放蕩息子の憂鬱事変 5
はいはい皆さんこんばんはー! みんなの王子様代表、完全無欠の第二王子、シャングリア・グナエウスです! どんな夜をお過ごしですか? 温かな家族に囲まれた夜? 大切な恋人と過ごす熱い夜? 今晩も仕事に追われる社畜の夜? ちなみにこちらは胡散臭い商品と人々に囲まれつつ愛しい人の隣で過ごすひやひやの夜です!
こちら第二王子だけど、国の安全のために積極的に危機介入しつつ、みんなの幸せを願う献身と奉仕の王子様です! しかしその正体は、一冊の日記帳のために翻弄される一匹の子羊に過ぎないのです悲しやー!
さて三文芝居じみた妄想もここまで。
放蕩息子に成りすました囮捜査。危険とわかってわざわざ代役もたてず挑んだ非合法オークション。
すべては私の拾った一冊の日記帳から始まった。
この日記帳は2冊目である。
1冊目はグナエウス王国の男爵令嬢であるヘレン・アドリアの日記帳。転生者で、ゲームの中の出来事を日記帳に書き留めた少女。
そして2冊目は私が王宮の中庭で拾った日記帳。留学生である隣国のボンベイ王国の者が書いたと思われる日記帳だ。そして持ち主はアドリア嬢と同様、転生者であり、彼もまたゲームのプレイヤー、未来を知るものである。
だがこの2冊には明確な違いがあった。
アドリア嬢は日記帳に事細かに事件、イベントについて書き留めていた。しかしながらこの2冊目の日記はあまりに穴が多すぎた。いや、確かに冒頭、留学に来た直後の主人公、第三王子ことニコラシカ・アレクサンドロヴィチ・ボンベイの動きについては事細かに描かれていた。だがその後に起こるイベントについてはかなり虫食いの状態だったのだ。もはや日記帳の内容を先回りすればいい、だなんてレベルの対策はできないほどに。
そして今回のイベント書かれていた内容が。
「闇オークション。石油王ムーブ」
何の話だ……!?
闇オークションはわかる。違法のオークションのことだろう。
だが石油王ムーブってなんだ……!? そもそも石油王ってなんだ。石油国の王様なのか。
何回でも言う。
何の話だ……!?
闇オークションで一体何が起きるというのか……!?
とりあえず非合法的行為が行われるというなら見過ごすことはできない。
結局困った私は一体何の話か、1冊目の持ち主ヘレン・アドリア嬢に助けを求めたのだ。
「あーそれってヒロイン落札イベントみたいな感じじゃないですか?」
「ヒロインを落札……!?」
まさかのヒロインが商品だった。
そして「あーあれか」みたいな顔で言うアドリア嬢に一抹の恐怖を感じる。彼女の住んでいる世界では善良な人間がオークションに出品されるのが日常茶飯事だとでも言うのだろうか。
「あっ違いますよ!? 本当にあるわけじゃないですからね! あくまでも創作物としてよくあるファンタジー展開なんです。悪者に捕まっちゃったヒロイン。オークションで売られそうになるヒロインを財力で救うヒーロー! みたいな」
「財力で救うヒーロー……パワーワードですね……」
ファンタジーだというのに金がモノを言う世界。世知辛い。案外現実で殴りつけてくる。というより創作物の定番だというならファンタジーの中でも経済的豊かさや安定を世の女子たちは求めていたのだろうか。
「で、オークションとかでヒロインが競られるんですけど、数百万って単位のときにいきなり「1億」とか圧倒的な金額で競り落とすのが石油王ムーブなんです。あ、本当に石油王なわけじゃなくて、私の国ではお金持ちの代名詞が石油王だっただけです」
「ものすごい世界観がよくある展開なんですね……」
とんでも展開だが、よくある、と言われる以上、それだけ需要があるのだろう。みんな好きな人に高額で競り落とされたい願望があるのだろうか。でももしパトラさんが攫われてオークションにかけられてたらうちのシュトラウスは間違いなく国家予算レベルの金額で周囲を殴りつけると思う。笑顔で「5,000兆円」とか言い出しそう。そしてオークション自体ぶっ壊して華麗に踏み倒していくと思う。さらに言えば場合によっては軟禁コース。
「…………」
「…………」
「…………」
「あの、シャングリアさま」
私の考えていることが分かったように、言いづらそうにアドリア嬢が私を伺う。
「これがギャルゲの世界で、ボンベイの第三王子、ニコラシカ殿下が主人公だとしたら、ヒロインは」
「……この国の令嬢たちですかね。ただ今のところ、これだけじゃあ誰のことだかは特定できません」
「いえ、今のところ彼の接触頻度等を見る限り、今のヒロインはシャングリア殿下じゃ……?」
「違いますぅ! 私はヒューイさんだけのヒロインですぅ! 第三王子はお呼びじゃありません!」
「第三王子はお呼びじゃなくても物語はシャングリアさまを呼んでいるみたいなので……」
駄々をこねるがアドリア嬢の言うことも正論。知ってるよぉ? 奴が王配ルートに入りたそうに見てるってぇ……。
だがしかし、そんなシチュエーションは起こりえない。
「私が、この私がオークションに出されると思いますか?」
「思えません……が、先日の水の祭りもそうじゃないですか? 本来ならシャングリアさまがあんな人たちに遅れは取りません。私がいたからああなっちゃったんです。またそんな不測の事態が起きたら……」
「いえ、そういうところではなく。状況です。あの時は”走っている馬車”だから脱出ができませんでした。しかし今回はオークション。物理的な危機はありません。それに私を売るなら私を拘束して檻か何かにでも入れる必要があります」
つまり出品者は、私を一人でおびき出し、私をだまくらかすか気絶させて檻に詰め込み、オークションの順番待ちの間静かにさせておく必要がある。
……できるか? 並みの悪党にそんなことができるか?? そんな奴がいたら私を捕まえて売るよりももっとでかいことができると思うんだが?
