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王子だけど、地雷を踏むヒロインより悪役令嬢の義姉の方が素敵。 《連載版》  作者: 秋澤 えで
第1部 男装王女と転生ヒロイン、悪役令嬢による華麗なる日常
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ダンスパーティ事変

さてこんにちは、グナエウス王国第二王子のシャングリア・グナエウスです。

先日学園の人気者、男爵令嬢ヘレン・アドリア嬢と階段でエンカウントし、爆弾と言っても過言ではない日記帳を拾った。その日記帳にはなんとこの世界の未来が!何ともあほらしく下手したら一人の傾国によって滅亡しかねない未来が書かれていた。この国重鎮の息子たちが悉く、ヒロイン、ヘレン・アドリア嬢に誑かされ、悪役令嬢のパトラ・ミオス嬢は国外追放されるそうな。


 そんなことさせてたまるか!と息巻くものの、ヒロインことアドリア嬢にとっても男たちを篭絡できるような手腕もないどころか、学園生活を驚きの浮力で浮きに浮きまくっている。恋愛ごっこしてるよりも勉学及び平和なコネクションづくりに励んでほしいと本気で思う今日この頃。脅威でも何でもない困った令嬢というのが今の私の評価だ。しかし浮きまくっていても腐っても美少女。圧倒的可愛さ。顔面宝具のヘレン・アドリア。たとえ彼女が奇行に走ろうとも、なぜだか皆ほほえましい目で見てしまうのだから顔面偏差値とはえげつない。


 そんなこんな、愉快な彼女を観察しながら爆弾こと日記帳を返すタイミングを見計らっているのである。一応返す気はある。なんか、こう、タイミングが見当たらないだけでさ。



 「そういえばシャングリア、お前今度のダンスパーティはどうするんだ?」

 「ああ、特にまだ決めていませんが」

 


 ソファで寛ぎながら本をめくる姿は絵画のように様になる。嫌味なほどのイケメンな兄、シュトラウス。こうして見ればなるほど攻略キャラクターというのも頷ける。

 ダンスパーティというのは来月学園で行われるパーティだ。そうはいっても所詮学生だけで行うものの社交界もどき。目的としては、本来家ごとに行われるパーティでは階層が異なり交流することのない者同士が同じ場を共にする、要するに身分で分けない交流会だ。低い階級の者は上流階級の生徒たちの所作を見て学び、逆に上流階級の生徒たちは普段関わりのない生徒たちについて知る、というものだ。表向きは。裏向きとしては低い階級の者たちは上流階級に取り入り機会を持ち、上流階級の者たちは将来のために埋もれた金の卵を採掘する、という身もふたもない権力闘争の場だ。誰もかれも既に情報収集に励み、来るパーティのためにあれやこれやと勤しんでいる。



 「皆様頑張られているようで。……まあ皆様仲良くしてもらえればいいですよね、ほどほどに。お互いつながりは結果的に国の発展に繋がることもあります」



 関わりのなかった貴族同士で新たな産業に挑戦し成功する、という例も今までなかったわけではない。もちろんそれはこの子どもたちのパーティのおかげだけではないが、その一端を担っているのは確かだろう。そのような前例もあり、生徒たちはさながら肉食獣だ。



 「まるで他人事だな」

 「そりゃまあ。我々はすり寄られる側ですし?吟味云々以前に包括的な情報を得てますし、今更つながりもくそもありません。注意すべきは深くつながりすぎて癒着を疑われないこと、ですかね」

 「なるほど。模範生のお前らしい回答だ」

 「…………」



 ふんふん、と感心したように話すシュトラウスだが、その顔は非常に鬱陶しい。パーティだのなんだのに興味がないのは彼とて同じ。それなのにこのような話題をわざわざ私にしてくるということは何か話したいことがあるということだ。そして兄上の興味のあるもの、話したくてしょうがないものなどもはや一つしかない。



