恋愛戦線継続中 2
恍惚とした目でずい、と迫るのは問題児ニコラシカ。
「あなたの言う通り、今の僕は泥船です。まだ何もできず、ただ迷惑をかけることしかできないでしょう。ですが僕が力をつけ、あなたにとってグナエウス王国にとって重要な、使える人間になった時には、パートナーとして考えてもらえないか?」
無論NO一択ですけど?? 考えないよ? ていうより君が使えるようになるまでどんだけ時間がかかるんだ。
「落ち着いてください。今のあなたは錯乱状態です。それは一時の気の迷いです。結婚という究極の契約の使いどころはもっと他にあるでしょう。落ち着いてください」
「僕にとってはあなた以上に結婚相手として望む方はいない。それにあなたにとっても、泥船ではなく有能な人間になれた僕なら結婚相手として不足はないでしょう。地位も、血筋も、相応しいはず」
「地位も血筋は不足してなくても他に不足してる点が多すぎる」
ついつい本音がもろりする。
なんだか私まで混乱してきた。
一方的に口説かれるってめっちゃ怖いって初めて知った。いつもごめんなさいヒューイさん。そしてシュトラウスから口説かれるパトラさん。
そもそも私はいつも口説く側で口説かれる側に回ったことがない。公的には性別を明らかにしておらず、一応男児の扱いを受けている私を口説いてくる人間は基本いない。それこそご令嬢から熱烈な思いを向けられることがないわけではないが、想定内のため簡単にあしらえる。というよりもうこの顔面頼り。この顔で微笑むだけで大抵の女子は無力化できる。顔面宝具万歳。
現実逃避したいが、目の前の変態が異様過ぎて逃げ切れない。
たった今目の前に地位と血筋以外ムリ、という割ととんでもない暴言を吐いたというのに、当のニコラシカと言えばめげない、泣かない、くじけない。くじけろ。
「僕には何が足りない? 知識やパイプ、立ち回りについてはこれから身につけていく。でもそのうえで不足してる点があるって言うなら、人柄とか性格? 見た目は悪くないよね。どうしたらあなたの歓心を得られる?」
性格、見た目、思考回路!
ここまでこれだけ拒否られてどうしてそんな希望に満ちた目をできるのか、私にはわからない。勘弁してくれ。どうしたら諦めてくれる、めげてくれる、折れてくれる。初めて見る人種過ぎて対応方法が不明。
「シャングリアさま?」
「ひゅ、ヒューイさん……!」
救世主! 救世主が来た!
正直なところニコラシカといるところをヒューイさんにはあまり見られたくなかったが、背に腹は代えられない。そして本来身分的に私たちの会話に割って入るのはどうか、という問題を乗り越えて声をかけてくれたヒューイさんの優しさプライスレス! さすがですヒューイさん一生ついていきます。
距離を詰めてきていたニコラシカをひらりと躱し、ヒューイさんの腕に抱き着いた。
「殿下! 実は私は護衛部隊隊長のヒューイさんと結婚の約束をしてるんです!」
「え?」
「今ヒューイさん、え? って言ったけど?」
「聞き間違いです!」
ヒューイさん、頼む、合わせてください! 私の必死の視線にものすごく微妙な顔をした。その顔は何!? 何の表情!?
