恋愛戦線継続中 1
やあやあ皆さんごきげんよう! 素敵で無敵な量産型王子様、シャングリア・グナエウスです!
転生者の日記を拾って東奔西走する第2ラウンドをなんとかこなし、王配フラグに兄上死亡フラグを華麗にへし折る、働き者とは私のこと。
第2ラウンド主人公のボンベイ第三王子、ニコラシカ・アレクサンドロヴィチ・ボンベイも今では不自然なアピールをすることがなくなり、実に穏やかな学園生活を送っている。もっとも、今では様々な貴族たちとかかわりを持てるように本人なりに頑張っているので、彼にとっては穏やかでないかもしれない。しかしながら生き残るために死に物狂いで頑張っていただきたい、と投資者である私は思う訳ですよ。
なおすべての黒幕であったソーヴィシチ・マルロフは以前よりもずっと生き生きとしている。秘密がなくなったうえ、シンプルに自分の能力を求められているのが嬉しいのだろう。以前のような三下ムーブがなくなった。人としてどうかと思う性根をしているが、吹っ切れている分だけ正直気分が良い。ただ転生者元ヒロインのアドリア嬢と腹を割って話をさせたところ、二人はお互い天敵同士あるいは初めて見る生き物との距離感を図りかねるような不審な動きをするようになった。お互いの事情や生きてきた世界のことなどを思うと距離感がわからないのかもしれない。正直昔話に花を咲かすとか、リラックスできればいいと思った善意の行動だったのだが、現状は完全に裏目に出ている。頑張れソーヴィシチ。頑張れアドリア嬢。
ソーヴィシチに殺されかけたはずの兄シュトラウスは、やたらと彼のことを気に入っている。逆にニコラシカはどこか嫌われていて、嫌味を言われたり無茶ぶりをしたりしている。だが人と一線引くのが上手いシュトラウスにそこまで感情的に絡まれるのは、ある種の特別扱いだと思ってもらいたい。そんなシュトラウスにパトラさんはやきもきしている。いわく「シュトラウスさまの新しい一面を見られるのは嬉しいのですが、その対象がニコラシカ殿下だと思うと……」と。可愛らしすぎるお義姉様の嫉妬ににっこりしてしまう。なお、シュトラウス本人には重いと思われたくないため伝えてないと言っていたが、シュトラウスは知っていた。情報収集能力が高すぎるしその方向性が気持ち悪い。
「あら、シャングリアさま。ごきげんよう」
「ごきげんよう、パトラさん。兄上なら中庭のバラ園で待ってますよ」
王宮から出ていこうとしたところでパトラさんとばったり出くわした、シュトラウスからパトラさんが遊びに来るという話は耳にタコができるほど聞いてる。彼女の来訪に伴う浮かれっぷりは何年たっても常軌を逸しているのだ。パトラさんもいつもよりおしゃれをしている。真新しいネックレスはおそらく今日のためにおろしたのだろう。ここのところボンベイ関係の後処理に追われのんびりする時間がなく、今日のような訪問は久しぶりなのだ。
「どこかお出かけですか? なんだかとても機嫌がよさそうに見えるのですが」
「ふふふ……よくぞ聞いてくれました! 今からヒューイさんと出かける予定なんです」
「まあ! まあまあまあやりましたわねシャングリアさま! もうわたくしはシャングリアさまと護衛隊長様のお話を聞くのがもうそれはそれは楽しみで……」
思わず自慢したくなってしまってパトラさんに話してしまう。もう表情筋はゆるゆるだ。素敵で的な王子様の残骸もない。自覚は重々あるが、胸の奥から湧き上がる喜びにもはや抵抗できない。
「街へデートなんて素晴らしいですわ……! ここまで本当に長かった……わたくしのことじゃないのに嬉しいです……!」
「我がことのように喜んでくれるパトラさんが大好きです」
私の十数年に及ぶ片思い生活を見守ってきてくれたパトラさんはことあるごとにとても感動してくれる。シュトラウスはもはや聞き流してくるのでこんな風に話をしてくれるパトラさんは天使以外の何者でもない。好きです。
「どうか楽しんでいらしてくださいね! 応援しておりますわ!」
「ええ、パトラさんものんびりしていってくださいね」
花が咲くように笑うパトラさんを見送り、王宮の門まで向かう。今日はそこで待ち合わせなのだ。本当は待ち合わせ場所は街のどこかにしたかったのだが、護衛なしでそこへ行く許可が下りなかったため致し方なく門前となったのだ。
約束の予定の30分前、もちろんヒューイさんの姿はまだない。非番でも忙しい人だ。きっとそれでも5分前には来るとは思うけれど。一人で待つ時間も、待ち合わせデートの醍醐味だとパトラさんがいつかに言っていた。そう思うと待っている時間だってなんだか楽しくなってくる。
どんな服装で来るんだろう、街ではどこを回ろうか、だなんて思いを馳せる。
「シャングリア殿下」
「……ニコラシカ殿下、おはようございます」
声をかけたのは待ち人ではなく、唐突に現れたボンベイ第三王子。いや、別にもう避けてはいないし嫌いでもない、が、これからデートでウキウキルンルンな気持ちに水を差されたような気分になる。
いや、許そう。海よりも広く空よりも高い心を持って許そう。なんてったって今から愛しのヒューイさんとデートなのだ。有象無象の出現くらいで機嫌を損ねたりはしない!
