緊急救出イベント・水の祭り事変 1
イベント。
イベントとは行事のことだ。
例えば国の記念日であったり、例えば季節に応じた祝い事や祭りごとを指すといっておおむね間違いはないだろう。
ゆえに私は自称ヒロインが「遭遇イベント」と称して王宮内に不当に侵入するのを阻止するために隠し通路を欠陥と称し報告し埋めておくし、「どきどきハプニングイベント(笑)」は全力でスルーする。
どれをとっても馬鹿馬鹿しく、いっそのこと微笑ましささえ感じさせるのだが、それはそれ、これはこれ。
そして今回のイベントがこれである。
王宮の庭の一部を一般開放したグナエウス王国名物「水の祭り」
大まかに言えば避暑のための祭りだ。夏の暑さを紛らわせるための水神の祝い事で、庭の大きな噴水や水路をを中心に演奏会を行ったり、曲芸師を呼んだりと様々な催しをする。同時に解放された庭から街中まで出店が立ち並び、城下が祭り一色となるのだ。
街中では冷えた飲み物や氷菓が飛ぶように売れ、水風船をもった子供たちが駆け回り、水をモチーフとした小物や雑貨のほか、絵画等も並びたてられる。
年に一度の水祭りは年の行事の中でも特に華やかで、この国の売りの一つであると言っても過言ではないだろう。その盛大なイベントは国民の楽しみであると同時に多大なる経済効果を生み出す観光資源だ。
ゆえにこの祭りは失敗が許されない。
一時的に露店を出す者や一発当てようと芸を披露する者はいい。楽しむも勝手、失敗するのも勝手。だが主催者側ともいえる私たちには一切の瑕疵も許されない。
町全体の祭りといえど、中心は王宮の庭先。そんな王の足元で不届き者を自由にさせたなどあれば国の名折れ。一過的なものでなく、今後のこの国の評判そのものに大きくかかわる。
国家の存亡を危ぶませるような謀略から、人混みの中のひったくり、酔っ払いの喧嘩に至るまで、私たちは即座に対応しなければならない。すべてはこの国のため、祭りを楽しむ善き国民のため、誠心誠意尽くし、私たちは恙なく祭りが終結するまで走り回るのだ。
そう、だからなんだというと。
私はこの爆弾ともいえる日記に書かれた「緊急救出イベント」などというとんでもなく地雷臭のするイベントを決して起こさせるわけにはいかないのだ。
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ハローハローこんにちは、グナエウス王国第二王子のシャングリア・グナエウスです。
先日学園の人気者、男爵令嬢ヘレン・アドリア嬢と階段でエンカウントし、爆弾と言っても過言ではない日記帳を拾った。その日記帳にはなんとこの世界の未来が!何ともあほらしく下手したら一人の傾国によって滅亡しかねない未来が書かれていた。この国重鎮の息子たちが悉く、ヒロイン、ヘレン・アドリア嬢に誑かされ、悪役令嬢のパトラ・ミオス嬢は国外追放されるそうな。
そんなことさせてたまるか!と息巻くものの、ヒロインことアドリア嬢にとっても男たちを篭絡できるような手腕もないどころか、学園生活を驚きの浮力で浮きに浮きまくっている。なじめる気配が微塵もしない。むしろ『学園の人気者』という看板を早々に返上した方がいい。そのうえ先日のダンスパーティでは婚約者のいるマートンとパーティに出席するという暴挙をかました。結果的に噛ませ犬といえる立場に納まったため問題はなかった。それどころか恋のキューピッドの扱いすら受けているのだから世の中どう転ぶかわからない。
さて次から次へと問題を起こしつつ、迷惑の輪と知名度を広げ続けるアドリア嬢。なんやかんやと今までは彼女の日記帳を使いながら発生する、もとい彼女が意図的に起こすイベントを阻止したり、防いだり、受け流したりしてきたが、今回のイベントは今までのようにはいかない。
今までは彼女が行動することによって起こるイベントだったのだ。クッキープレゼント、城内迷子、ダンスパーティエトセトラ。しかし今回の「緊急救出イベント」は初めて彼女の行動に関係なく発生するイベントだ。
簡単に言えば彼女は何もしなくても祭りに参加すれば自動的にイベントが発生し賊に攫われるのだ。そしてそれを攻略キャラクターたちが助けに行くのだが。
行くか?
