実は事実。直哉も、そこは充分に理解していた。隼平の言葉が頭の中を埋め尽くし、直哉は少しその場で立ち止まった。

 視界を遮るかの様な激しい雨。今の心情とも折り合って、直哉はただ天を仰ぐ。

「………………」

 少しの間ただ呆然と立ち尽くしていると、音を立て自動ドアが開いた。

「?」

 後ろを振り返ると、再び栗藤と目が合う。

「あの……もしかして傘、無いの?」

 気恥ずかしそうな笑みを浮かべながら、栗藤は一本の傘を差し出した。

「これ、使って?」

「えっ……いや、いやいやいや! 大丈夫です! 帰りバスですし!」

 直哉は顔の前で両手を振る。

「良いから良いから。どうせ、私は雨が弱くなるまで店にいれば良いんだし」

 そう言って栗藤は直哉の手を取り、傘を手渡した。

「ね? 青なら恥ずかしくないでしょ?」


 そう言って、栗藤つむぎは微笑んだ。


「――――!」

 赤らむ頬を隠す様に、直哉は傘を受け取った。

「あ、ありがとうございます!!」

 寒さで回りにくくなった口でそう伝え、直哉は二三回頭を下げて走り去った。

「また来てね〜」

 栗藤つむぎは、その背中に手を振り続けていた。



「はっ……はっ……」

 息を切らして店から離れ、もう後ろを振り返っても栗藤の姿は見えない。

「………………」

 直哉は、右手に握った傘に視線を移した。

 開いた傘を激しく叩く雨粒。地面に溜まった水溜りに足を入れても、不思議と気分は悪くない。

「♪」

 直哉はバス停を通り過ぎ、鼻歌混じりに歩いて帰った。

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