「王宮に何か御用ですか?」
「あ、いえ。たまたま通りかかったら殿下の姿が見えたので」
確かに彼らの住んでいる屋敷と王宮はすぐ近くだ。屋敷から出てどこかへ向かうのに、王宮の前を通るのは別におかしなことではない。そしてその国の第二王子がいるのに無視してどこかへ行くより挨拶くらいするのが自然だろう。
彼は何も間違ってはいない、と言い聞かせ深呼吸をする。
「おひとりですか? どこかへ行かれるなら護衛を付けたほうが良いのではありませんか? 立場が立場ですよ?」
「え、えと、うん。ちょっと散策するくらいのつもりだったので」
「立場が立場ですよ?」
大事なことなので2回言っておく。立場が立場だぞ? めちゃくちゃ命を狙われて留学中まで暗殺者を送り込まれる系第三王子なのになぜ一人で外出しようとするもやし王子。自分一人が護身も満足にできないだろう。ソーヴィシチを連れて行け。問答無用で発砲できる胆力があるんだぞ彼は。優秀な護衛とは思い切りが良い奴を言う。
「じゃあ、いったん戻ろうかな……」
「ぜひそうしてください。少なくともソーヴィシチさんかストラースチさんのどちらかだけでも連れて行ってください。一人では心配します」
少しだけしおれたようなニコラシカ。前よりも感情が素直に出てくるようになったな、と一人思う。前はニュートラルにふわふわしていたり、大根していたりだったので、こんな風にへこんだりする姿を見るのは初めてだ。
多分、これは良い変化だ。本人の素直さが前面に出るようになってる。以前のように学園の女子から不思議系とかミステリアスだとか言われていた魅力はなくなるが、人間関係を築く上ではこれくらい感情が出やすい方がことを運びやすい。ニコラシカはこれでいい。あとはソーヴィシチはうまいことやるだろう。
「あらためてなんだけど、本当に迷惑かけて申し訳なかったと思ってる。僕らの勝手な事情を巻き込んですまなかった」
このまま屋敷へUターンだと思ったのにどうしてかニコラシカがしゃべりだす。屋敷へお帰り。ヒューイさんが来たらどう責任取ってくれるんだ。
「とんでもない。最終的にはこちらも便乗し、利用しつくすことになりましたし」
「それだけではなく、王配の件やあなたに個人的に近寄りすぎた件についても」
暗に精々役に立ってくれ、と言ったつもりだったが天然王子には副音声は届いていない。ジーザス。
「好意があるわけでもないのに、利用するために近づいて……。僕に至ってはソーヴィシチに言われるがまま、指示されるがままに。不愉快であったことでしょう」
「真面目ですね。貴族たちなんてそんなものですよ。ニコラシカ殿下とてご令嬢たちから言い寄られることがあるでしょう。もちろんあなたの見た目が麗しいということもありますが、その地位にすり寄りたいという理由もあると思います。そんなこといちいち気にしていたらノイローゼになります」
どこまでも純粋というか真面目というか。そんなところを気にしていたのかと呆れたくなる。こちとらグナエウス王国第二王子。地位をもとに令嬢や貴族にすり寄られることなど日常茶飯事だ。もちろん私の顔がイケメンでやることなすこと美しく、品行方正才色兼備ということもあるが、やはり王家の血と第二王子という地位は比べ物にならないくらい強い。
政治的な意味を込めた好意などどこにだってある話だ。ソーヴィシチの操り人形期間のあれこれについては忘れていいと思う。政略+シナリオだったのだし。お互い黒歴史だろう。
「まあそのことはお互い忘れましょう。覚えていても得もありませんし。殿下も関係づくりとセットで婚活を頑張ってもいいですし」
実際、貴族とのパイプ作りは結婚が一番手っ取り早い。ただしこの手が使えるのは基本人生1度きり。どこの家とのパイプにその手段を使うかは熟考する必要がある。グナエウス王国なら伯爵家あたり、もしくは金銭的援助を期待して大きな商家あたりが妥当だろう。血を繋ぎ地位を盤石にするか、それとも金銭的援助を得て力を振るうか。悩みどころではある。
「ではまた、シャングリア殿下に対して頑張ってもいいだろうか」
「……はぃ?」
変な声出た。
何言ってるんだこのポンコツ第三王子は。呆れを隠しもせずい返しているというのに、緑の目は私の方をしっかりと見ている。今までならやんわりと目を逸らしていたというのに。面の皮が随分と厚くなったようだ。
「政治的な目的ではなく、あなたに惹かれている。毅然としていて、芯がしっかりしてる。けれど僕のような曖昧な者にも、下級貴族にも分け隔てなく接する。兄を殺そうとしたソーヴィシチを許し、散々無礼を働いてきた僕を蔑むでもなく、再びチャンスをくれるその優しさ」
ぞわぞわと悪寒が広がる。鳥肌が、まだ秋なのに寒気が!
