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王子だけど、地雷を踏むヒロインより悪役令嬢の義姉の方が素敵。 《連載版》  作者: 秋澤 えで
第1部 男装王女と転生ヒロイン、悪役令嬢による華麗なる日常

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緊急救出イベント・水の祭り事変 4

 一瞬で姿を消したブロンクスを見送り周囲を見渡した。私を含め、発砲音に気づいた人間は誰もいないようだった。いち早く気が付き最適な行動をとれるブロンクスはやはり群を抜いた才能があるのだろう。だからこそ護衛部隊から父上の子飼へと引き抜かれた。改めて随分な人材を一日貸してくれたものだと嘆息する。それだけ私の”勘”が期待されていたのだろうが、あいにく今回はそうもいかなかったようだった。

 結局”緊急救出イベント”は発生せずに祭りは終わった。

 人混みは楽しげにさざめき、悲鳴も怒声も何もない。

 けれど気づいて息をのんだ。


 一瞬後方に意識を向け、ブロンクスと話をした。しかし視線をもとに戻してみれば今日一日見張り続けていた少女がいない。そしているのは人波に揉まれながら連れを探すアークタルス・ハボットだけだった。


 ほんの数秒、目を離したせいで今日一日が水の泡だ。

 何のために今日一日彼女のことを追いかけまわしたと思っている。



 「ヘレン!どこだヘレン!」



 ざわめきの中、焦ったように彼女の名前を呼ぶハボットの手をひっつかむ。



 「アークタルス・ハボット!」

 「なっ、誰だ君は……」

 「アドリア嬢を探すぞ。君は警備隊を適当に捕まえて”ヘレン・アドリア男爵令嬢が攫われた”と伝えろ」



 状況が飲み込めてない呆然とした表情とやかましい人々の声に舌打ちをする。状況が飲み込めないのは百も承知だが時間がない。ここで時間を取られている間にも彼女はここから離れていっていることだろう。



 「攫われたなど、確定していない以上そんな報告ができるものかっ」

 「だから”伝えろ”と言ったんだ。君はただの伝書鳩。アドリア嬢は攫われ、賊は東に向かった。”スーラ・ロブ・ロイ男爵令嬢”から”ブロンクス”に伝えるように言われた、と。そう言えば無碍にされることはなく、君に何らかの責任が来ることもない。責はすべて私が負う」

 「っまさか君が追いかけるつもりか!だめだ、女の子だろう!君が警備隊に伝えろ、僕は彼女を追う!」



 どこか冷静な部分で彼にはまだ伯爵家の嫡男としての自覚がないのだと感じた。ペンと本しか持たず剣も握ったことのない青年が、向かってなんの役に立つだろう。危険を冒してまで男爵令嬢を助けに行く必要がどこにある。これからの伯爵家を担っていかなければならない立場だというのに。



 「聞き分けなさいアークタルス・ハボット伯。その年で自領のために奔走するあなたに期待しているんです。あなたはあなたにできることをしなさい」

 「え、」

 「私はあなたよりずっと長く王都に住んでいます。この街のことなら何もかも知っているつもりです。人目につかない路地から、王都から早急に離れるのに適した悪路まで、ね」



 ここまで言って気が付かない優等生ではなかった。

 きっと彼は思い出しているはずだ。以前彼に釘を刺した言葉と同じようなことを、当人しか知りえない言葉を目の前の不審な男爵令嬢が話している理由が。



 「ど、どうしてあなたがこんなところにっ」

 「行きなさい、アークタルス・ハボット。別の場所でもトラブルが起こっているので警備隊の数は偏っていますが探せばすぐに見つかります。私はただの”女の子”ではないので心配はいりません。ただまあ早く応援を送っていただくのに越したことはありませんので、一刻も早く。あなたの大切な友人のためにも」