 「……で、何がおっしゃいたいのですか兄上」

 「ふふふ、わかってるだろ。弟よ」

 「妹です。……わかってますよ、パトラさんでしょ」

 「そうパトラだ!!」



 落ち着いていた雰囲気など遥か彼方。絵画のような姿?ちょっとなに言ってるわかんないですね。大人っぽい雰囲気は一気に霧散し、目の前にいるのは愛しい婚約者について語る愛の奴隷だ。



 「可愛い可愛い僕のパトラ!!僕がこれだけ愛してるというのに、パーティのペアに選ばれるか不安だったそうだ!どうしてかわかるか?前髪を少し切りすぎてしまったんだそうだ!そのせいで僕に嫌われてしまうんじゃないかと不安だったと。可愛い過ぎる!可愛いが過ぎるよパトラ!白くて丸いおでこが見えてしまってるなんて、確かに!確かにいけないよ!?あの可愛い額が誰からも見えてしまうなんて到底許せない!あんな可愛いパトラを見たら道行く人皆誘拐犯になってしまうだろう!けれど可愛いパトラが見られて僕は幸せだ!不安げに目を伏せるパトラ!困ったように前髪を整えるパトラ!世界の宝!あんな可愛いパトラぜひ僕の部屋に閉じ込めてしまいたい!けれどそうすればパトラは悲しむだろう。何よりパトラには笑顔が似合う!空のもと光を浴びる姿はまさしく女神のよう!どうしてそんなパトラを部屋に閉じ込めていられようか!それはできない!」



 いつもに増して絶好調の兄上。頬を赤く染めて熱弁するさまは顔面偏差値が高いからこそ美しく悩ましげだがこれが顔面偏差値の低い者なら一発で通報。警吏を呼ぶ事案と化すのだからこの世は全く世知辛い。まあ言ってることを聞いたらやっぱ警吏事案なのだろうけど。控えめに言って変態である。ある程度パトラさんに隠し通せてるあたりいっそ恐ろしい。



 「要するに不安がるパトラさんが可愛かった、前髪切ったパトラさんが可愛かった。今日も今日とてパトラさんが可愛かった。以上でよろしかったですか」

 「そうさ!24時間365日僕のパトラは世界で一番可愛らしい!そしてそんなパトラをパーティに連れていける僕は世界一の幸せ者さ!」

 「それはよかったですね。爆発してください!!」



 手近にあったクッションをぶん投げるが所詮クッション、大したダメージは与えられない。というよりも浮かれ切った兄上はきっと今無敵なのだろう。



 「で、お前は誰と行くんだ?」

 「千切られたいんですか、兄上?」



 わかったうえで聞いてくるあたり、最高に性格が悪い。とにかく自分の美しい婚約者とパーティに行けることが自慢したいらしいのだが、私を下げて自分を挙げないでほしい。今世紀一番の苛立ちである。

 何よりこのパーティのくだらないこと。私にとっては何の意味もない。時間の無駄だ。

 政略的なことを抜きにしても、年頃のお嬢さん方は見目麗しい男子生徒とダンスパーティに参加したい。それこそ普段積極的になれなくても、こういったイベントでは勇気を出して、なんて……



 「ヒューイさんのいないパーティなんてゴミに等しい!!!」

 「はっははははは!!残念だったなシャングリアよ!!」



 血涙を流さんばかりの私に対して兄上の高笑い。もはや許すまじ。



 「割り切りますよ!?そりゃイベントで貴族子息同士の交流を促進する会ですから!私だって参加者が楽しめるように気を配りますよ!でもね!色恋沙汰でキャッキャうふふされると普通にイラつくんですよ!」

 「なんでだ?」

 「ヒューイさんが!いないから!!」



 完全に兄上が煽ってきてるが他では口にすることのできない愚痴だ。ここで吐き出しておくのも手だろう。

 今回のパーティは生徒同士のパーティ。しかし基本的には男女で先にペアを組んだうえで参加する。そのため既に婚約者がいる場合はスムーズなのだが、やはり婚約者が決まっていないものだと気になっている相手を誘ったりのすったもんだが存在するのだ。もちろん、適当に組むだけ組んでパーティ会場で解散、というドライなペアも相当数存在する。自領や自身の売り込み重視の場合はこういったビジネスライクで組んでいる。しかし年頃の男女ともあれば色恋に流されることも少なくはない。

 気持ちはわかる。わかるよ?でもね、売込みされるばっか、挨拶されるばっか、挙句愛しの君は参加しないなんて、行く意味あるこれ?私いなくてもよくないこれ?