ポンコツヒロイン助けに行くか?
そもそも下手したら同行者もなく連れていかれいなくなったことすら誰にも気づいてもらえない、なんてこともあり得る。
なにより攻略キャラクターたちは悉く爵位持ちの令息だ。もし万が一同級生が攫われるという場面に遭遇したら誰かに知らせたり人を動かすことはあれ自分で救出に向かうということにはなりえない。むしろ救出に行ってうっかり命でも落とそうものならお家断絶にすらなりかねない。
つまりヒロインことアドリア嬢の望むようないい感じの結末には今回のイベントはなりえないのだ。
しかし今回のイベント、決して瑕疵のあるものにするわけにはいかない。
もちろんアドリア嬢の身の危険も問題ではあるのだが、それ以上にこの街を挙げた盛大な祭りに不審者が紛れ込んでいるというのが一番の問題なのだ。
日記に書いてあることが本当に起こるとすれば攫われるのはアドリア嬢一人。だけどここは現実だ。攫うのが一人とは限らない。むしろ男爵令嬢である彼女をピンポイントで攫う必要こそないのだ。アドリア嬢の日記では彼女は傷一つなく助けられている。だが状況としては殺されてもおかしくはない。ヒロインが攫われて、それをヒーローを助けてめでたしめでたし、だなんて決して言えない。
「シャングリア様、当日はどちらにいらっしゃるんですか?」
学園内の最上級のサロンの一室、紅茶とお菓子の置かれたテーブルに座るご令嬢二人は楽し気に近づいてきた水の祭りの話をしていた。
ダンスパーティ以降、すっかりマーガレットさんに懐かれた。学園内のサロンで以前からパトラさんとは会っていたのだが最近はマーガレットさんもログインするようになった。マーガレットさんとパトラさんは以前は知人ではあるものの別段仲がいいというというわけではなかったが、パーティの一件からパトラさんがいたく彼女のことを気に入ったらしい。おかげでこれまでサロンになかったかわいらしい女の子要素が上がり、”女子会感”が出ている。ひどく尻の座りが悪い。
「私は当日街を見て回りますよ。庭での音楽鑑賞や挨拶は父上と兄上が行います」
「えっ、わたくしはてっきりシャングリア様も陛下たちとご一緒かと……」
そういうパトラさんも兄であり第一王子であるシュトラウスの婚約者として当日は彼の隣で祭りの式典に参加する予定である。
「ええ、当日の来賓へのあいさつ等をパトラさんにもお任せすることとなってしまいますが、私はその日”急な体調不良”で式典を欠席することになっているんです」
各国の要人も当日はグナエウス王国を訪れることになっている。そのため主催者である王族側は彼らへの持てなしが必須である。
それを欠席、というのはいくら第二王子だとしても本来論外なのが、今回は私の今までの功績がものを言った。
「父上、なんだか何かが欠けている気が……、こう、王宮の一階の裏手側に不備があるような気がします」
と言い、ヘレン・アドリア嬢が侵入する予定であった隠し通路をレンガで埋めてもらった。
「父上、何か胸騒ぎがします。……なんと申しましょうか、西側の庭の生け垣に何かあるような……」
と言い、ヘレン・アドリア嬢がバラの香りに誘われ迷い込む予定であった生け垣部分に柵を作ってもらった。
うん、ほら、王宮に不備があったら大問題じゃん?
その辺の御令嬢がうっかり入り込めるような警備とか王宮にあるまじき失態じゃん?