 それだけ言ってヒールのまま走り出す。背後でハボットが警備隊を探しに動き出したのを感じた。


 走りにくくても一日履いた靴だ。転ぶような無様は晒さない。

 王宮から少し離れたこの場所から人ひとり連れたまま攫い、そして逃走することのできる道は限られている。頭の中で地図を広げ、逃走経路と予測される道と馬車か何かに乗ることのできる場所を探す。現在位置から馬車で逃走できるのは限られている。街の中であれば今日はどこも検問が置かれている。ならば昼間のうちに馬車を街に入れそして人を攫い乗せて去るにはリスクが大きすぎる。であれば馬車は郊外に隠されている。おそらく街の中で袋か箱にでも詰め込み移動し、馬車まで運び闇に乗じ逃げ出すのだろう。

 だからこそ周囲の人を気にすることのない祭りのフィナーレ、かつその中心から離れた場所を選んだのだろう。いないことに気づかれず、警備隊も中心に集まっている時間帯であれば対応の初動はそれだけ遅れる。馬車を隠すことができ、街中を通らずに王都から去る方法は街の東部にある市場の商品搬入用の通りを抜けた、その先の林しかない。


 バクバクと鳴る鼓動を耳元に聞きながら必死に走った。考えていないとだめだ。何か考えていないと不安に押しつぶされそうになる。

 剣を握ろうが振るおうが、こんな事態に巻き込まれるのは初めてだ。ハボットには言ったものの、自分こそそこへ行ってどうするというのだろう。賊が何人いるかわからず、力量もわからないのに、それでも私は一人で向かうという道を選んでしまった。


 待っていろとブロンクスに言われたのに、結局言いつけを無視してしまった。せっかく兄上が散々気をまわして私が無茶しないように根回ししたのに、不安と衝動で無に帰してしまった。

 それでも待つという判断は私にできなかった。



 「アドリア嬢っ……」



 その場で一番早く動けるのが自分だった。それだけだ。

 そして何より、国民を守るのが私の役目だ。たとえそれが妙な日記を書いている男爵令嬢だとしても、天真爛漫にトラブルを振りまく台風の目だとしても。彼女は”ヒロイン”などというものである前に私の愛すべきグナエウス王国の国民だ。


 国民一人を見捨てるという選択肢は取れない。

 彼女を追いかけるのは早急に解決し、身柄を保護するのに必要な役割だったのだ。

 そして彼女の幼馴染であるハボットより私の方が成功率が高いと判断したからその役割を私が取ったのだ。

 じわじわと建物が橙に染まっていく。華やかな音楽は遠く、人々の騒めきもかすれた。積まれた木箱や生け垣に引っ掛けそうなドレスを人目も気にせずたくし上げて走る。


 深い影を落とす林にたどり着いて、すぐに人によって踏みつけられた獣道を見つけることができた。

 日が落ちるまで賊は動かない、馬車を隠せて置ける場所と動線は限られている。確信をもって林の中へ滑り込んだ。




**************************************




 発砲音に反応しその音源に向かえば負傷した青年と放心したもう一人の青年。一目見てテロの類ではないとため息をついた。大方喧嘩にでもなり、一人がカッとなって短銃で発砲したのだろう。そして撃った方も撃たれた方も驚いて動けなくなった、というところだろう。



