放蕩息子の憂鬱事変 3
フェイズ1、二人組の囮捜査。フェイズ2は違法オークションの摘発だ。
そもそもの発端はとある地方で発見された一つの倉庫だった。
地方貴族領内で起こったトラブル。どこにでもあるような話と言えばそうなのだが、とある商会の脱税が疑われ、騎士団が調査を行ったところ、ここ数年にわたり表の帳簿に記されていない不審な輸出入の記録が見つかった。その裏帳簿の商品名は「調度品」で統一されていた。更に家宅捜索を行ったところ、不審な倉庫が見つかった。そこの倉庫については表書きがなく、厳重に錠が施されていた。壁を壊し中に入るとそこは武器庫となっていたのだ。
かん口令をすぐに敷き、地方貴族、ハボット伯はすぐに王都にこの旨を報告した。
商会の人間すべてに話を聞き、裏取引にかかわっていないと思しき者には通常の営業を続けさせ、裏取引について、倉庫について少しでも知っている素振りを見せた人間については拘束した。
理由の一つとしては、領内で組織犯罪を出してしまったことを大事にしないための緊急の措置。
二つ目はいまだ不明瞭な取引先がもう一度商会に接触に来る可能性を捨てきっていないためである。
「それにしても、ハボット伯は随分と強かだな。自領の失態を国のために隠すことなく報告したうえで自分で名誉回復の道も残しておくとは」
感心したように言ったのは父から状況を聞いた兄シュトラウスだった。
ハボット伯と言えば私にとって息子であるアークタルスの印象が強い。私たちやボンベイ王子とお近づきになろうとせっせと頑張っているが、功を奏している様子はない。しかしながら父親はやはりやり手らしい。
「ハボット伯のところにいる関係者が取引先や目的を吐けばいいのですが、そうもいかないでしょうね。裏についている者が大きいと確信している者ほど、吐かない方が得だと考えるでしょうし」
「ああ、舐められたものだな。死刑にはならないと高をくくっているのだろう」
実際、この国で極刑になることはほとんどない。
軽犯罪であれば一定期間の拘留、収監、労働。政治犯なら拘留、収監、監察、罰金。組織犯罪であれば捕縛して他の取引に使用。それこそ複数人の殺人でもない限り、極刑となることない。
今回の件も同様だ。おそらく、商会の者が極刑になることはない。精々無期の収監と労働だろう。
「今回は脱税と違法取引。まかり間違っても極刑にはなりませんね。生きてるだけで採算が取れる見通しでもあるんでしょう」
「だが『調度品』が武器、それもボンベイ産の最新の武器とくればもう少し罪状は重ねられそうだがな」
心底鬱陶しいというようにシュトラウスは眉をひそめた。
ここのところ何かと手を焼かされているボンベイ王国。
以前水の祭りの際に人攫い事件を起こしてグナエウス王国と揉めたというのに、ものの数か月でその借りも忘れてしまったらしい。しかも人質として第三王子まで差し出しておいて。これでは何人王子がいても足りないだろう。
「兄上はどう思いますか?」
「……どう、というと?」
「今回はボンベイの国民ではなく、ボンベイの王家がかかわっているか、です」
他人払いをした私室だからこんなことが言える。
さすがに一般の商会が脱税の取引をしていたとして見ると不審なのだ。
ボンベイ王国内でも最新式の武器に銃、簡易の爆弾。これをグナエウス王国内に持ち込むメリットが果たして通常の商会にあるだろうか。そんな武器を扱うのであれば国内で通常の取引をした方が安全。グナエウス王国に輸出した方が利益が大きくなるような道理もない。それこそその倉庫を設置していたハボット伯が高値で買い取りを行っていたなら確かに輸出しておくうまみはあるが、今回の件にハボット伯は完全に無関係であった。実際、ハボット伯さえ動かなければ誰も地方の商会のことなど気にも留めないのだから。
「必ずしもそうでもない。例えばボンベイから輸出をしていた商会が巨大な商会であり、ボンベイ、もしくはグナエウスの転覆を考えている犯罪組織であるなら、ボンベイ王国自体は無関係だ。なおかつ収監された商人たちを釈放するに値するだけの保釈金を出せるくらいの規模なら、捕まった商人たちに余裕があるのも頷ける。……ただもしもボンベイ王国が依頼、主導して行っていたなら、次こそ戦争になる」
「それを避けるためには、何か行動を起こされる前に首謀者を引き摺りだし、できるだけ穏便に、平和的に片を付ける、といったところでしょうか」
今のところ、これと言ったテロや事件は起きていない。少なくともボンベイが関係していると思しき者が押収されるのもハボット伯領が初めてだ。だが伯が危惧する通り、顕在化していないだけで水面下でことが動いている可能性は十二分にあった。
「各領主への情報提供と捜査の指示、不審な商人、商会、商品の洗い出し……。堅実なものと言えば堅実ですが……」
「留学生3人が怪しいって?」
ゆるゆると私を見やる目にはどこか面白がるような色が浮かんでいる。パトラさんの話をしているとき以外のシュトラウスは何を考えているのか感情も思考もあまり読み取れない。
「怪しいけど彼らは賓客だ。まかり間違っても疑っては、いや疑っていることを悟られてはいけない。任意の聞き取りにしろ、それは今じゃない」
今じゃない。それはすべての証拠を集め終わってから、という意味だろう。
もし本当に、ボンベイ王室がかかわっているなら、第3王子、そしてそのお付きの二人が何も知らない、というのは考えにくい。
最悪、手引きしていたのが3人ということもあり得る。
ただもしそういうことであれば3人は完全に切り捨てても問題のない捨て駒となり、人質として無価値であることが露になるのだが。
「まあ、何にしても、今僕たちにできることはない。静観に徹するべきだ」
