電子世海の人魚姫
やぁやぁ、初めましての人がほとんどかな? また会ったねの人は……物好きめ! 大好きだ!! 作者だよ!
冬童話のお祭りには、作者も初めての参加なんだ! おまけにドのつくひねくれ者! 書いた童話の人魚姫も、恐ろしいほどの変化球さ!
実はお祭りの始まりたてに飛び込むつもりだったんだけど……おっと、あんまり喋り過ぎてもいけないね。ゆっくり読んでいってほしいな!
「この世界」ははじめ、閉じられた箱庭でした。
たくさんの神様や魔物と呼ばれた人々が、メチャクチャに混ざって暮らしている世界です。
けれどもその人々は「この世界」の神様や魔物ではありませんでした。
「この世界の神様」によって呼ばれた、別の世界の神様や、人ならざる異形のモノたちです。ですから、ほとんどの力を使うことができません。
やがてこの世界の神様は、呼び出したモノたちに「ランク」をつけました。
『N』『NR』『R』『SR』『SSR』
その五つ記号は、この世界で力関係の絶対になりました。『N』が一番最弱で、順番に強くなり『SSR』が最強になります。たとえどれほどの逸話や相性、関係性も無視してそのランクはすべてでした。
彼女――「マーメイド」に与えられたランクは『N』でした。
それは、本当に神様のきまぐれだったのでしょう。他の呼び出されたモノたちも、適当にランク付けがされていきます。
ランクが高ければ高いほど、持っている力や、使える技能は増えました。それだけではなく、衣服もより煌びやかになり、声や表情も豊かで優遇された存在になったと言えるでしょう。しかし皆、あまり深刻には考えていませんでした。
どれだけ力関係に差があっても、彼らは自分から動くことに限界がありました。「運営」と名乗る神様が「プレイヤー」と呼ばれる人々に世界を開かない限り、ここには争いもなく、けれども大きな変化もなく、緩やかに過ぎていくだけでした。
少しずつ構築されていく世界。ただ、その期間は思った以上に長いものとなりました。神様が手こずっているらしく、時折彼らから不穏な空気が漏れ出ているようにも思えました。
やっとの思いで、神様はプレイヤーに世界を開きました。長いこと待っていたプレイヤーたちも、少々苛立っているように見えます。
しかし、何か問題があったのでしょう。神様は世界を閉じ、プレイヤーと隔離しました。そういったやり取りはたびたびあって、幾度も繰り返しているうちに、プレイヤーは減っていきました。
ようやく世界が安定し、ついにプレイヤーとの交流が始まる――『ランク』を持つみんなも、その時を待ちわびていましたが……そんな彼らに待っていたのは、あまりに残酷な現実でした。
『N』のみんなに待ち構えていたのは『無視』でした。
最低の能力と待遇しかない彼らには、ほとんどの人が何の感情も持ちませんでした。せいぜい最初だけ使って、後は放置されるばかりです。それはとてもつらいことでしたが、もっとひどい扱いのランクの人たちがいました。それは『NR』の人たちです。
『N』に比べれば、ずっと能力も見た目もいい『NR』ですが、プレイヤーたちは彼らを罵倒し、辛辣な言葉を放つ人がほとんどでした。
プレイヤーたちは『ガチャ』という儀式を行うことで、自分の手元にランクを持った人たちを呼び出すことが出来ます。それは貴重な資源を使うらしく、プレイヤーたちは真剣です。しかしその儀式はランクが高い人なら高いほど、手元に呼び出せる確率が低くなってしまう上、完全に運頼みなのです。その儀式で最も出やすく、最も能力の低いランクが『NR』の人たちでした。
プレイヤーの人たちはガチャの儀式で『NR』の人が出るたびに落胆し、中には心無い言葉を、一方的に投げつける人もいました。そうして吐き捨てた後は、だいたい『N』の人と同じ扱いでした。
ならば、彼らより上の『R』『SR』『SSR』のランクの人たちにとっては、この世界は幸せだったのでしょうか? 直面した現実は、残念ながらそれもまた違いました。
ランクが同じでも、彼らには一人ひとりの個性があります。プレイヤーの人たちはそれを『個性』ではなく、自分たちの主観で「強い」「弱い」「使いやすい」「扱いにくい」を測りました。
だから『SSR』のランクの中でも、プレイヤーの下に来ると歓迎される人と、微妙な顔をされる人、そして嫌がられる人の格差はありました。『SSR』の人はその程度で済みましたが、『SR』『R』の人の場合、反応はもっと露骨なものになりました。
世界がひどく荒んでで行く中……一人のプレイヤーが彼女、マーメイドに気をかけてくれていることがありました。悪意の嵐が吹き荒れる世界の中で、そのプレイヤー……この世界では『王子様』の役職のある人型越しに、自分たちと関わってくれる人でした。
彼の手元には『SSR』の人たちはいません。けれども、『SR』や『R』ランクの人たちなら、用意できなくはない状態でした。それでも――この王子様はランクが『N』である自分、「マーメイド」と積極的に関わってくれました。
「マーメイド」本人も、周りの人たちも不思議に思いました。事実、彼は他のプレイヤーに馬鹿にされたりすることもあったようなのです。