 「んじゃ、あとは頼んだよぉ」

 「はっ、おい大丈夫か。怪我してるのは腕だけか……」



 途中で捕まえた警備隊を警備隊の数名に二人を任せる。これは間違いなく自分の優先事項ではない。

 無論この祭りの重要性やトラブルをご法度とする在り方は重々承知だが、人混みに第二王子を残してくることに比べれば重要度は低い。

 踵を返し足早に現場を立ち去ろうとして、聞き覚えのある声に呼び止められた。見れば今回は街の警備の仕事を任された元同僚がいた。



 「ブロンクス、ちょっといいか」

 「急いでるんだけどそれ今じゃなきゃダメぇ?」

 「わからん、それはお前の方がわかるだろう」



 そう言ってそいつの後ろに一人の子供がいるのに気づいた。見れば今日一日視界に入れ続けていた青髪だった。

 彼女の言うことではないが、”胸騒ぎ”がした。



 「この子からお前に伝言だ。あいにく俺にゃ意味がわからんかった」



 詳しいこと聞こうとしてもそれが誰なのか応えてくれねえし、とぼやく奴の傍で焦るように唇を戦慄かせた。

 顔面蒼白にした少年、ハボット伯子息は焦りを押さえつけるようにはっきりと言った。



 「ヘレン・アドリア男爵令嬢が何者かに攫われました。賊は東へ向かいました。”スーラ・ロブ・ロイ男爵令嬢”から”ブロンクス”に伝えるよう、言伝を賜りました」



 血の気が引いた。

 一日見張っていたというのに、発砲音一つに気を取られ目を離した。男爵令嬢に何かが起こるとまでわかっていたのにも拘わらずみすみす奪われた。

 しかもこのことを彼女が自分から伝えに来ず、この少年に任せてきたということは、彼女自身が攫われた男爵令嬢を追いかけたということに他ならない。

 呆然としかけた頭を叩き起こし状況を整理し口を開く。



 「今すぐ街のすべての門を閉じろ!荷馬車の交通を一時的に禁止する!不届き者が紛れ込んだ。鼠一匹逃すな」

 「おい、ブロンクスどういう」

 「黙って従え。今から数時間、この件が終わるまで俺からの指示は第二王子、シャングリア様からの命令と思え」



 じろりと睨みつければぐ、と不平を飲み下すのを見て取れた。”王の子飼”それだけで一目置かれるこの立場が役に立つ日が来るとは思わなかった。



 「……焦るな、すべてあの方の”作戦”のうちだ。俺たちの仕事は”攫われた男爵令嬢を乗せた不審な荷馬車”を逃がさないこと。それさえ遂行できれば今年の水の祭りも恙なく幕を閉じることになる。焦るな、だが急げ。群衆に悟らせないように。静かに、しかし迅速に。すべての門番にこの旨を伝えろ。手の空く者は私と共に東へ」



 誰も詳しくは状況を把握できていないだろう。それは彼らだけでなく、私自身もそうだった。しかし命令が下されればそれ以上必要なことはない。ただ従うこと。この国に遣えて短くもない警備隊連中はすでに行動を開始していた。門を閉じさせ次第、すぐに市中の不審な荷馬車の捜索に移ることだろう。この街から人ひとり攫い逃げられるはずがない。幸い、周囲の民衆はまだこの事態に気づいていない。祭りの終焉に向かうパレードに耳を傾けていてこちらには注意を向ける者はいない。



 「ブロンクス、さん、僕にできることは、」

 「ないよ。帰りな」

 「そんなっ」



 顔を蒼白にしたままのハボット伯子息を見やる。あいにくと彼に付き合っている暇はなかった。

 迅速にこちらへ連絡したのは良いが、それだけだ。第二王子からの命令をこの子供はすでに完遂した。であれば彼がここにいる意味はすでになかった。


 ため息交じりに顔を寄せ囁いた。



 「君はこの場で一番状況を把握しているはず。一人の男爵令嬢が何者かによって攫われた。そしてそれを第二王子が追いかけている。他の者に伝えこそしなかったが前代未聞の事態、最悪の結果になりかねない。君にできることがあると思うかい?」

 「でもそれは僕がヘレンから目を離したからっ」

 「君の罪悪感や後悔に付き合ってやれる余裕はないってことに気づけない?王子は君に期待していたのに。……あの子が君を伝書鳩にした意味をよくよく考えると良い」



  それ以上この傷ついた子供にかける時間はなかった。



 「行くぞ、東にしても馬車を隠せる場所は限られる。逃げるなら人でごった返すこの時間か、日が落ちたあとだ。私たちは夜まで馬車が隠せる場所を探す。心当たりがあれば随時言え」



 人波を縫い残った数人を連れて水路を越え東へと向かう。

 忠告はし、釘は刺した。それ以上時間を割いてやる義理はないし、彼女からの指示は賊を捕まえること。あの少年を守ることは含まれていない。

 日が落ちる前になんとか目星をつけておきたい。走り出しそうになる足を押さえつけながら人波に紛れ薄暗くなりつつある東を睨みつけた。

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