とんでもなく剛腕でとんでもなく頭が切れてとんでもなく肝が据わってない限り不可能ではないだろうか。
まあこのすべてを無視して私を檻に入れることができそうなのはヒューイさんなんですけどね! ヒューイさんの用意した檻なら喜んで! 娶っていただけると考えてよろしいでしょうか。
「シャングリアさま、シャングリアさま、何の前触れもなくトリップするのはやめてください。普通に焦ります」
「はっ、すいませんつい。めくるめく新婚生活が……」
「この流れで!?」
「まあ現実的に考えて不可能ですよね。ていうかオークションに第二王子が出品されてるって異常事態にもほどがあるし、考えるまでもなくそもそも買い手がつかないでしょう」
たとえ売られていても怪しすぎて誰も買わない。何なら罠か何かだと思うし、私が登場した時点で脛に傷がある者は逃げ出すんじゃなかろうか。一斉摘発の前座っぽさが漂う。
「じゃあこの”闇オークション、石油王ムーブ”って何が起こるんでしょう。せめて誰かわかれば守り様があるんですが」
真剣に考えこむ様子の彼女にふと思う。
いつの間に、彼女は自然な心で人を案じることができるようになったのだろう。
もともと演技ばかりで胡散臭さばかりが目立っていた彼女だった。
そして私に正体を明かし、男爵令嬢としてやり直し始めた彼女は素で自己中で逃げの一手に走りがちの少女だった。
臆病で、余裕がなく、いつも焦燥感に苛まれる子。逃げたくて、でももう逃げられなくて。腹を決めようとしては泣き言を吐いていた彼女は今や顔の見えない誰かの未来を案じている。私の知っている彼女なら、あとは任せた、とでも言って部屋を飛び出していきそうなものを。
「どうかされましたか、シャングリアさま?」
「いいえなんでも」
指摘しようものならきっと何もかも投げ出して逃げられてしまうような気がして、適当に誤魔化した。
「それにしても、どうしましょうか。これだけじゃあ、いつどこでオークションが開かれるかもわかりません」
「ええ、ですが闇オークションというくらいのものですから、あらゆる犯罪が交差する場所の一つではあるのでしょう」
無許可のオークションに出されるものは、許可されているオークションには出品できないもの。非合法な手段で手に入れたものや、商品自体に問題があるもの、出品者自身に問題があるものだ。要するに、正規のルートでは捌けない商品。
「他の犯罪や不審な商品の流通ルートを調べていけばそのうち当たるかもしれません」
「でもそんなことをどうやって調べれば」
「あなたは私を誰だと思っているんです?」
「なるほど! 素敵で無敵で無茶なシャングリアさまなら捜査にも突撃していけるんですね!」
突撃とか言うな。すごい迷惑な奴みたいじゃないか。そして素敵で無敵で無茶だと思っていたのかこの子は。
「まあこちらはこちらで調べてみます。何かと理由を付けて突けば多分捜査の方にも入れてもらえますし」
「さすがですシャングリアさま」
「そのノリで王宮の抜け道とか塀の穴とか埋めるように進言してきた実績がありますので」
「さすがですシャングリアさまぁ…………! 抜け道を埋めていたのはあなただったんですね……!」
そう言えば言っていなかったな、と思い返しながら心底悔しいという顔を隠し切れないアドリア嬢を眺めた。いや知ってるのにそのままにはできないじゃん。王族として。
「でも貴重な情報をありがとうございました。オークションではヒロインに値する女性。この国の貴族令嬢の誰かが出品される可能性が高い、それが知れただけでも大きな収穫です」
「あの、私に何かできることはありますか?」
そう思うのが当然であるように、そう私に聞いたアドリア嬢の頭を撫でる。
「大丈夫ですよ。あとは任せてください。あなたに危険なことはさせられない。いつも通り学園で過ごしてください。そしてもし、行方不明になった令嬢の噂でも聞いたら、私に教えてください」
「……シャングリアさまも、どうか無理はしないでくださいね」
そう見上げる彼女は、いつかの夜に見たヒロインの顔をしていた。
正直なところを言うと油断していた。
「シャングリアさま、あと3分です」
懐中時計を見ながら言うヒューイさんを横目で見やる。
私たちの目的であったボンベイ王国最新式の武器一式の出品は確認でき、ここまで大した邪魔が入ることなくオークションが進み、あと数分もすれば仲間たちが突入する。あとは阿鼻叫喚となるだろうここでもみくちゃになるのを避ければすべて解決。
オークションではヒロインとなる貴族女性が出るという仮説もあったが、アドリア嬢から誰かが消えた、という話は聞いていない。そもそも石油王ムーブをするオークションがこのオークションとも限らない。もしこれを摘発したとしても、これに触発された違法オークションはしばらく行われるだろう。イタチごっこにはしない。確実に一つずつ、潰していこう。
「さて皆様ここで一風変わった商品を! 珍品も見飽きたところで次の商品はこちら! 見目麗しく、清楚な少女! どこからともなく現れた天使のような彼女!」
そんな言葉とともに運ばれてきた檻には、手錠をかけられ猿轡をされた少女が入っていた。
「なんっ……!」
「静かにしろアルブレヒト」
立ち上がりかけたヒューイさんを無理やり黙らせ座らせる。
「んんー……! んんんんんんん!」
こちらに気が付いたようで、猿轡を付けられたまま元ヒロインこと、ヘレン・アドリア嬢が目を輝かせた。
言わせてもらいたい。
なんで君が捕まってるんだよ!




