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第12話「引力」

 ――雪が次第に積もり始め、バスの中はより一層人で埋め尽くされる。

 バスが人で混み始めてからは、あまり栗藤さんと話せていない。お互い、どこか気恥ずかしさがあるのだろう。それに、最近彼女の祖母が倒れたらしく、栗藤さんは時々病院にお見舞いに通う様にもなっていた。

 この日の朝も、俺は一人で漫画雑誌を読みながら、時折、栗藤さんを眺めているだけだった。



 第12話「引力」



「つー訳で、もう中間テストも近いからな。全員、しっかり勉強しとけよ」

 担任の先生が右手の出席簿をぱたぱたと叩きながら、全員にテスト勉強を促す。

 俺はそれを何となく頭の端に留めながら、栗藤さんの事を考えていた。

「あ〜あ、テストまじだるいッス〜」

 先生が教室を出た後、葉山が両腕を大きく伸ばしながら俺の方に近づいてくる。

「そうだな」

 俺は、何となく、応えた。

「あ、冷た」

 葉山は不満そうな表情を浮かべた。

「――また、栗藤さんの事考えてた?」

 ………………。

「さあな……」

 最近、頭の中で栗藤さんについて考えている事が多い。昔も多かったが、最近はそれも減ってきていると思っていたが……。

「恋か…………」

 葉山は嬉しそうに、満足気に、笑みを浮かべる。

「さあ……な……」

 その言葉は、葉山には意外そうだった。

「否定、しないのか」

 ………………。

「どうなんだろうな……。栗藤さんの事を好きなのかどうかも、昔の栗藤さんと今の栗藤さん、どっちを好きなのかも。分からん」

 俺は考えるのが気だるくなり、机に顔を伏せた。

「………………。その答え、簡単に出してやろうか?」

 俺は体は机に突っ伏したまま、首から上だけを起こした。

「よろしく頼む」

 葉山は笑って、人差し指で俺の額をついた。


「お前最近、どっちの栗藤さんの事考えてる?」


 ――――――。

「それが、答えじゃねーの?」

 葉山は俺の頭をポンと叩き、教室を出て行った。

「急げよ。バスに間に合わねーぞ」

「………………」



 ――地面に積もった雪に足跡をつけながら、バス停に向かう。

 そこには栗藤さんが一人で立っていて、俺は嬉しくなった。

「よ、よう」

「槇原くん!」

 栗藤さんはこちらに気付き、透き通った声を上げる。

 丁度バスがやってきて、俺達はそれに乗り込んだ。

 俺達は、二人で一番後ろの席に座り込む。そこが一番、落ち着いて話す事ができる。

「最近、あんまり話せてないよね」

 俺は頬をかきながら、そう言った。

「う、うん……。人が多いと、何か恥ずかしいって言うか……、ね」

 栗藤さんは気恥ずかしそうに頬を赤らめ、俺はそれを、どこか愛らしくも感じていた。

 ――それから俺達は、学校の事、家族の事、趣味、スポーツ、好きなアーティストについてまで、溜まっていた話題を全て吐き出す様に、語り合った。

 その時間は何よりも貴重に感じられ、気が付けば、バスは栗藤さんの祖母が入院している病院の前で止まっていた。

「あれ? 降りないの?」

 降りる仕草を見せない栗藤さんに向かって、俺は尋ねた。

「あ、うん。今日は良いの。親戚の人達が来てるから」

 俺は心の中で、ガッツポーズをした。これでまだ、二人でバスに乗っていられる。



「あ、じゃあ私、ここで」

 いつものバス停。栗藤さんは定期券を運転手に見せ、最後に軽く手を振りバスを降りた。

 一人になると、ある種の満足感の様な、また“もっと話していたかった”という喪失感の様な、言い様の無い感情に駆られた。

「………………」

 俺は気を紛らわせる様に、鞄の中から数学のノートを取り出そうとした、が。

「…………無い」

 ――どうやら、学校に忘れてきてしまったようだ。

 今日は金曜。週末テスト勉強をするのには、ノートが必要。

 俺は大きく溜息を吐き、次のバス停で降りた。

(……めんどくさ…………)

 下校中に高校まで逆戻りするのは、高校入学以来初の経験かもしれない。定期券ゆえに金銭的な負担は無く、それが俺の背中を推していた。

 ――二十分後、俺は再び学校行きのバスに乗り込む。

 俺は首を二、三回鳴らしながら、運転席の真後ろに座った。一人なら、座るのはもうどこでも良い。

 鞄の中から音楽プレイヤーを取り出し、それを再生はせずに目を瞑る。

 約五分後、栗藤さんが降りたバス停に止まった。

 俺は別に特別な意味は無く、目を開く。


 バスに乗り込んできた、栗藤さんと目が合った。


「…………。……」

「…………、あはっ」

「……、何してんの?」

 俺は驚きと期待とが交じり合った様な不思議な感覚の中で、そう尋ねた。


「……えと、病院………………」

「………………」

 もしかして。確かめる事は出来ないし、確かめようとも思わないけど――。


 ――もしかして、俺と少しでも長く話していたかったから、今日はお見舞いには行かないって嘘をついたのか――。


 不思議と、自然に笑みが零れ、栗藤さんもまた、笑った。

「後ろ、いこっか?」

「う、うん!」

 栗藤さんは嬉しそうに、そう答えた。

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