「私の性別を公に明らかにしてないので婚約発表も何もしていないのですが、実はもう約束自体はしてるんです! なのでニコラシカ殿下と結婚はできません! 残念!」
「シャングリアさま……」
投げつけるように言い切る私になんとも言えない声が降ってくる。これは突然の婚約宣言に照れるでも驚くでもない。ひたすらな呆れ声だ。だがしかし今の私はもうこの場さえ乗り切れればそれでいいのです。とりあえずこの話の通じないクリーチャーがクールダウンする期間を設けたい。
「……なるほど。そっか」
「わかってくれましたか!」
「じゃあもう少し時間をかけていくことにするよ」
にっこりと綺麗に笑い一礼すると、ニコラシカは屋敷の方へ踵を返していった。
「シャングリアさま、さすがにすぐにわかる嘘を言うのはどうかと思います」
ニコラシカと別れ、何とかデートをスタートさせたものの、街への道中そう諫められる。
「う……でもすぐにわかるとは限らないのでは?」
「わかりますよ。ニコラシカ殿下に言い寄られて困っていたでしょう。本当に婚約者がいるなら最初に言ってしまえばいいのにあなたは言わなかった。私が来たタイミングでそんなことを言い出せば、一時しのぎの嘘だと勘づくでしょう」
あきれ顔のヒューイさんの横顔も美しい……。けれど私はニコラシカと違って叱られて悦ぶような性癖は持っていない。
せっかくバタバタが落ち着いて、取り付けたデートだというのにスタートで転んでしまった。ギルティニコラシカ。もう近づかないでくれ後生だから。
「だってうまい断り方がわかんなかったんですもん。あんな風に来られることもないですし、そもそも私の性別を知っていること自体イレギュラーです」
「彼は初対面の時から看破していましたからね。ですが成人したらシャングリアさまの性別も公表されるでしょう。そうなれば今回のようなことはひっきりなしにあると思います」
確かにヒューイさんの言う通りだった。現状は男子として扱われているので縁談の話は女性しかこない。女性であれば強硬に迫ることはないし、父親からごり押しされても適当に躱せている。他国の王族に関しても、現在性別が明らかでない以上縁談の話を持ってくることはない。けれど私が王女と知れたら他国からも縁談の話は来るだろう。グナエウス王国は大国。繋がりを持ちたい国はいくらでもいる。
そもそも先に婚約をしているシュトラウスがずるいのだ。本来ならシュトラウスも私も性別は不明、暫定男子であったのに、幼少期にパトラさんに一目ぼれして公爵家に勝手に根回しし、もはや撤回不可能な段階で本人の行動が父上に知れ、結局引くに引けず婚約は断行されたのだ。
その結果シュトラウスの性別は男子と確定。私だけ暫定男子となったのだ。
そんな前例があるからこそ、両親は私の婚約は成人まで認めることはないだろう。
まあもっともシュトラウスと違って幼少期時点でヒューイさんを落とすなんて不可能の極みなんだけどね。
「成人まではあと2年でしたね」
「ええ、そうしたら私が女だというのを発表する必要があります。考えただけで頭が痛い……」
「まあそれまではニコラシカ殿下も公式には何もできません」
「公式に何もできなくても今日みたいに来ると思うだけでうんざりします」
うんざり、なんて言葉で表現するのは多少申し訳ないが、いやなものはいやなのだ。王子殿下とかお呼びでない。
人の往来が増えてきて、賑わいが増す。ヒューイさんが何かを言ったのは分かったが聞き取れず、聞き返す。
「ごめんなさい、今なんて」
「あと2年お待ちいただければ」
大きな体を屈め、私が聞き逃すことのないよう耳元に唇を寄せた。
「私の方から結婚の申し込みをさせていただきます」
思わず立ち止まりそうになったのをヒューイさんに肩を抱かれ歩き続ける。
聞き間違えるはずがない。じわじわと胸の奥が熱くなる。それどころかもう顔もまともに見られない。顔見て話せと言ったのは私なのに。
「ひゅ、ヒューイさん、それって」
「だからどうかその時まで、誰にも靡かないで良い子で待っていてくださいね」
雑踏の喧騒の中、立ち止まることもなければ何のムードもない。けれど今はそれだけでよかった。
無意識のうちに少し早足になっているヒューイさんの赤くなった耳を見るだけで、私はあと2年くらい良い子で待っているのは簡単な気がしてしまうのだ。
足が地面から浮いてるんじゃないかと思う高揚感を抱え、私は黙って手を引かれていた。いつもより良い子であろうとする私は、赤くなった耳を指摘なんかしない。
そんなことを言ったらきっと、私の顔が比べ物にならないくらい赤くなっていることをからかわれてしまうだろうから。
読了ありがとうございました!
ここまで長かった……ようやく完結
最後までお付き合いいただき本当にありがとうございました!