まあ一番の目的は彼女の立てたいフラグを片端からへし折っていくことなのだけど、これだけは彼女の日記を拾ってよかった数少ない利である。閑話休題。
そんなこんなで私はの評価は「なんかよくわからないけど勘のいい子」となっている。そのため今回の水祭りでも、なんだか街の方で何かが起きるようなー、なんてことをやんわりと父上に伝えたところ、当日の式典への不参加が認められたのだ。
その結果私は終日街にとどまり、様子を見に行くことになったのだ。「何があるかはわからないけど、近づけば近づくほど何かわかる気がする」などと言ったら許可された。無論一人ではないのだが。
「当日は警備も兼ねて街の見回りをします。もちろん素性を隠しつつ、ですが」
「確かに当日は何かが起きては問題ですが、それでもシャングリア様ご本人が行くのは危険ではありませんか……?」
「大丈夫ですよ。当日は街に多くの警備隊が配備される予定になっています。私も一人で行動するわけではありません。あくまでも警備隊の者と行動しつつ、となります。それに私がいるいないにかかわらず、我々はこの水祭りでの犯罪をきっちり取り締まり許しません。当日何も起こったりはしませんよ」
決して失敗できない国をあげたイベントだ。一切の瑕疵を許すつもりはない。
当日の賊対策はこうだ。
ヘレン・アドリア嬢は何も知らず、どこかで攫われるのを前提に祭りを謳歌しにやってくる。私が見張る。以上だ。
正直なところ、細かい部分が全くわからないのだ。アドリア嬢の日記にはイベント自体は書かれているが、いつどこで何人の賊が現れるのかが書いていない。詳細を知っていながら書いていないのか、それとも彼女すら知らないから書いていないのか、わからない。けれどそのおかげで私は終日彼女のストーキングをすることになった。甚だ遺憾なのだが、時間がわからない以上常に監視し、目を離さないのがおそらくベストだ。
賊が近づいてきたら応援を呼び、捕らえる。シンプルだがこの方法しかないように思えた。
「で、まあここからが本題、私が本日お呼びした理由です。折り入ってお二人にお願いしたいことがありまして」
「まあ!わたくしにできることがあれば何でもおっしゃってください。もちろん、貴方様に危険のないことであれば」
まだ何も頼んではいないというのに真っ先に釘を刺しに来た義姉様に思わず苦笑いする。強くて可憐な公爵令嬢は私に対してもどんどん強くなる。それが慣れたから、親しんでいるからこそ少々くすぐったいのだが。
「危険なこと、だなんてお二人には頼めませんよ。お二人にお願いしたいのは当日の変装についてです」
「変装、ですか……。私でも多少お力にはなれると思いますが、その道のプロの方にお願いした方がいいのではありませんか?」
「それも検討しましたが、兄上からの指示ですよ。義姉上や他のお嬢さんにお願いするように、と。そうでもしなければ兄上からの許可が下りなかったんです」
父上からの許可は割とあっさり下りたのだ。護衛を一人二人つけるのであれば厳重配備された街の中を見て回るのはいいと。しかしそれ以上に過保護だったのが兄上だ。基本パトラさん以外のことは放任なくせに今回ばかりはどうしてか折れなかった。私の言う胸騒ぎを気にしているのか、それとも各国の要人が来ている状況で私を街に放すのが不安なのか、定かではない。
「真意のところは測りかねますが、同年代の流行りや街を出歩く人々の平均的格好であれば宮の者に頼んだり、まるでそう言ったことに疎い私が選ぶより、お嬢さん方にお願いした方がいいと思っています」
これは全くの事実だった。”急な体調不良”でいないはずの第二王子が街をふらついていたなんてことがばれた日には心無い言葉や誹謗中傷もありえる。たとえ理由があったとしても恙なく静かにことが済んだ場合私が出歩いていたという点が注目されてしまうかもしれない。それだけは避けたかった。
「そういうことなら喜んで!わたくしがシャングリア様をシャングリア様でない麗人にさせていただきます!」
「いや、麗人ではなく地味で簡素な、」
「わ、私も微力ながらお手伝いさせていただきます!」
二人して拳を握り締め気合を入れていただけるのは協力を請うた側として嬉しい限りなのだが一抹の不安が残る。ただただ地味にその辺にいるモブにしてもらいたいのだが、パトラさんに丸投げしたらパトラさん2号のようなキラキラではつらつなお嬢さんにされてしまいそうな気がする。それもあって一人でなくマーガレットさんにもお願いしたのだ。少なくとも彼女は私のことをまだイケメン紳士な第二王子だと思ってくれている。派手好きでもなく控えめなところからパトラさんにブレーキをかけてくれる、と思ったのだが、頬を染めながらあれこれと勝手に話し出す二人を見ていたら猶更不安になってきた。
水の祭り事変1読了ありがとうございます。
停電する前に投稿させていただきました。
日本各地台風で大変だとは思いますが頑張りましょう。
「あの夕方を、もう一度」が完結したためこちらと「捨て悪役令嬢は怪物にお伽噺を語る」のスピンオフを書きたいと思っています。よろしくお願いいたします。