 「まあ護衛部隊隊長が会場にいるわけもないよね」

 「なんで桃色の空気させてる人たちを横目にくそつまんないパーティに参加しなきゃいけないんですか!しかも私に得られるものはほぼなし!無駄に時間を過ごすくらいならヒューイさんの側で訓練に参加する方が遥かに有意義!」



 是非とも仮病を使ってしまいたいが王子としての立場がある。周囲に仮病とばれずとも、兄上にばれない嘘などないのだから。なにより仮病の理由としてヒューイさんを持ち出すなんて認められない。そんなことを万が一ヒューイさんに知られてしまったら日々ティースプーン一杯にも満たないような微量な私の努力が水の泡だ。なんの努力って?あの鈍感天然の申し子の護衛隊長殿への決死のアプローチだよ!



 「いいですよね兄上はー愛しの婚約者さんとパーティに参加できて着飾った姿を見られてダンス踊れてー。羨ましいです」

 「だろう?この世の誰もが今の僕を羨むさ!」

 「なんか羨ましいとか言ってたら余計腹立ってきたんでそこの窓から飛び降りてもらってもいいですか?」

 「良いわけないよ。今僕が怪我したら誰かパトラをエスコートするんだ」

 「義姉上なら私がエスコートするんでご心配なく」

 「お前には僕の右腕としてこの国のために頑張ってもらいたかったんだが……パトラ狙いなら仕方がない。残念だ」

 「軽口で実の妹を殺そうとしないでいただけますか」



 よいしょ、と壁に掛けてあったレイピアを持ったシュトラウスから離れる。まさか本当に刺されるとは思っていないが、如何せんパトラさんが絡んだ時の兄上は誇張なく狂人だ。正直安心できない。真正面からやりあえばいつも勝つのは兵士たちの訓練にしょっちゅう参加している私の方なのだが、何をするかわからない兄上の相手をするのはいささか不安が残る。婚約者をめぐり骨肉の争い。くだらなすぎて笑えない。



 「まあそれは置いておいて、そろそろ決めなくてはまずいだろう。どうせシャングリアと組みたい令嬢は掃いて捨てるほどいるんだ、適当に決めればいい」

 「……そうなんですけどね、しかし兄上のように婚約者もいないので、お相手に本気にされず、ビジネスライクでお付き合いできるご令嬢となると、吟味が難しく……。ほら、私ってやっぱイケメンですし?」



 顔がいいですしおすしー、と言ってみても相手もまた顔面偏差値バリ高兄上。

 表向き、性別を隠し王子という地位にいるが、実際は女子。そのことを知っているのはほんの一握りであり、もちろん学園のお嬢さん方は知る由もない。そのためぜひお近づきになりたいという女性が後を絶たない。当然空回っているのだが。



 「ああ、僕と同じくお前の顔は美しい。顔は。中身はともかく」

 「兄上にだけは中身について言われたくありませんでした」



 中身が残念なのは百も承知。

 見目好く頭脳明晰、紳士的に振舞い、地位はこの国の最上級、王位継承権第2位。あれこれ残念なのは私の中身だけじゃない?中身以外はパーフェクトイケメン王子様じゃない?