冗談や嫌がらせで言っているわけではない。本心だからこそ質が悪い。こんなところで素直さを出さないでほしい。
多分、彼は本当に私が優しいと思っているのだろう。だがしかし私の性格を、グナエウス兄妹の性格を思い出してほしい。その優しさとか絶対裏あるじゃん。100%見返りある前提でしょその優しさ。しかしこの幼児のような綺麗な心をもつ王子殿下にはそれがわからない。今そんな美徳発動しなくていい。
寄るな口説くな近づくな。
初対面の時のように手にでも触れようものなら引っぱたき落としてやるのに、今は常識的で、ただ私を見るだけで触れようとしない。私は言葉だけで彼を引っぱたかなくてはならない。
「何の策略も目的もなく、僕はただあなたがほしい」
「……今から少しだけ、誠実かつ素直になってもよろしいでしょうか」
「ええもちろん。あなたの本心が聞けるなら」
「あなたは馬鹿か?」
なけなしの礼儀を仕舞い、完全無欠王子様の仮面を取っ払った。キラキラとした緑の目をジト目で睨みつける。他国の王子に対して罵倒? 侮辱罪? 馬鹿め、普段の私の品行方正具合からして私が第三王子を罵倒したなんて話、信じる国民いるわけがない。身内以外。
「今のあなたは辛うじて死地を脱しただけ。留学期間の延長だってその場しのぎでしかない。まだ何一つ解決できていないし、あなたは自身の価値を示すこともできてない」
「いや、その」
「いやもくそもない。他の令嬢ならまだわかりますよ? ここまでの経緯を知らなければあなたは華々しいボンベイ王国の王子様です。きっと結婚を望む家は多数あるでしょう。しかし私は今までの経緯全部知ってるんですよ? あなたの祖国での扱いも、言いなりになっていたことも、命さえ軽々に捨てそうになってたことも」
「そ、そうですが」
笑顔などかなぐり捨て不機嫌丸出しで責め立てる。ドン引きされたり怖がられたりするかと思ったのに、ニコラシカは全く様子が変わらない。説教されて不機嫌になるでも、へこむでもなく、ただ私の話を聞いている。
「要するに、あなたが張りぼてだってこともは知ってるんですよ。そんな泥船に一緒に乗りませんかって言われて乗る人はいないでしょうよ」
フン、と鼻息荒く言い切る。
彼の心持は変わったのだろうか、現実の成果は何もない。今も彼はまだ何の力もなく、ただ命を狙われるだけの不遇な第三王子だ。
私が結婚してやるメリットがどこにもない。
脱ぎ捨てた王子の仮面をいそいそとかぶり直す。怒るときは怒るが、怒ることは得意じゃない。
「……やっぱり」
「ああ、わかっていたんですね。質の悪い冗談、」
「やっぱりはっきりものを言うシャングリア殿下は素敵だ」
「はあん?」
ガラの悪い返事になった。
なぜ一歩近づく天然王子。なぜ私の罵倒に目を輝かせる第三王子。なぜ同じテンション話し続けるどころかさっきよりも元気になっているのだニコラシカ・アレクサンドロヴィチ・ボンベイ!
「ソーヴィシチに対して怒っているときにも思ったけど、怒るあなたは美しい。怒ってるけれど顔を見れば冷静だとわかる。感情的になって怒っているのではなく、理性で怒ってる。話し方だって理不尽な罵倒じゃなく、叱責するような意味合いも強い」
「……待って待って。いや待って? 急に何を言い出して」
思わず敬語が吹き飛ぶ。
目が、目が怖い! こいつは急になにトンチキなことを言い出すのだろう。なぜ罵倒されているというのにどこ嬉しそうなのか。恍惚とした表情に思わず後ずさる。まさかこのもやし王子相手にこの私が退く日が来るとは思いもしなかった。
異様な雰囲気のニコラシカの言いたいことを要約すると叱られるのが嬉しいと言ったところだろうか。もう自分で要約してても意味が分からない。
よく考えてみればこの命を狙われがちな第三王子は今まで人に叱られる、という経験が極端に少ないのではないだろうか。王子、という時点で人から怒られることはかなり少ない。それこそ親兄弟や教師くらいだろうか。けれどニコラシカは早々に王位争奪戦から脱落し、周囲から期待もされず、最低限の教育しか施されていない。要するに叱る価値もないと思われていたのだろう。その結果、極端に叱責されることになれておらず、このような奇妙なリアクションをするに至ったのではないだろうか。
いや意味わかんないよ。




