第13話「土愛直哉」
「千五百四十九円です」
コンビニの制服に身を包んだ店員は会計を読み上げ、レジの前の男は財布を取り出した。
「あー、直哉お前九円ある?」
男は財布の中をかき分けながら、隣に立っている男に声を掛ける。
その男は自分の財布を取り出すと、当然の様にその中から一円玉九枚を取り出し、それを手渡した。
「おっ、サンキュー!」
――彼の財布の中には、常に大量の財布が詰まっている。
一年五組、土愛 直哉。
おおよそ、初対面の相手には男子高校生とは見られないその幼い容姿、毛先のうねった栗毛。
彼もまた、栗藤つむぎが美しかった頃、彼女に心を奪われた一人の少年だった。
第13話「土愛直哉」
七ヶ月前。桜の花びらが美しく舞う季節、直哉は槇原達の通う高校の新入生として、その校門をくぐる。
期待と不安、初々しさに満ちた表情。周囲の友人に頭を叩かれながら、直哉は入学式に出席した。
「おい、おい直哉!! 見ろ、あれ栗藤さん!!」
「栗藤さん? 何だよそれ、隼平」
「え、お前知らねーの? 絶世の美女栗藤つむぎ! この学校一のダントツ美人だってさ。野球部の先輩に聞いた」
隼平は直哉の方には顔を向けず、つむぎを視界に捉えたまま離さなかった。
「……それにしてもマジ美人。あんなん反則じゃん。あ〜あ、高校生だし、やっぱ一度はああいうのと付き合ってみてえよなー」
直哉はその話を半分に聞きながら、自分も目を向けてみた。
――整った顔立ち、可愛らしい仕草、笑顔。
何をどう見たって美人である事は一目瞭然だったが、隼平の様にその時からつむぎに夢中になる事は無かった。
「ふ〜ん……」
直哉は隼平の話に耳を傾けながら、視線を元に戻した。
――入学式が終わった後、直哉は隼平と二人で自転車に跨った。
初めて通る道、初めて見る風景。それら一つ一つを記憶しながら、澄んだ風の中をゆっくりと駆け抜ける。
「――おっ、こんな所に店あったんだ。入ろうぜ」
家だけが並ぶ住宅街。その中に溶け込む様に、小さな商店が一つ佇んでいた。
「!」
自動ドアを開き中に入ると、隼平は思わず声を上げる。
黄色い声、爽やかな空気。レジには、栗藤つむぎが立っていた。
「うわっ……、マジ? 栗藤さんだ!」
隼平は小声で直哉に耳打ちした。それをよそに、直哉は平然と店の中に入る。
「おっ、その制服。青山生?」
ふいに声を掛けられ、隼平は体を硬くした。
「はっ、はい!」
「新入生か〜。初々しいなあ」
「…………」
レジの前で鼻の下を伸ばしている隼平をよそに、直哉は一人で500mlのペットボトルとスナック菓子を棚から取り出す。
「うわっ、お前もう何買うか決めちゃったの!? はえーよ!」
レジまで戻ってきた直哉に気付き、隼平も駆け足で飲み物の売り場へと向かった。
「…………」
――そして直哉とつむぎは、一時的に二人になった。
直弥は、つむぎの事を異性として特別意識している訳では無かったが、当然、まったく意識していない訳ではない。直哉の目から見ても、美人は美人だ。
直弥は静かに商品をつむぎの前に差し出し、つむぎはそれを受け取った。
つむぎが商品のバーコードを読み込むと、商品の値段が表示される。
「三百二十八円です」
「…………」
直弥は、財布のチャックを開けた。
そしてその中から百円玉を三枚取り出し、次に十円玉、一円玉……と、しどろもどろに小銭を取り出していく。
「わっ。もしかしてピッタリある?」
「あっ、えー……と、多分……」
百円玉三枚、十円玉二枚、五円玉一枚、そして一円玉三枚。
直弥は、九枚の小銭を差し出した。
「わっ、嬉し〜い!」
「!!」
――白く、爽やかな空気がその場に溢れ返った。
大きな瞳、緩やかな口元、笑う目元。澄み切った明るい声が、直哉の心の奥底に心地良く響き渡る。
――そして直哉はその日から、大量の小銭を持ち歩くようになった。