 「冗談です。ただ真面目な話、お相手はパトラさんにご紹介いただければと思っていますよ。彼女はヒューイさんを拗らせていることについては重々ご存知でしょうし、余計なトラブルを持ち込むような方選ばれないでしょう」

 「拗らせている自覚はあるんだな」

 「兄上もしかして拗らせてる自覚ありませんでした?どうにもできなくても自覚できる分だけましなので胸に手を当てて考えてみると良いですよ」

 「残念、拗らせてるのはお前だけだよ。僕はいたって健全にパトラと愛し合っているのだから!」

 「兄上は健全という言葉をぜひ辞書で引いてください。兄上とは対極を行く言葉ですよ」




**********




 「まあ、そういったことでしたらぜひご協力させてくださいませ!」



 快く私のお願いを聞いてくださったパトラさんに胸をなでおろす。きゃっきゃとどこか嬉しそうな彼女を見ているとこちらまでなんだか嬉しくなってしまう。学園での彼女はほかの生徒たちの目もあることから本当にまじめで行き過ぎというくらいに厳しいが、他人の目がないと彼女はいつも朗らかだ。妹が欲しかったのだと笑うパトラさんには少しこそばゆい。可愛がられているのだろう、同性の姉妹を持たない私からするとただただ朗らかさを見せる姉というのは新鮮だった。兄上は完全に私を弟として扱ううえ、周囲もあくまでも兄弟として扱っているからだろう。



 「今までのパーティーは別にペアがいなくても問題がなかったのですが……、」

 「今回はだめでしたの?シャングリア様であれば免除という形も取れますでしょうに」

 「一応名目はダンスパーティーですからね。最低限、一曲目をお付き合いいただく方は必要でしょう。流石にペアがいない、というのは立場も立場ですし悪目立ちしますから」



 逆に言えばその一曲目さえ終わればあとはただ踊らずとも話をするだけでいい。踊っていなくてもきっと私は仕事をしているように見えるだろう。



 「パトラさんは兄上と、と伺っています。よかったですね」

 「え、ええ!わたくしがシュトラウス様の婚約者なのだから、当然なのですが!」



 ふふん、と笑って見せるがその頬は真っ赤だし、美しい両目は見事に明後日の方向へと逸らされている。



 「ところでその前髪素敵ですね。兄上も大変褒めていらしてましたよ」

 「はうっ!シャ、シャングリア様まで……!」



 慌てて前髪を両手で隠し身を縮めだす。きっと前髪自体は普通に気にしていて、けれど兄上からこれでもかと褒められ、無事にペアに誘われたことでその不安も不満も吹き飛んでしまっていたのだろう。なんにせよ愛らしいため問題ない。少しきつめの美人さんである顔つきが、額を少し出すことで幼く見えて、いつもより優し気に見える。いやまあパトラさんの優しさなど全校生徒すでに皆知っているだろう。かのポンコツヒロインを除いて。

 ポンコツヒロインは今日も今日とてパトラさんのツンツンに隠された優しさに気が付いていない。



 「と、とにかく今はシュトラウス様とわたくしの前髪の話はいいのです!そんなことよりシャングリア様のお相手についてです!」

 「ええ、よろしくお願いします。といっても、もう少し遅いのかもしれませんが……、」



 言うまでもなく、前々からこのパーティーは決まっていた。そのため皆ある程度目星はつけていて、相手のあてがあるのだ。そしてパーティーは来月。半分以上すでに決まっているだろう。何よりパトラさんの御学友、となると位の高い貴族の御令嬢たち。そうなると大抵婚約者がいたり大きな領の娘として自領の発展のために邁進し、予定や計画を詰めていることだろう。



 「シャングリア様聞いてくださいますか!?」

 「は、はいどうされましたか?」



 もう皆相手が決まっているのでは、とこぼすと彼女はキッと眦を釣り上げた。怒っている対象は私でないと分かっているが、如何せん美人の怒った顔というのは妙な迫力がある。つい先ほどまでご機嫌だった彼女をここまで怒らせる、となるとよっぽどのことだろう。

 そして彼女をこれほどまでに怒らせる相手というのは大方想像がつく。



 「また!アドリアさんがとんでもないことをしでかしてくれたのです!!」

 「またアドリア嬢ですか……、今度はいったい何をされたんですかあの困ったさんは」

 「既に婚約者のいる殿方をパーティに誘ったんです!」

 「それはそれは……、」



 アドリア嬢らしいといえばらしい。確かに婚約者のいる相手をペアに誘ってはいけない、というルールはない。けれどそこは礼儀、暗黙の了解なのだ。婚約者がいるのであれば当然そちらを優先するべき。ほかの女性の誘いに乗ろうものなら節操無しのレッテルを張られてもおかしくない。そして誘ったアドリア嬢もまた非常識とされる。



