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序章「百年の純真」

 風になびく艶やかな黒髪、豊潤な唇に細い脚。

 白く澄んだ肌の上に乗った整えられた顔のパーツは、道行く人の目を惹きとめる。

 容姿端麗頭脳明晰、大和撫子とは正に彼女の為にある言葉だ。俺は彼女に会い、心からそう思った。


 ――八月、北海道。自転車に跨り風を受けて走る高校生達を横目に、俺はバスの中で読書に励んでいる。

 真夏の太陽光線が肌を焼くこの時期、バスを利用する高校生は少ない。自分を除くと高校生は三人しかいないバスの車内を眺めながら、俺は思った。

 俺がこうしてわざわざ金を払ってバスを利用する理由は一つ。このバスを彼女も利用するからだ。不運な事に俺と彼女はクラスが違い(この事は俺独自の不運イベントランキング歴代一位にランクインしている)、この一年半会話した事すら無い。密に想いを寄せる少年Aにとって、同じ空間を共有できるこの時間はとても大切なものなのだ。

 そんな事を考えながら漫画雑誌のページを捲っていると、そろそろいつものバス停が近づいてくる。そう、彼女がバスに乗り込んでくるのだ。俺は雑誌を鞄の中にしまい込み、ネクタイを締め直した。

 入り口を眺めるのに最も適した右斜め後方の席、そこが俺の特等席。俺はポケットから携帯音楽プレイヤーを取り出し、その停止ボタンを押した。

 バス停が見えてくると、俺はあくまでも平常心を装い目を瞑る。車体は次第にスピードを緩め、バス停の前で停止する――はずだ。はずだ。どうしたのだろうか。なかなかスピードを緩める気配を見せない。俺はそわそわしながらも、しかし目は開けなかった。

 頭の中であれこれと自問自答している間にもバスは進む。これはいくらなんでもおかしい。俺は痺れを切らし目を開いた。

 バスは、とっくにいつものバス停を通り過ぎていた。

「え?」

 平然と走り続ける車内から後ろを振り返ると、誰もいないバス停が目に入った。



 第0話「百年の純真(the boy can't meet her forever)」



 栗藤(くりふじ)さんがバスに姿を見せないようになってから二週間。結局、彼女はその間一度も学校に来ていないようだった。

 学年内では彼女が学校を辞めたとか不登校になったとか入院してるとか、様々な噂が飛び交っていた。俺は「今日こそはもしかしたら」と毎日思いながら、バスでの登下校を繰り返している。

 どうしても、彼女が学校からいなくなるだなんて信じられなかった。

 ――俺は彼女の顔写真の類を一切持っていない。頭の中にのみ存在する彼女に想いを寄せながら、ただただバス代二百三十円を支払い続ける。


 彼女が学校に姿を見せないようになってから三週間が経った。どうやら彼女のクラスメイト達すら、彼女の欠席について何も知らないらしい。俺は諦めそうになるのを何度も堪えながら、未だバスに乗り続けていた。

 丁度朝の八時を過ぎた頃、いつものバス停に近づいても俺はもう漫画雑誌を鞄の中にしまう事は無い。視線を窓の外に向ける事すら無く、淡々と雑誌のページを捲る。

 運転手がいつもの停車駅の名を読み上げたが、誰一人降車ボタンを押す事は無い。誰も降りず、誰も乗らず。バスは悠然といつものバス停を通り過ぎる。

 ――はずだ。バスは次第にスピードを緩め、そしていつものバス停の前で止まった。俺はゆっくりと、首を入り口へと向ける。

 豊潤な唇。肩ほどまで伸びた艶やかな黒髪。

 ――それは確かに、俺が散々待ち望んだ見覚えのある顔だった。

 スカートの裾から見える肉付きの良い脚。背負った鞄が食い込む肩。そして、確実に一回りも大きくなった白い顔。


 三週間ぶりに見かけた彼女は、なんか知らない間にブスになっていた。


 間の抜けた俺の声が、人の少ないバスの車内に響き渡った。

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