それでも、王子様は彼女を真ん中に立てました。他の人たちよりずっとみすぼらしく、弱弱しい自分を見てくれる。そんな彼と話したいと思っても――彼女は声を出すことが出来ません。それが許されているのは、ある程度のランクがある人、『R』以上の人でなければなりませんでした。
だから、ほとんど彼女は『王子様』の話を聞くことしかできません。まともに相槌を打つことも、頷くことさえできません。とてもとても悲しいことなのに、涙一つ流すこともできませんでした。
なのに……そんな不自由な彼女でも、彼はできるだけ近くに居てくれました。
傷ついて失敗した時は、優しい言葉をくれました。
物事が上手く行ったときは、自分と一緒に喜んでくれました。
そうでなくてもちょっとした時間に、気にかけてくれたり、たくさんの言葉をくれました。しかし、幸せな時間はあまり長く続きませんでした。
ある日いつものように王子様が来たのですが、普段の彼と違うなと思ったことがありました。一緒にいる時間が増えたからでしょうか? 時折二人が思っていることが通じあうことがあるのです。今日も通じるかな? と見つめていると、彼は諦めたように話し始めました。
それは、もうすぐ「マーメイド」が……それどころか、彼女の住んでいる世界そのものが、跡形もなく消えてしまうという、とんでもないことだったのです。詳しい話は彼女にはわかりません。一つはっきりしているのは、この世界を作った神様の失敗で……それはもう、誰にも止めることのできない必然でした。
すべてを話し終えた王子は、しばらく何も言いませんでした。遠い向こう側で、目を伏せて……もしかしたら泣いているのかもと思いました。
なぜ自分は、彼の傍にいられないのだろう? きっと二人は同じ気持ちでした。避けれない別れが迫っているのに、触れあうことさえできません。少ない時間で、気持ちを確かめ合うことも、ちょっとした話もできないまま――どうして彼女たちの世界は、神様の都合で消えていかなければならないのでしょう……?
世界が終わる話は、他の人たちにも広がっているようでした。散々な扱いに、みんなが怒っています。けれども、誰もそれを止めることが出来ません。神様の力は絶対で、まともな抵抗さえ許されない状態でした。
この世界と関わったすべてが、もう疲れ果てていました。中にはこっそりと、神様に反逆してみないかと、誘いをかける人たちさえいました。かなりの人が集まっているようで、それだけ納得できないことだらけだったのです。
最後の日、「マーメイド」にも声はかかりました。彼女は迷うことなく、首を横に振りました。
余計なことに、時間を使いたくありませんでした。最後まで王子様の傍に居たかったのです。「変な奴だな」と彼女は笑われました。
ああ、やっとその時に、彼女は気が付いたのです。王子もきっと、こんな風に笑われたのでしょう。自分より多くの人たちに。彼はそれでも「マーメイド」がいいと……ずっと言い続けてくれていたのです。それは苦しく、難しいことなのだろうと知りました。
早く会いたい。けれども王子様も時間が取れかなったようなのです。何とか世界が閉じる前には間に合いましたが、予定された時間の、少し前でした。
最初に、彼は謝りました。本当はもっと早く来たかった。できるだけそばに居たかった。他にもたくさんのことが、王子様の口から零れていきます。
やがて彼の言葉は、徐々に言葉ではなくなっていきました。ただ彼の心を表すだけの、震えた波になっていきました。
王子様の真摯な声は「マーメイド」に届きます。彼女もまた、自分の想いが電子の海を通して、波になって伝わってくれることを祈りました。
ふと、彼女はおかしくなりました。これだけ悲しいのに、自分は何を祈っているのだろう? 『神様』は自分たちを助けるどころか、もう二度と会えない運命を突き付けて来たのに……
けれども「マーメイド」は、祈ることをやめませんでした。悲しみを伝えてくれる彼のために。
本当に好きでいてくれたから、別れることを悲しんでいる。その別れは彼女にも悲しいことでした。だからこそ私は――この暖かい悲しみを、胸いっぱいに抱きしめて眠ることができる。あなたが強く想ってくれたから……
あなたの悲しみと、私の悲しみが……嬉しい。
混ざり合った感情と一つの想いが、彼女の瞳から零れていきました。
“ありがとう”
最後に発した声にならない言葉は、二人が一緒に想ったこと。その証拠に――別れる前の彼は、小さく微笑んでいてくれていたのですから。
そして、世界は閉じました。もうすぐ『神様』の手によって、電子の海は0の泡へと還っていくのでしょう。たくさんの嘆きが渦巻くこの世界を、一つ残らず削除するのでしょう。
もう会えない彼に、彼女はもう一度、一人遠くを見つめながら言いました。
“ありがとう、私の王子様。あなたのおかげで、幸せでした――”
読み終わったみたいだね! お疲れ様!!
最初もちょっと言ってたけど、本当はお昼にはもう出せる状態だったんだ。だけど……最後の方かな、妙な違和感を覚えてね。結局この時間になっちゃった。
もしかしたら……ほんの少しだけ、作者の方にも二人の波が伝わったからかもしれないね。読んでくれた君にも、欠片でいいから伝わってたらいいな