「……そうですネ」
「……待て、なんだ今の間は。それとなんで片言に、いやなぜ目を逸らす。すでに何かやったか?」
「いやー、一回何かやってるともうそういう要員として見てもらえるんですねー」
「またお前は首を突っ込んだのか!」
ぴゃっと兄の部屋から逃げ出したのは記憶に新しい。
以前であれば過保護であった父上が、事件にかかわるようなことは許さなかったが、先日の水の祭りの時からその辺りの認識が変わったらしく、私がしたいということはとりあえずやらせてみる、というスタイルに変えたらしい。
以前から特に根拠も証拠もなく、日記の知識をもとにヒロインの妨害工作を行ってきたため、「シャングリアが言うなら何かある」という暗黙の了解が下地にあったのだ。それに水の祭りの時もほぼ無傷、先日のボンベイの第三王子とチンピラに絡まれたときも無傷で帰還している。それなりに自由にしてても五体満足かつそれなりの成果を上げているため今回の捜査の参加も割とスムーズに許された。
もっとも、過保護2の兄シュトラウスはいまだ過保護なので事後報告である。
なお義姉であるパトラさんも負けず劣らずの過保護なので、放蕩息子と用心棒のキャラクター設定は事情を話さずただの物語、虚構として依頼している。事情がばれたら怒られる気がするので可及的速やかに片づけてしまいたいです。
「これはこれは、本日はよろしくお願いいたします!」
「ああ、こちらこそ。お前がいなければここへは来れなかったからな」
手もみする宝石商相手に鷹揚に頷く。
日が落ちて暗くなった王都。とある酒場の奥にある扉へと案内される。酒場の店主も把握しているようで、店の奥へと進んでいく私たちのことをちらりと見ただけで呼び止めもしない。
宝石商は変装のつもりか、フードを被って顔を隠していた。対する私は昼と変わりなく、ヒューイさんも昼と同じようにフードを被った状態だ。
「どうか、ご無理だけはしないように」
出発前に耳にタコができそうなほど言い聞かされた。
ヒューイさんはぎりぎりまでオークションの場所へ行くのは私ではない他の騎士で代役を立てようとしていた。しかし小柄で年若く中性的な騎士はあまりおらず、そうでなくとも日中私は宝石商とさんざんを顔を突き合わせて話をしてしまっている。オークション会場へと案内するのは宝石商の男だ。案内前に別人だと気づかれ逃げられでもすればこれまでの数日が水の泡。それこそオークション会場の場所すら変えられかねない。
今夜が勝負、二度目はない。
店の扉から細い通路に出てしばらくすると地下へと続く階段が現れた。
「……王都とはどこもこんな地下や隠し部屋があるのか?」
「どこも、という訳ではありません。しかしかつて必要に迫られて作られた場所が今も残っている、ということは往々にしてあります。もっとも、使用方法は確かに違いますがね」
大きな扉が現れ、男がそこを開けるとそこにはまるで劇場のような空間が広がっていた。
「これはまた……」
壁面に描かれているのは宗教画。もはやこの国では失われた神が描かれている。どうやら異教徒の信仰の場が廃れ、こうして使われているらしかった。
微かな黴臭さに顔をしかめる。一方でアルブレヒト扮するヒューイさんも別の意味で顔をしかめる。あらやだイケメン。しかし笑ってもいられない。
地下、となると逃げ場がほとんどないのだ。
今私たちが把握できているのは酒場の奥の扉からこの地下までつながっている道1本。しかしおそらく別の通路もあるだろう。このオークションに来るすべての人間があの酒場を経由するとは考えづらいし、出品する商品を酒場から搬入するのはどうしたって目立つし、不審だ。
今回の摘発、このオークション会場にいる人間すべての捕縛が目標とされる。
私たちが入ってから1時間後、他の騎士たちがここへなだれ込む予定となっている。経路は私たちが入って来た酒場からの道。現在酒場は私たちを尾行していた仲間で満席の状態となっているだろう。
しかし他に逃げ道があるならそこから逃げられる可能性もある。一応街中にはすでに警備が張り巡らされており、不審なものがいれば片端から聞き取りをしていくことになる。
だがもしも、私とヒューイさんがただの参加者ではなく騎士団の者とばれれば困るのは私たちの方だ。私たちの逃走ルートは入って来た扉一つしかなく、他の道を知らない。その場合、入り口をふさがれれば逃走が途端に困難となる。早々にばれれば騎士団が突入するまでに袋叩きにあいかねない。
「ここからは本名をおっしゃる必要はありません。お二人は私の紹介ということで許可を」
オークション運営らしい男が宝石商と私たちに札を渡す。
仮面をつけた男は無表情で何を考えているかはわからない。ただ不健康なまでに白い肌はボンベイを彷彿とさせた。
「参加は初めてなんだが、ここでは何を扱う」
返事はないだろうと高をくくっていたが、予想に反して仮面の男は口を開く。
「何もかもを。世にも珍しい珍品から、美しい宝石、希少な武器、果ては人材まで」
機械的な声は度し難い言葉を紡いた。
「人の欲望のすべてを叶えます。物欲も、出世欲も、支配欲も。欲しいものがすべてここに」
「…………それは、楽しみだなぁ」
「お客様の希望が叶うことを、心からお祈りしています」
心にもない言葉を最後に、ぷつりと彼は黙り込んだ。
気の逸る宝石商をみやり、後ろにいるヒューイさんに視線を送る。
ここからはチキンレースだ。
いつも囮役である私たちが、仲間たちが来るまでおとなしく息を潜めているか。
それとも早々にばれてこの空間で鬼ごっこを広げるか。
「さあ行きましょう」
何も知らない能天気な宝石商の言葉で、私たちは会場へと踏み入れた。