 「しかしそれが周りに知られればいくらアドリア嬢といえど白い目で見られましょう。いいお灸になるのではありませんか?」

 「ええ、ええそうです!もし断られていれば……!」

 「……いや断るでしょうよ普通」


 まさかと思えばそのまさかだった。


 「その方が誘いを受けてしまっているんですシャングリア様!!」

 「それはもはや男側もポンコツなのでは?」



 ポンコツもポンコツ。その男は頭が空っぽなのだろうか。今あるような婚約関係はそれこそ完全に家の事情。にも拘わらず自分の一存、令嬢の秋波でコロッと態度を変えてしまうのは大問題だ。せめてペアは婚約者をおき、パーティの後半の時間でもくれてやればいいものを。これでは婚約者の顔に泥を塗る形となる。最悪のパターンだ。



 「あーもしかしてその婚約者というのは、」

 「ええ、わたくしとも仲良くしてくださっているマーガレット・ランクさんです!」



 マーガレット・ランクという名前を記憶の中で探す。そう話したことがあるわけではないが、よく学園でパトラさんと一緒にいる方だ。ふわふわした金髪に上品に微笑む姿が目に浮かぶ。確か南の方に領地をもっている伯爵家だ。良家で彼女の言った通り婚約者もいる。そしてその婚約者はがっつり知り合いだった。



 「マートンか、あの猪男……!」

 「本当に何を考えていらっしゃるのでしょうお二人とも!」



 立てば大木、歩けば重装歩兵、走る姿は猪そのもの。脳筋の申し子、マートン・ヴェーガルである。

 代々騎士を輩出する家系で、彼自身体格にも剣の才能にも恵まれ将来有望と名高い子息である。しかしながら筋肉にすべてのエネルギーが回っており頭にも筋肉が詰まっている。身体にも才能にも恵まれているのに圧倒的に残念な頭脳のせいで得も言われぬ不安が付きまとう。もちろん、体育会系らしく明朗快活、気のいい男であるのだが、空っぽの頭のせいで余計な面倒ごとを生み出すのだ。

 そして兄上とは幼馴染のような関係で、私たちの友人である。

 そして何よりそのポンコツはヒューイさんの従弟にあたる。


 もう一度言う。ヒューイさんの従弟である。


 何かの間違いだと思いたいのにあの脳筋は冷静沈着大人の余裕を持ったヒューイさんと血縁なのだ。全くもって似ても似つかない。似ている、というか共通点があるとすれば強さだけだろう。

 しかしなるほど合点もいった。普通の貴族であれば婚約者のある身でありながら誘いに乗るなんてありえない。けれど奴ならやりかねない。誘われたから答えただけ、などとのたまいそうだ。そこに婚約者への義理などまるでないだろう。へらへらと能天気に笑う顔が目に浮かぶ。



 「本当、本当馬鹿……。どうせ何も考えていないのでしょう彼は。パトラさん、ランク嬢のお相手はすでに決まっていますか?」

 「いえ、まだ決まっていません。というより今更誰かを誘うなんて……」



 婚約者を男爵令嬢に一時とは奪われ後回しにされた令嬢など誰が誘えようか。彼女とて婚約者がいるのに誰かを誘うなどできないだろう。もっともあの男に恥をかかせたという意識もきっとないだろう。少なくとも恥をかかせたと知っていれば地面に頭をこすりつけんばかりに謝るに違いない、馬鹿だが実直な男だ。



 「わかりました、ランク嬢は私がお誘いします。周囲にあまりことが知られていないなら私がランクさんになんらかの用があり、マートンに譲ってもらった、という形にしましょう。彼らがやらかしたことに変わりはありませんが、何もしないよりかは幾分かましでしょう」

 「ありがとうございますシャングリア様……マーガレットさんも気丈に振舞っていますが、きっと大層悲しまれていることでしょう」

 「誘いたい人を誘えない者同士、仲良くやれますよ」



 ランク嬢は知り得ないことだが、苦笑いくらいは赦してもらいたい。





 さてそんなこんなでダンスパーティーであるが、あれだ、うん。知ってたよね!だってあの拾った日記に書いてあったんだもの!

 ただあの日記帳を読む限り、ダンスパーティーで誘う相手は誰でも選べたらしいのだ。要するに、一番狙ってる相手をパーティーに誘う、もしくは誘われる、と。それは兄上であるシュトラウスである可能性があったし、私である可能性もあった。さらに言えばアドリア嬢の昔馴染みであるアークタルス・ハボットである可能性もあった。きっとアドリア嬢の手綱を握れなかったハボット伯子息の胃は今頃キリキリと痛んでいるだろう。なんでってそれは手綱を握っているように私が指示を出したからですが何か。ハボットは随分とアドリア嬢の奇行を防ごうと奮闘していたようだが、1か月もすればアドリア嬢も学んだようで、そうやすやすと捕まらなくなってきたのだ。それだけの学習能力があるのならいい加減マナーや常識というものも学んでほしい。

 そして今回彼女が選んだのがマートン・ヴェーガル。私たちの幼馴染であり、騎士団にもすでに出入りしている将来有望な学生だ。身体は最強、頭脳は最弱、初対面の大人からは一瞬の期待とともにため息をよくつかれている。そして攻略対象はすべからく見目好く、この猪男もその例に漏れない。見目もよければ性格もいい。頭が空っぽなだけで。おそらく兄上とマートンを足して2で割ったらちょうどいい人間が出来上がると思われる。

 見掛け倒しマートンには婚約者がいる。いわくそのマーガレット・ランクがライバル令嬢なのだという。


 ゲームの話だかこの世界の話だかよくわからないが、攻略対象たちにはそれぞれ婚約者であったり思いを寄せる令嬢、ライバル令嬢がいるのだそうだ。そんなライバルたちと戦いながらヒロインは攻略対象と結ばれる、そんなストーリーらしい。ちなみに悪役令嬢であるパトラ・ミオス嬢は第一王子シュトラウスルートのライバル令嬢でありながら、各ルートでもあれやこれやと邪魔をする働き者の悪役令嬢である。義姉上大活躍である。まあ実際、アドリア嬢がやらかすたび注意に奔走する彼女は確かにヒロインからすると悪役なのかもしれない。動機はツンデレなやさしさだというのに。

 ルートがどうだとか知らないが、完全に弊害が生まれている。以前兄上ともエンカウントしていたし、私に対してクッキーを渡すなど、イベントをある程度まんべんなく熟している。が、常識的に考えてまずい。自由奔放無節操に攻略対象に近づく彼女は遊びか何かのつもりかもしれないが、そのせいで何も知らない善良なご令嬢、婚約者たちが傷ついたり、家レベルでの問題を巻き起こしたりするのだ。そうなるともはや看過できるレベルではない。可愛いから許される、という域を超えている。

 ちなみに悪役令嬢であるパトラ・ミオス嬢はヒロインアドリア嬢に負けると国外追放。ほかの令嬢たちも場合によっては国外追放であったり、生家の没落、修道院に行かされたりする悲惨な末路を辿ることとなる。ヒロインが奪い取った人間と結ばれたところで、その先が明るいものとも限らないだろうに。

 ある程度の妨害が必要。いや、そろそろ彼女を止めてやるべきだ。徹底的な妨害、彼女の思惑を崩していこうではないか。好き勝手振舞って、ほしいものをみんな手にいれる。そんな傍若無人な行動が許されてなるものか。


 狙われる兄や自身のため、優しく愛らしい義姉を、罪のない普通の令嬢を守るため、日記を片手に戦ってやろうではないか。



 ……断じて、断じて恋愛に対して自由奔放に振舞い可愛らしさを振りまいている彼女への嫌がらせではない。ヒューイさんとの関係が遅々として進まないことへの腹いせとかではそういう不純な理由ではない、決して。

お久しぶりです

読了ありがとうございました!!

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